「えちご・くびき野100kmマラソン」
2008年10月 角田一男
以前から「退職したらいろいろな地方のウルトラマラソン大会に参加したい」との願望があったので、今年3月の退職でやっとそれが実現可能になったことが嬉しくて、「何処の大会にしようか」と思案することを楽しみにしていた。 そこで、6月に九州熊本の「阿蘇カルデラスーパーマラソン100km」大会に参加し、そして10月11日(土)には本大会「えちご・くびき野100kmマラソン」大会に参加した。
当初はこの大会には参加する予定ではなかったが、今人気の高い「四万十川ウルトラマラソン」大会の抽選で、外れてしまい、急遽1年おき開催の本大会に参加となったのである。
大会前日の10月10日(金)6時に車で浦安を出発し、群馬の実家に立ち寄り、16時少し前にスタート会場のリージョンプラザ上越で受付を済ませた。 先に来場された中村さんは既に受付を済まされていた。
大会当日早朝4時40分、会場の館内で中村さんと合流。 完走予想時間帯別毎の列に並ぶ時になって、履いているシューズの左右が違うことに気付いて驚く。 急いで駐車場まで走り、シューズを履き替えてすぐにスタート地点に戻った。 本当にドキドキものであった。
5時30分小雨の中をスタート。 平坦の路を25km程走ると目の前に「清里」の文字板が現れビックリ。 一瞬野辺山の「清里」とダブる。 この辺の地域が上越市に合併する前の清里村であったからと、後で知った。
30km過ぎから徐々に増す上り勾配の高度差約200mの坂を、これが本大会の特徴である5つの山(峠)越えのうちの1つ目だと自分に言い聞かせながら走った。 2つ目の山越えを終える手前の47.4km地点のレストエイドに中村さんの奥さんと家内に迎えられて10時30分に到着。 マラソン応援バスを利用されての2人の応援はすごく嬉しかった。 中村さんは5分程前にこのエイドに既に到着されて、出発される直前であった。 小生は10時45分このエイドを後にした。 降りやんでいた雨が再び降り始め、雨衣は持っていたものの雨は止むとの判断で雨衣を身に付けてなかった小生は肌寒さを感じていた。48.3km地点のエイドでの甘酒の御馳走で、体が暖かくなり調子を取り戻して、次のレストエイドに向かって無心に走った。 55km地点辺りで、給水の取り過ぎでの水あたりと降雨での寒さのせいか、腹痛を起こしてしまった。 ここでやっと雨衣を身に付け、走り続けようとしたが歩きが主になってしまった。
69km地点のレストエイドでパンシロンをもらって服用したが即効とはいかず、「忍」の文字の我慢しての歩きがしばらく続いた。 86km地点で海岸線のコースとなった。 2km程前から薬が効いたのか腹痛が治まったので、スローペースであったが、静かな海を見ながら走り続けた。 途中からコース上に夜間用の自立照明器具が設置されていた。 92.2km地点のレストエイドで反射タスキを渡され、慣れない手付きで肩に着けた。 自立照明器具には明かりが灯され、その明かりがずっと先まで約150mから300m間隔に並んでいた。 その明かりを頼りにゴール会場のユートピアくびき希望館に急いだ。 ゴール前の約7kmを必死に走り続けたのは、14回目の100km大会参加中で初めてであった。
ゴール手前で再び中村さんの奥さんと家内が拍手と声援で迎えてくれた。 ゴールした途端に中学生が完走者を労って、完走タオルを手渡してくれた。 休憩所の案内誘導と座席確保、そして休憩中に完走証と食べ物引換え券をも待ってきてくれた。 疲れている走者にとってはこの中学生の接待はとても有り難かった。
既に中村さんは12時間3分59秒でゴールされていた。 小生の完走時聞は12時間32分36秒であったが大満足であった。
大会終了後の翌日は、中村さん夫妻は長野の観光に出掛けられたが、小生夫婦は所用のため昼前に戻った。
この「えちご・くびき野100kmマラソン」大会に参加して思ったことは、沿道の温かい声援、適切な案内・誘導そしておいしい手作りの飲食物を用意して下さったスタッフ、ボランティアの皆さんへの心からの感謝であった。
