別れる理由


去年(2003年)の5月ごろ、生まれて初めて整体というところに行った。
当時はとにかく体調が悪くて医者通いがやめられないご老人のようになっていた。
しかし、どこに行ってもそれほどご大層な状態ではないですよと言われ、放り出されるわけだ。で、今は医者を頼る時ではないと悟る。
そうかといって代替医療のたぐいについては相当のこだわりがある。正直言って
整体=民間療法=メチャ怪しい
という、独断と偏見に満ちた等式が胸中では成立していたから、最初はほんとに腰が退けていた。それでも出かけてしまったというのは、やっぱり手がかりがほしかったんだろうなぁ――。自分を治していくための、手がかりがね。

予約のためにはじめて訪れた均整院。整体師は髪を七三に分けた40代くらいの男性。真っ白なマスクで覆い隠されてはいるが、色黒で、大きな瞳がとても印象に残る。とっさに思ったのは
――この顔は、どこかで見たことがあるぞ?
はっきり言って、Mr.Bean!!

これは面白いことになったと思ったね。早速私は家族に自慢して回ったよ。ママはね、今度Mr.Bean似の人の施術を受けるんだよ、おかしいでしょってね。だから、いそいそと出かけた最初の予約日、マスクを取ったMr.Beanから「スズキです、よろしく」とお辞儀された時はマジずっこけてしまいましたよ。何を勘違いしたんだか。全然ただの日本人じゃん、ってね。

スズキ先生はとても良い先生でしたよ。
っていうか、ほかの整体師知らないから、自分の許容範囲に入っていれば「良い」になるって意味だけど。ただ、こういうメンタルな職業人にありがちな厳しさはやはりあったね。曰く
「***さんは体力がなさすぎます」。「生きていくのに必要最低限の筋肉しかありません」。

生きていくのに必要最低限の筋肉っていったい…。

そう戸惑いながら何回か通ううち、整体師からストレッチや筋トレ、食事を含めた指導をしてくれる人をつけてはどうか勧められたわけです。どうやら、整体師としてはもう私を見放したいということのようでもある。
…なんだかなぁ。

そうは思ったけれど、結論として私はこの時紹介された人と約1ヵ月後に連絡を取り、お世話になることを決めました。何でも自分でやってしまうのではなく、上手に人を頼れる自分になるためのよい機会だと思ったからです。無名の、だけど自分の取り組みを信じて頑張っている若い女性を応援したいような気持ちもありましたし。
彼女と出会って約10ヶ月。
今日はその彼女との決定的な別れについて書いてみたいと思います。
(ここまでが前フリです。長くてごめん。)


昔、プチダノンのテレビCMで「いったい何食べたらそんなにキレイになれるんですか」っていうのがあったでしょ。
私のパーソナルトレーナーになってくれた人は、まさにそう問いかけたくなるような、実に綺麗でスタイルも抜群の方でした。
御年31歳。これがまた熟れごろじゃんねぇ。
たとえば、鶴田真由から過剰なものを差し引いたような感じ。あるいはまた、キムタクに甘い味付けを足したような感じと言ってもいいかなぁ。
え?
わけがわからん?
これは失礼。
ものの例えが下手なことは、昔から夫にもよく指摘されていること。どうかうまく想像してみてください。

彼女はマクロビオティックという自然食療法の実践者で、もう超がつくくらいストイックな人。
生きているということはこの地球から生命エネルギーをもらっているということで――とか。
生れ落ちた場所に昔からあったものを食していかないと生命力が落ちていって――とかさ。
本当はもっといっぱい講釈をしたかったんだろうけど、私はあまり真剣には聴いていなかったんだよ。
私が彼女に欲したのはメンタルなものではなくて、トレーニングマシンの使い方だとか(笑)、豊富なストレッチメニューだとかいったフィジカル面のものだったからね。食事についても我流だったものを少し立て直そう、それも「本」じゃなくて「人」を介して変えていってみようという程度の望みだったからさ。はっきり言って彼女がどんな生命観、宇宙観をもっていようと、それはそれほど大切なことではなかったわけだ。それら全部を受け入れなくちゃいけないということだったらとても契約はできない話だったんだけど、そうでもないはずと踏んでいた。今にして思えば、読みが甘かったよ。

ともあれ、彼女とのトレーニングは面白かった。たいていは公営のトレーニング施設を利用するんだけど、時にはボディビルダーたちの殿堂であるところのゴールドジムに出かけることもあった。そんなところ、例え興味はあっても(笑)、彼女が一緒でなければ決して出入りすることはなかったろうからねぇ。
手も脚もすっくりと気持ちよく伸びている彼女の後ろから、ビタビタと足の裏を鳴らしながらついていく私は、格好の引き立て役。まさに白鳥とアヒルだったね。グワ、グワッ。
ジムなんかではみんなが彼女の姿を目で追っていて、私はそういう人と一緒にいるんだわって感じて、ある意味誇らしかった。
彼女に言われて自分なりきに手足をうーん、と伸ばしていると、なんだか自分も彼女のように長い手脚をしているような気がしてくるじゃないの。はっきり言って、その錯覚が気持ちいいんだよね。トレーナーになってくれる人というのは、特に女性の場合、自分より若くてキレイな人の方がいいんだなぁと思ったりもしたね。

彼女との最初の契約は1回2時間のトレーニングメニューを2ヶ月かけて6回やるというもの。これで5万円。高いっしょ。
でも、このベース契約終了後は1回ずつのフリー契約になって一気に値下げ。1回2時間でなんと2千円。安いっしょ。
これだったら下手べたジムなんぞに通うより充実してるわけですよ。契約を解除する理由なんて私の側からは何もないわけ。少しばかり彼女の精神世界との齟齬はありそうだったけれど、そこはこのフリー契約の時も不問にしてしまったのね。
会うたびに「体調はどうですか」なんて聞いてくれるわけじゃない。
「それがさー、便秘してんのよ」とか話してもいいわけじゃない。しかも、体調のことは話題になっても、個人的事情については何も聞き出そうとしないでくれるあたり、とても都合がよかったんだね。

トレーニングの終わりには、いつもマッサージまでしてくれるんだけど、あるとき彼女が「***さんの背中にもうっすら筋肉がついてきたじゃないですか」と言ってくれたことがあった。
うっすらとした、筋肉?
…それって可愛いかも。
私は自分の背中に乗っかっている、おそらくは初雪のようにはかなげな筋肉について思いを馳せてみた。
その時の彼女は本当にそのことを喜んでくれたし、私は私でたとえほんのわずかでも目に見える成果を彼女と分かち合うことができて、とってもうれしかったんだ。思えば、この頃までが彼女との蜜月だったのかなぁ。

4月に入ったある日彼女から電話があって、翌日に控えてたトレーニングをキャンセルしたいと言ってきた。やりとりはいつもメールだったから、電話でというのは余程のこと。案の定ご実家の一大事とのことで、そういうことならこっちのことは心配せずにどうぞごゆっくり、ということになった。4月中旬〜連休明けくらいの時期はこっちもてんやわんやの事態を抱えていたので(秘)ちょうどいいや、くらいの受け止め方でいたのね。
ところがどっこい。
約一ヵ月半ほど経った5/18。ようやくトレーニング再開の運びとなり、それなりに嬉しい気持ちで出かけたんだけど、彼女は私をエアロバイクに乗せ、操作盤を調整しながら突然、いつまでも私を頼らないで自立してください、と言い始めたわけよ。
はぁっ?
フリー契約になってまだ半年。月に1、2回しかお願いしていないから、そういわれるほど…と思ったけれど、何も言わずにペダルを漕ぎ出してみた。速度表示はぐんぐんと上がりだす。

「どうしてご自分ではジムに通えないのですか」
「今できないことは5年たってもできませんよ」
「ひとりでトレーニングを積んで、もっとご自分のステージをあげる努力をしてください」

本当に彼女が私に言っている言葉だとは思えなかった。
いきなり、なんてことを言い出すんだろう。
私はそんなに彼女に甘えてきたのだろうか。たしかに、彼女の求めるペースは守れなかったかもしれない。
でも、自分なりには努力したつもりだし、それは逐一報告もして、彼女にも伝わるようにしてきたはずなのに。

――自分でジムに通えないのが、そんなにいけないことなの?

ようやく、それだけ言った。
もう涙声になっていた。
自分の左斜め後ろに彼女の強い気配を感じながら、視線はトレーニング場の向こうの新緑をかろうじて捉えていた。
私に対する厳しい批評はなおも続いた。
どうも彼女にとって私は救いようがない劣等生であるらしい。

――せめて、今日のトレーニングが終わってからにしてほしかったな。

すっかり落ちてしまったエアロバイクの速度表示を滲んだ目で見ながらそう言うと、操作の仕方など色々と覚えてほしいことがあったのだと応える。
ということはつまり、私とのトレーニングは最初から今日で打ち切るつもりで来ているということだ。信じられない。いったい何がどうなったらこんな一方的な話になるんだろう。
彼女は操作盤の電源を落とし、トレーニングはやめて向こうでお話をしましょうと言いだした。
しかし、私の方はもうこの時点でギブアップだ。
これ以上何か言われたら、ちょっと立ち直れないってば。
少し頭を冷やして、問題を整理しなくっちゃ。
そうよ。
少し頭を冷やして、問題をせいりしなくっちゃ…。

少し頭を冷やして、問題をせいり…。


その後の彼女とのメールのやり取りでわかったことは、彼女は私が心身ともに気を許し、身を投げ出すように頼ってこないことに不満をもっていたのだということ。そうでないとあなたを治すことはできないというわけだ。
私は私で、別に治してもらおうと意気込んではいないよ、あなたから色々教わりながら変えていけることは変えていきたいし、見守ってくれる人がいるってことこそ私にとって大切なことなんだ、と話すんだけど、見守るというのはカウンセリングの領域であって、それは私の専門ではない。「治す」以外の意味での私の存在価値はありえないのだ、と言ってきかない。
そして、何よりも手痛かったのは、彼女に「あなたといるとエナジーをどんどん吸い取られていってしまう。私はあなたに会った後は2,3日体調が悪くなってしまうのだ」と言われたことだ。

エ、エナジー…?
なにそれ。


ムーンプリズムパワー!
メィーク、アップ!
…て、アレか。


とにかく。
彼女にとって私はひどいやつなのね。好きか嫌いかをとうに超えて、もうすっかり禍々しい存在になっているわけだ。
それはかなーり、まずいことでしょう。
道理で私と話し合う余地がなかったはずだ。
誰だってそういう存在とは一日も早く手を切りたくなるもの。
じゃないと、そのうち命さえ盗られちまうかもしれないからさ。
むしろ、よく今まで我慢してくれてたねって話だわね。

全く、なんてことだ…。

さすがに気落ちしてしばらくは思い出すたび泣けてしようがなかったね。
私は私なりに彼女を大切にしてきたつもりだし、うまく行ってると思い込んでもいた。でも、実際のところ彼女は私を放り出してやりたくてうずうずしていたわけだからねぇ。

これから、どうしようかなぁ。
整体師に電話して他の人を紹介してもらうのも一法だけど、またエナジー吸い盗っちゃって新しい犠牲者出すだけかもしれないし(笑)。
お祓いでもしてもらいに出かけるかねぇ…。

とりあえず、今日という日が明るい陽射しの戻った日で本当に助かったよ。
ここまで書けたんだし、きっともう大丈夫だよね。

 

04.05.25