昭和33年(1958)
3月8日
ルー・テーズの持つ
世界選手権を狙って渡
米する力道山の歓送試
合を兼ねたファイトマ
ン・アワーが東京・浅
草公会堂において行な
われた。
5月31日
大阪の扇町プールに
おいて全日本プロレス
の山口利夫の引退試合
が盛大に行なわれ、日
本プロレスから吉村道
明、芳ノ里、長沢日一、
ユセフ・トルコ、九州
山らが駆けつけ、国際
プロレス団の総帥だっ
た木村政彦も友情参戦
した。
7月6日
力道山はルー・テー
ズの持つ世界選手権に
挑戦のため渡米した。
8月27日
ロサンゼルスのオリ
ンピック・オデトリア
ムにおいて、力道山は
ルー・テーズの持つイ
ンターナショナル選手
権に挑戦し、2−1で
テーズを破って第2代
目のチャンピォンとな
った。当初、このタイ
トルマッチはNWA世
界ヘビー級戦と伝えら
れたが、当時、テーズ
は無冠。したがって保
持するもう一本のベル
トのインターナショナ
ル王座が賭けられたタ
イトルマッチであった。
8月31日
アメリカから帰国し
た力道山は羽田空港に
押しかけた多くの報道
陣を前にNWA世界ヘ
ビー級王座がテーズか
らディック・ハットン
に移動していた事やイ
ンター王座の価値、チ
ャンピォン・ベルトを
持ち帰れなかった事情
などを説明。
9月4日
日本プロレスの秋の
国際試合に参加のドン・
レオ・ジョナサン、ス
カイ・ハイ・リー、ジ
ョ二−・バレンドの3
選手は正午に羽田着の
日航機で来日した。
9月5日
東京・蔵前国技館に
おいて秋の国際試合が
開幕。
10月2日
東京・蔵前国技館に
おいて、ドン・レオ・
ジョナサンが力道山の
持つインターナショナ
ル選手権に挑戦。@力
道山(体固め、39分
49秒)A時間切れ。
1−0で力道山がタイ
トル初防衛に成功した。
10月31日
東京体育館において
再度、ジョナサンが力
道山の持つインターナ
ショナル選手権に挑戦。
@力道山(リングアウ
ト、21分34秒)A
力道山(試合放棄)。
2−0で力道山が2度
目の王座防衛に成功。
11月5日
秋の国際試合に参加
したジョナサン、リー、
バレンドの3選手が帰
国。
11月7日
力道山は芳ノ里を連
れてブラジル遠征に出
発した。このブラジル
遠征は力道山にとって
は9度目の海外遠征と
なった。