「祝御入学」
さて、やってきました新学期。我が家には今年から都内にある公立高校に入った息子がおります。が、通い始めた学校というのが実は大変なところだったことがわかってきました。目を白黒させることばかりだったこの1ヶ月をレポートします。
2002.03.14
今日は新入生招集日である。事前に配られている購入品類の申込や代金の支払いをはじめ、提出物は数多い。学校の教育方針やカリキュラムについての話もありそうだったので、少し緊張しながら出かけることになった。
最寄駅から学校まで行く途中、親子で連れだって歩いている姿を何組も見かけた。みな素直そうな顔をしている。わが息子はと言えば、もうそんなことはゼッタイにしてくれない。のぞむところだ。親にとっても子にとっても今回の進学はお互いの間柄を仕切りなおすための絶好の機会。「今まで」と「これから」をよくよく見極めていこうと思うのだ。
受付を済ませた後、体育館に出向いてまず驚いたのは、完璧メイクの女子が数名含まれていたこと。中には、長い髪を金色に染めている子もいる。もちろん、ピアスやルーズソックスも垣間見える。別に取り立ててそれが悪いと言いたいわけではない。ただ、これから通うことになる学校の先生との初対面あたるこの機会に、何の緊張感も持たずに普段どおりのいでたちでやってくることには抵抗があるのだ。それに比べれば、男子たちには目立ったところはなく、全体的には好対照に映った。
学校側からは、頭髪検査を始めとして校内の規律に関しては厳しく守らせていくという話があった。話の途中に先生が生徒たちの間を回り、問題があると判断した生徒に直接注意書きを渡していく。学校側の決意の程がにじみ出ている一幕だ。
驚いたのは、同じ学年の再履修は一切認めていないということだった。成績不振や出席日数の不足など、いわゆる落第にあたる領域に一度踏み込んでしまうと、結果的に自主退学を選択せざるを得なくなるような仕組みになっているのかもしれない。
小中学校のようななまぬるい雰囲気がないことだけはよくわかる。ここには、今までとは違う教師vs生徒の関係があるのだ。
そのことがもう少し具体的にわかったのは、クラス別に父兄だけを集めて行われた担任からの話だった。3年の間に5割近い生徒が自主退学していくということ。盗難が多いため、ロッカーには南京錠をつけ、生徒と学校の両方でその管理をしていること。いじめが横行していて、校内にはたくさんのいじめっこやいじめられっこがいるということ。
父兄の間からは私語はおろか、どよめきひとつおきない。
さすがに驚いているということか。
それとも、そんなことはとうに承知しているということか。
担任は無反応の父兄たちを前にして、ここに来た以上は中学時代がどうであったかはもう関係ない、みんな同じだ、大切なことは中学時代を引きずらないことだ、と語った。話が進むにつれて語気がつよくなり、テンポはどんどん速くなっていく。やがて、ほとんどアジテーターになってしまった担任は、一方的な語りの最後を「3年後にはこのクラスから何人かは大学へ進学させたい」という夢の提示で締めくくった。
新学期が始まる前に、この話が聞けてよかったと思った。
少なくとも、この担任と同じレヴェルでの危機管理意識がなければ、きっとここではやっていけなくなるのだ。
2002.04.09
入学式である。
床に敷き詰められたビニールシート。
きちんと並べられたパイプ椅子。
鮮やかな生花。
ひときわ明るく照明された、「祝御入学」のパネル。
目に映るすべてが、1年後にはまず3割が消えてしまう新入生達をそれでも受け入れようという心意気のように思えた。
式次第は、まず学校長と来賓の短い祝辞に始まった。続いて祝電の読み上げ。新入生達全員の名前の読み上げ。校歌や職員の紹介。―それくらいだ。大仰でなく実にシンプルで、とてもいいと思った。招集日に獅子舞のようだった女子は黒髪に変わっていた。ピアスもルーズソックスもいない。正直言ってほっとした。
式の終了後、父兄たちは今しがた式が執り行われたばかりの体育館の後方に改めて集められた。入学式が「表」だとすると、ここから「裏」になるのだ。
「本日頭髪検査にひっかかった者は16名でした」
「中にはスプレーで髪を着色させていただいた上で式場に入ってもらった方もいます」
「去年の中退者の数は恥ずかしくてとても申しあげられない」
「ひとりとして私どもが退学させた生徒はいない」
「今日入学してきた生徒達が全員卒業できることが私達の願いだ」
‥‥‥‥
校長の口から飛び出す話は、つい先ほどの祝辞の内容とはかけ離れたもので、悲痛な叫びのように聞こえた。
そもそも、教育者を称する立場にある者は、こういった物言いをしないものだ。あくまでも原則を優先し、学校教育において何が目指されるべきかについても理想論ばかりを掲げたがる。何をするにしても設定すべき「枠」は存在するし、そう簡単にそれらを変更していっては自分たちを律しつづけることすらできなくなるだろうから、それはそれでいいのだと思ってきた。
しかし、この学校の場合事情が違う。
そんなことは言っていられないのだ。父兄に学校の現状についてきちんと把握してもらわなくては始まらないというのが、この学校の出発点なのだと思った。
そんなばかなと思われるだろうが、そのことに違和感はなかった。
いや、それどころかなんだか「わくわく」さえしてきた。
ゼッタイに近づいてこないはずの立場にある人たちが、自ら階段を下りてやって来てくれているように見えたからだ。
本音と建前の間にある絶望的な乖離が、たとえわずかでも詰められるかもしれない。
それは私にとって希望そのものだ。
これから始まる3年間を楽しんでみようという気持ちを、ようやく持つことができた。
2002.04.10
朝、起きたら8時だった。
みんなまだぐっすりと寝ている。
‥って、これじゃみんな遅刻だろうがぁっ!
よりによってこの私が寝坊していて、いったいこの先どうするのだっ!
慌ててみんなを起こしてまわり、たたき出すように送り出す。
誰も私の寝坊を責めなかった。
みんなやさしいなぁ。
悪いのは私なのに。
ごめんちゃい‥。
誰もいなくなった家にぽつんとひとりでいると、やたら自責の念にさいなまれた。
昨日聞いたばかりの担任の訓話が耳元によみがえる。
「自分の子供のことにもっと興味を持ってください」
あ、いや興味がないわけじゃなくてちょっとあのその‥。
「できれば弁当を持たせてやってください」
あ、いや今日は弁当はいらない日で‥ってそういう問題じゃなくて‥。
もう、ぼろぼろ。
明日からは私を当てにせず、それぞれが自分で起きる体制を徹底しよう。
今までも、何度となくそう取り決めてきたことだけに自信はもてないが、やるしかない。
2002.04.15
今日から学校の6時間授業が始まる。弁当持参の毎日がはじまったのだ。今までも主人の弁当を作っていたので大丈夫だろうと高をくくっていたが、意外と苦戦。必要なおかずの量や点数がイマイチ把握しきれていないということのようだ。
初日から毎日2、3人ずつの遅刻者がクラスに出ているという。
自転車の盗難件数すでに2件。2日に1件の割合だということになる。
自転車は買い換えたばかりの新車だったので、近隣の自転車店で通学用の中古自転車を購入する。
自転車の購入代金はあわせて6万円近くになった。むぅ。
深刻になりすぎないようにするため
「なんだか、まだルールがよくわからない新しいゲームが始まったみたいな感じだね」
と、息子に話かけたら
「これはゲームなんかじゃないよ」
と、逆に諭されてしまった。
アッチョンブリケ‥。
保護者会である。
この日がやってくるのを待っていた。
全体会ではどんな話題が出るのだろう。
父兄の出席率はどのくらいなのだろう。
そうして、先生方は私達父兄をどのように迎え入れてくれるのだろうか。
なにしろ、この機会を逃せば学校に関する情報はきわめて入手しにくくなる。
同じクラスに籍を置く知り合いは皆無だし(夏休みに入った現在でも連絡網や名簿といった類の、所属するクラスに関する情報は開示されていない)、誰かに代わってもらえるというものでもない。
こんなに緊張し、期待と不安の入り混じった気持ちで出席する保護者会は一体何年ぶりだろう。
印象に残ったことがふたつある。
ひとつは、学校側が父兄達との間に取りたがっている距離の問題だ。
中学校時代まで学校制度や地域社会と「うまく行かなかった」生徒たちを受け入れて、卒業後はその地域社会の中で就職できる(受け入れられる)ところにまで引き上げていってやろうというのが、学校側の基本的なスタンスだ。
これをうまく進めていくためには父兄の協力が欠かせないから、学校側は通常の公立校に比べていくらか父兄サイドに近い視点を生徒達に対して持っていることを示そうとする。
しかし、それにはもちろん限界もあって、規範として生徒達の前に立ちはだかる部分も崩してはいけないわけで、演台に立つ先生方の話からは相反する性質のものを無理やり同居させているような不自然さが否めない。日本人がよく使う言い回しで言えば、「微妙」な態度を取るのだ。
「態度があいまいだ」とか、「煮え切らない」とする向きもあるだろうが、私はそれはそれでいいと感じている。
問題はふたつめ。
父兄サイドにそういった学校側のスタンスをきちんと理解していない人が多いということなのだ。
たとえば、この日、空席の目立つ全体会で質問に立ったある父兄は、いきなりこう言い放った。
「みんな黙って聞いているけどさぁ、本当にこれでいいの?」
一体どんな抗議が彼の口から飛び出すのやらと、会場は一時シンとなったけれど、彼が訴えたのは、いつもどおりに出かけてもバスが遅れることがあるため、うちの子は遅刻が多いことになっている――というものだった。
生活指導の先生は自信をもってマイクをにぎりしめると、こう答えた。
「該当するバスの営業所へ行って遅延理由書をもらって提出すれば遅刻にはなりません」
それでも彼は納得しない。
「先生はバスが遅れたことを知っているのにうちの子を遅刻扱いにした」
と食い下がるのだ。挙句の果てには「うちの子」がどんなに早起きをしなければならないか、担任がそんなうちの子の話をきいてくれないのがおかしい、という被害者意識に凝り固まった訴えになっていく。
断っておくが、この時抗議のために立ち上がったのは、男性である。子どもから自立できない母親の弁ではないのだ。そうして、奥さんと思しき女性は隣席に控えていて、夫の抗議を聞きながら時々頼もしそうに頷いていたりする。
これじゃ学校側は大変だ――と思った。
遅延理由書の提出については、大方の父兄は周知のこと。この抗議者はそういう証明書提出の義務が自分の息子にあることを知らなかっただけである。それだけのことなのに、自力で解決することができない父兄の怒りを買い、こともあろうに全体会に持ち込まれてしまうのでは、気が許せないではないか。
似たようなことが、クラス単位の保護者会になってからもあった。出席率がようやく半分といったところだが、これは働いている父兄が多いのだから致し方ない。しかし、何か質問はという問に対して出てくるものが「柔道着はどうやって洗うのか」「通学はワイシャツじゃないとだめか」と言った類のものだったことには拍子抜けした。校内のいじめや盗難の件数など、自分の子どもが席をおく学校のマイナスの〈環境〉についても、データとしてさらりと触れていけてこそ、学校側とのスタンスのすり合わせができるというもの。
日ごろ、先生方から行われている働きかけについての情報が色々提供されるのに対して、父兄サイドからも積極的な意見や取り組みがコメントされていく関係にしていくのが望ましいと感じるのだが、道のりは遠そうだというのが印象だ。
ひとつ、嬉しい情報提供が学校側からあった。
「今年はまだひとりの退学者もだしていません」
という校長からのお知らせだ。
これは、この学校に関わるすべての人たちにとって喜ぶべきことだと思った。
一気に卒業式ときた。なんたる怠慢。
3年前、しぶしぶこの学校に進学を決めた息子だが、無事就職も決まってめでたく卒業式を迎えた。同期に入学した200数名に対して、この日卒業式を迎えたのは131名。6割5分5厘の卒業率である。
前日に息子が見せてくれた(正確には床に放り出してあったので拾って見た)卒業アルバムによると、生徒が半減しているクラスもあった。担任はさぞかしの苦戦だったことだろう。それとも、そのクラスを請け負ったときからそんなこと承知の上か。
3年の間にどんなトラブルがやめていった生徒達の身に起きたのか。そうして、学校との間にどんな話し合いがもたれたのか。もっと話が聞こえてくるものと思っていたが、ついにその機会はなかった。1度もだ。そうして、3割4分あまりの生徒達が中卒でこの社会に放り出されたという事実だけが残る。
これから先もやめていったものたちと似たり寄ったりな経緯を辿る者たちがでてくるかもしれない。しかし、それはまた別の話。まずは6割5分5厘の無事な卒業を喜びたい。
式の後、ティーパーティが行われた。保護者の参加者は25名ほど。生徒達も特定のクラスだが15名ほど。しかし、互いに見知った顔は少ないので話が弾むわけもなく、ごく限られた父兄と教師、教師と生徒達との間だけでの交流会となる。
教師達がひと言ずつスピーチをしてくれた。これがないと本当に座が持たなかったな。当り障りのない内容が続いても、一向に苦にならない。ちょうどいいから先生達のスナップ写真も次々と撮らせてもらった。
教頭先生は文句なく長塚京三に似てる。K先生は声が三宅裕二にそっくり。話によれば飛ばないダジャレばかり飛ばしていたとのことで、キャラも似ているのかも知れない。
K先生は生徒達によって式後胴上げをされたが、「こいつらオレを落とすんじゃないか」と思って気が気じゃなかったという話を披露してくれた。もちろんそんなことはなく、生徒達も冗談で「落とすからね」と言っていたようだ。飛ばないダジャレも最後には宙に舞い、生徒達に受け入れられた格好だ。
息子の担任だったA先生。彼は女生徒に人気があるようだ。そういえば、武道に長けてガッチリとした体格をしているわりに、シャイだしイケメンでもある。危ない男子生徒が多いこの学校のこと。女生徒たちにとって安心して囲める人物だったのかもしれない。
そういえば、名前は知らないが入学式に金髪の長い髪で現れた女生徒をこのパーティで見かけた。彼女は卒業に漕ぎ着けたのだ。髪は黒く、短くなっている。きっとひとつふたつ乗り切ったんだね。おめでとう。
本当はこのパーティの席で先生達にも色々話しかけていくつもりだったのに、なぜかファイトがわかなかった。全体の雰囲気がそうなのか、式に遅刻してテンションがどうにも上がらなかったのか、自分でもよくわからない。
それでも写真は100枚くらい撮った。撮った写真をラボに出すのは久しぶりだ。後日写りのよさそうなのを焼き増しして届けてもいいかとは思っている。いや。そんな必要はないか。もう全部終わったのだから。