現代和室考』 2004年度 建築塾修了論文

 

WEB GALLERY

 

 

【3】部屋の個室化

 戦前の間取りを改めて見ると、「畳敷きの部屋」は一部屋だけ独立して造られることはほとんどなく、襖や紙障子で隣接する「畳敷きの部屋」と仕切られていることが多かった。このような間取りを「続き間」と呼ぶが、建具を開けることで隣り合う部屋への広がりがあった。建具を取り外すと、大広間にすることも可能で、使い勝手に応じて部屋の広さが調整できた。
 住宅における「続き間」は、武家住宅の間取りの流れを次いでいるので、単に二間続きの部屋という訳ではなく、床の間と違い棚(さらに書院が付くこともある)のある「座敷」と呼ばれる部屋と、その「前室」にとなる畳敷きの部屋から構成されることが多かった。


個室2部屋               続き間    


 建築当初は洋間の応接間と同様に接客空間としての格式の高い間取りとして造られたが、生活改良運動のなかで続き間的な間取りは、接客本位的な封建色の残った間取りと批判されるようになる。次第に「前室」の茶の間化のように家族本位な使い勝手に変化し、洋風化の中で続き間は減少していった。もっともこのような間取りの住宅を持てるのは中流以上の社会層の人で、庶民は木造の賃貸住宅に住んでいたようである。

 公営住宅51-C型(1951年)の2DKには「寝食分離」、「就寝分離」という2つのコンセプトがあったことは既にのべたが、「寝食分離」は食べる場所と寝る場所の区別、「就寝分離」は生活する場所と寝る場所を区別することを目標とした。

 それまでの住宅(特に戦中の住宅は、面積制限もあり最小限の床面積での生活が強いられていた)では畳敷きの部屋での生活は部屋ごとに用途が分けられていた訳ではなく、一つの部屋で様々な行為を行うことが一般的だった。したがって、同じ畳敷きの部屋であっても51-C型の方がより個室的な部屋、つまり生活行為ごとの部屋としての位置づけが与えられたと言える。

 nDKで表記される間取りは、「和室」どうしが隣り合っていても、一間巾の建具で繋がっている例が多く、出入りこそは可能なものの隣接する部屋を一部屋として使うには無理があった。明らかに個室を前提にした部屋造りが行われている。

 「和室」は「畳敷きの部屋」が個室化した部屋と捉えることができる。


現代和室考TOP 【1】 【2】 【4】 【5】 【6】 【7】 

Copyright(c) Town Factory