悲しみの道を歩む  ルカの福音書23章26〜31節 
2004年9月26日第4聖日牧師山宮利忠
十字架刑は御子の使命でした。群衆の声や侮辱が大きければ大きい程メシヤの姿があきらかになるわけです。エルサレム市中引きまわしの上カルバリーの丘へと死の行進が始まります。ビア・ドロローサと言われる悲しみの道です。多くの物見高い群衆の中からルカは、二つの点を記録します。

一つは嘆き悲しむ女達、もう一つは、むりにイエスのかわりに十字架を背負わされたクレネ人シモンの事です。これらの人達は悲しみの道をカルバリまでイエスのあとについてゆきました。嘆き悲しむとは胸を打って大声で泣き叫ぶことで、こんなにも悲しむ人がいるとは不思議ですが、どうもこの人達は、エルサレムの娘と言われた主のおことばから推測するに、ガリラヤからついてきた主の弟子達ではなく、雇われた泣き女なのでしょう。人の死をいやが上にも悲しませる涙の代理人が当時はいたのです。もしそうだとしたら、祭司達のいやらしさが一層際立ちます。

もう一人はクレネ人シモンです。クレネはエジプトの西に位置する、ユダヤ人の多い町で、ここ出身の者が聖書には登場します。祭りのためにエルサレムに来たか、近くの村に住みついていたのでしょう。彼は無理矢理イエスの十・u梹嚔ヒを背負わされます。恥辱の十字架を背負ったシモンは、やがてこの十字架の意味を知って、魂の救いと神の愛を知ることになります。

聖書のことば
彼らは、イエスを引いて行く途中、いなかから出て来たシモンというクレネ人をつかま
え、この人に十字架を負わせて イエスのうしろから運ばせた。
ルカの福音書23:26


老いを喜ぶ 
2004年9月19日第3聖日牧師山宮利忠
老いていく自分を見るのは嬉しいことではありません。あったものが次第になくなっていく現実、思いと行いの違いの中でいらだつ自分を見るのは悲しくつらいことです.残照のような残された自分の時間を思いつつ、いつやってくるか判らない死の現実におそれ、しかもそれを忘れようとする努力も空しいものです。

しかし聖書は、私達にこのどうにもならない定めによろこびのニュースをもたらてくれます。それこそが神の御子イエス・キリストがもたらした救いなのです。年を重ねるごとに慈愛に富んだ神の救いのご計画がより一層鮮明になってきます。即ち永遠への希望です。神から離れた者の行き先は当然のごとく永遠の滅びですが、メシヤなるキリストのもたらした身代りの死と復活は、信じる者に永遠の生命を約束します。それは死も老いもつつみこんでしまう大きな喜びに満ちたニュースであり、その約束を真実なものと信じた者にもたらされる賜は絶大なものがあります。

老いは一歩天の御国へ近づくしるしであり、御国への凱旋の行進となり、天での報いを望みつつ、与えられた生涯を神のお喜び下さるように生きようとする大きな動機となります。そのような生き方をする者は「私の生涯に悔いはない」と言って天に召されるでしょう。そのような生き方自体が、周囲の人達に感銘を与え、存在そのものが尊いのです。老いを喜ぶ道を発見して下さい。

聖書のことば
キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。
ピリピ人への手紙3:14 


遂にその声が勝った  ルカの福音書23章13〜23節
2004年9月12日第2聖日牧師山宮利忠
宗教指導者達のねたみによる逮捕に正当な死刑執行の理由などあるわけがありません。ただひたすら煽動した民の「十字架につけろ」という声に頼る以外にないのです。しかもこの声はイエスの宣教の中心であったガリラヤ地方の人達の声ではありません。エルサレム周辺の、いわば人の大声によって右にも左にも傾く都会派の者達の声です。ルカはここに三つの声を記録しています。
 第一の声は、死刑執行権を持つピラトの声です。ルカ福音書には、ピラトの語った言葉が執拗に記されています。無罪の主張が4回、釈放宣言が3回、代案の提示が3回。しかしこの声は次第に弱く小さくなっていきます。
 第二は群衆の声です。大きな力を持った大祭司や律法学者らの己の利の損害を好まない者達の声は、当時の民衆には絶大でした。たとえイエスが正しいお方であろうと、まことしやかな理由で「十字架につけろ」という叫びは、群衆心理によってますます大きくなり、とうとうその声が勝つのです。しかし、沈黙の内に死に自ら向うキリストの無言の声、神の声があることを忘れてはなりません。父のみこころ、その杯は十字架の死でした。罪なきキリストの死は復活を通して勝利を得ます。遂にその声が勝つのです。

聖書のことば
ところが、彼らはあくまで主張し続け、十字架につけるよう大声で要求した。そしてついにその声がかった。
ルカの福音書23:23

嘲笑と愚弄の友  ルカの福音書23章1〜12節
2004年9月5日第1聖日牧師山宮利忠
統治者であり死刑執行権を持つピラトと領主ヘロデとの係りを通して、異邦人の前にもイエスの無罪性を示したのがルカでした。しかしここでも主は辱めを受けます。ピラトに関しての詳細は判りませんがAD27年から36年まで治安の悪かったユダヤ地方の総督として派遣されるには、相当の政治的手腕の持主であったろうと思われます。イエスへの訴えの真意を見抜き、妻から正しい人にかかわらないでとの勧めもあり、自らイエスへの審問にも罪を認めなかった彼が、最終的にイエスを十字架刑に引き渡したのは、扇動された民衆の声でした。暴動にもなりかねない騒ぎに恐れをなしたピラトは、群衆の前で手を洗って自分に責任がないことを示しますが、結局保身のため、治安を守れない事への不安からメシヤなるキリストを死に追いやります。

一方主がガリラヤ出であると知ったピラトは、領主ヘロデに決定させようとたまたまエルサレムに来ていたヘロデのもとへ送りますがこのヘロデは全くの興味半分にイエスをあしらいます。兵士達とさんざん主をなぶりものにしたあげく再びピラトのもとへと送りかえすのです。キリストを取りまくいくつかのグループがありますが、こ・u桙フ二人の場合、日頃から仲たがいしていたにもかかわらず、これがきっかけで仲良くなったと記されています。嘲笑と愚弄のとりもつ仲と言えましょう。

聖書のことば
この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。
ルカの福音書21:3

あなたは神の子ですか  ルカの福音書22章63〜71節
2004年8月29日第5聖日牧師山宮利忠
夜半に捕えられた主イエスは、大祭司の家で審問を受け異例のサンヒドリン(ユダヤ人議会)の決定により、わずか5〜6時間の間に死刑の宣告を受けて十字架にかけられます。場所を次々と変えて6回の裁判らしからざる裁判を受けた主は、台風の目のような静けさを印象づけます。まさしくイザヤの預言のごとく「ほふり場に引かれて行く小羊のように、・・・口を開かない」メシヤの姿がそこにあります。

主が十字架におかかりになることは、定められた神のみこころでありゲッセマネに於いて祈りによって勝利した主は、彼等の悪意の質問に答える必要はなかったのです。そこには捨てられた神の御子の毅然とした姿があります。周囲が騒げば騒ぐ程イエスのメシヤたる事が証明されつつあると言えましょう。弟子に捨てられ、民衆に捨てられ、父なる神に捨てられた主は、ただ一人十字架の道を歩みはじめられるのです。議会は証人を求めようにも死刑にするだけの理由を述べる証人をつくり出すことはできず、とうとう最後に「あなたは神の子か」と問うことによって自分を神とする冒涜罪で死刑宣告します。

勿論これはローマの総督ピラトにとっては、

聖書のことば
彼らはみなで言った。「ではあなたは神の子ですか。」するとイエスは彼らに「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」と言われた。
ルカの福音書22:70

みつめられた主  ルカの福音書22章47〜62節
2004年8月22日第4聖日牧師山宮利忠
ゲッセマネの園で祈りをもって勝利した主キリストは、十字架に向って起ちあがりますが、ペテロをはじめ三人の弟子達は眠りこけていました。この霊的にぶさが逃走と否認という恥かしい失敗を生むことになります。ペテロがどうして「あの人と係りはない、知らない」と言う失敗を犯してしまったのでしょうか。

まず「知らない等と言わない、たとえ死にまでもついていく覚悟ができている」という自負心が、この失敗を生む最大の原因です。それが緊張感を薄め、祈りにもあらわれて、イエスが苦しみもだえて血のような汗を流して祈っている間にも眠りこけている様にあらわれます。そしていざという時に勇気をもって実行できない結果を生むことになります。主が予告された通り、鶏が二度鳴く前に三度「知らない」と言ってしまったペテロは、そこではじめて主のおことばを思い出します。自分の弱さ、愚かさ、頼りなさをいやという程示されたペテロは、外に出て激しく泣くのです。

しかしペテロの心をとらえたのは、三度否んだその時、ペテロをみつめられた主のお顔であったに違いありません。あらかじめ「知らないと言う」と予告された事にも主の愛を教えられますが、じっとペテロをみつめられたイエスの顔は、「わたしはあなたの為に祈っているよ。起ちなおりこの経験を通して他の者を励ましてあげなさい」と言われる慈愛に満ちたお顔でした。

聖書のことば
主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは「きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う。」と言われた主のおことばを思い出した。
ルカ22:61

祈りによる勝利  ルカの福音書22章39〜46節
2004年8月15日第3聖日牧師山宮利忠
最後の晩餐を終えたイエスと弟子達は、賛美しつついつも祈りの場としていたゲッセマネ(油しぼり)と呼ばれていたオリーブの森へと、ケデロンの谷を越え、エルサレムを一望にのぞむことのできる小高い丘へと登って行きます。三人の内弟子に「わたしと一緒に祈っている」ように命じられ、ご自身は、石を投げて届く程の距離に離れて、激しい感情の動揺と共に、血の雫のような汗を流されて祈られました。

ここには、明らかな二つの場面が見てとれます。一つは、祈っているようにと命じられた三人の弟子の姿です。徹夜して漁をする事ができた屈強な弟子達が、ひとときも我慢することができず、眠っていたのです。しかも三度も主に起こされねばなりませんでした。彼等は「目をあけていることができなかった」(マタイ26:43)のです。一方で苦しみ祈るイエスがいつつ弟子達は眠っていました。この霊的なにぶさがやがて主を見捨て、否むことになっていったという事は明らかです。誘惑に陥らないすべは、目を覚まして祈っている事、霊のまなこを見開いている事です。

一方主は、与えられた代償の死を覚悟しつつも、人間イエスとしてこの余りにも大きな、負いがたい苦しみに打ちのめされ、顔を地に伏して激しく涙をもって、神のみ怒りの杯をのみほそうとされます。その祈りの心は“みこころのままに”です。己がこころでなく神のみこころにこそ勝利があります。

聖書のことば
父よ、みこころならば、この杯をわたしから取りのけて下さい。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。
ルカの福音書22:42 

二振りの剣  ルカの福音書22章35〜38節
2004年8月8日第2聖日牧師山宮利忠
晩餐の席での最後の説話として、今後の弟子達の心構えを語られました。今までは、主も共にあり、人々の評判もよく弟子達が伝道に遣わされる時も財布もカバンも持たずに出かけても何不自由することなく、人々の支えをうけた。しかし今後はそうではない。キリストも人に捨てられ、ののしられて殺される。同じようにキリストに従う弟子達も、人々から好意をもって受け入れられなくなる。困難な時がやってくる。だからしっかりと備えをして出かけよと教えられました。

二振りの剣を、それでよしと言われたことばの解釈は難解ですが、この剣を生活用品としての大型のナイフと解すれば、自給自立の備えをせよという事になります。たしかにこの剣でペテロは大祭司のしもべマルコスの耳を切り落しますから、小さな剣ではありません。しかし主は彼をいやし「剣を取る者はみな剣で滅び」(マタイ26:52)と言われ、剣をふるう事の愚かさを示されました。ペテロの持っていた剣が闘いのための剣であれば、多勢に無勢、猟師であった者達が兵士にかなうわけもありません。ですから弟子達がまだ剣に頼ろうとする思いを知って「もういい」と言われたのかもしれません。

いずれにしても、今後はしっかり備えして伝道せよと言われた事は確かです。みたまの剣、すなわち神のことばをとって敵に勝利せよと今も主は私達にお語り下さっているのではないでしょうか。

聖書のことば
そこで言われた。「しかし、今は、財布のある者は財布を持ち、同じく袋を持ち、剣のない者は、着物を売って剣を買いなさい。
ルカの福音書22:36

祈っていて下さるキリスト  ルカの福音書22章31〜34節
2004年8月1日第1聖日牧師山宮利忠
ペテロの覚悟は、もろくも崩れてしまいました。ごいっしょなら牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。マタイ書は「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません」(マタイ26:35)とあります。躓きません。いのちも捨てますと言い張った元気の良いペテロも、大勢の捕手や祭司達の敵意の前には、もろくも「あの方と関係はない、知らない」と三度も否んでしまうのです。

人の決心や誓いは何ともろいものでしょうか。そんな人の弱さやもろさをあらかじめ知っておられる主は、ペテロの否みを前もって予告され、しかもあなたの信仰がなくならないように祈ったとおっしゃいました。鶏の鳴き声を聞いたペテロが我にかえって、自分のした事の重大さに気づき激しく泣いた時にも、この主のおことばが思い浮かんだに違いありません。

活き給う主は、今も私達一人一人のために祈り、とりなして下さっている事を知る事は、何と大きな慰めでしょうか。主はペテロに「立ち直ったら兄弟たちを力づけてやりなさい」(32)と言われ、この大きな失敗も決して単なる失敗や痛みとして残ることなく、他の人々を励まし慰める力となることをお示し下さいました。たとえ失敗であろうと苦しみであろうと主を愛する者には、すべて益として下さる主です。

聖書のことば
しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。
ルカの福音書22:32

誰が一番偉いですか  ルカの福音書22章24〜30節
2004年7月25日第4聖日牧師山宮利忠
古今東西いずれの時代でも覇権を争うみにくい現実があり、それはキリストの弟子においても例外ではありませんでした。弟子達の母親も自分の息子を弟子の最高位につけてくれと頼む程でした。(マタイ20:20) 三年間の弟子としての訓練を受けた使徒たちは、師たるイエスが明日にも十字架にかかって死を迎える直前にも誰が一番偉いかを議論した程に、偉くなる魅力は大きいと言わねばなりません。しかしイエスの答えは、彼等の思わくとは全く異なるものでした。偉くなりたいと思うなら仕える者になりなさいというものだったのです。

人は生まれながらにして仕える事は好まず、仕えられることを好むものです。弟子達の肉の思いは、キリストによって完全に砕かれてしまいます。主は命じられます。一番偉くなりたい人は一番年の若い者のようになれと、即ち自分の未熟さを認め、教てもらう心をもって、率先して動きなさい、そして仕える人となりなさいと。そして給仕される者でなく給仕する者になりなさいと命じました。

それはメシヤなるキリストご自身が、まさしく仕えるために世に来られ、弟子の足を洗い、人々の罪を自分の罪として負われて十字架で処罰されるからです。神の国の原理は、自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです。己れを低くする者は愛され、恵みが授けられます。この世に於いてもこの真理は最終的な勝利を得る道ではありませんか。

聖書のことば
また、彼らの間には、この中でだれが一番偉いだろうかという議論も起こった。    
ルカの福音書22:24

最後の晩餐  ルカの福音書22章14〜23節
2004年7月18日第3聖日牧師山宮利忠
過越しの祭りは、一年に一度行われるエジプト脱出を記念する大切な儀式であり、そこで用いられた種入れぬパンと羊の肉は、この祭りの大きな意味をもつものでした。即ち殺された羊の血のしるしは、死をのがれるためのしるしであり、種入れぬパンは、罪のないキリストの体を象徴するものとなったのです。

イエスは、この目的の祭儀の真只中で自らをほふられる小羊として、十字架にかかり、罪なき神の独子のお体を裂き血を流されて、一方的な契約をおたて下さいました。 これは、最後の晩餐と言われる有名な出来事ですが、ここには少なくとも三つの大切な教えがあります。

第一に、イエスキリストの十字架の死は、過越しの祭りで殺される羊として、我々の罪の身代わりの死であることを示すものです。その血は、まさしくかもいに塗られた羊の血のしるしのごとく、生命を与え死をまぬがれる罪なきキリストの血をあらわすぶどう液です。第二に、新しい契約のしるしです。神は人との間に一方的な恵みの契約をおたて下さって誠実にそれを実行して下さいました。第三に、記念として行わねばならない定めです。主が来られるまで守り行わねばならない定めであり、天での祝宴を待望する儀式でもあります。

聖書のことば
これは、あなたがたのためにあたえる、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行いなさい。 
ルカの福音書22:19 

悲しい出来事  ルカの福音書22章1〜6節
2004年7月11日第2聖日牧師山宮利忠
 これは単なる悲しい出来事ではありません。イエスの悲しみと苦しみを更に一層強くさせる事件でした。三年間寝食を共にした仲間の一人がこともあろうに奴隷の価に等しい銀30枚でキリストを売ってしまうのです。

 ユダという男は、イスカリオテ即ちケリオテの人と呼ばれ、使徒団の会計をあずかり、漁師であった使徒達とは違った教養のある者だったようです。しかし彼は、主に香油を注いだ女に勿体ない、売って貧しい者に施すことができたのにと批判しつつも、自分は会計の袋の中から金を盗んでいるような金銭欲の強い者でありました。どうしてユダがイエスを裏切ったのか諸説ありますが、彼の物への執着と共にメシヤ王国設立の野心が砕かれつつあった失望感からの行動であったろうと思われます。

 しかし自分のとった行動がイエスを死刑にしてしまう事を知った時、彼は得たお金を神殿に投げ捨て、首を縊て死にます。聖書は彼も裏切りと記し、滅びの子と言い、自分のところへ行くために脱落して行った(使徒1:25)と言われます。

 たしかに麦の中に蒔かれた毒麦でありました。しかし真犯人はサタンです。公生涯の始めに主を誘惑したサタンは、ユダを使ってメシヤを十字架にかけます。ユダにはサタンのつけ入るスキがあったのです。彼はサタンに心を開いてしまいました。しかしサタンはイエスの踵を砕いただけです。復活の主はサタンの頭を砕きました。

聖書のことば
さて、12弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれるユダにサタンが入った。
ルカの福音書22:3

数えてみよ主の恵み  詩篇103篇2節
2004年7月4日第1聖日牧師山宮利忠
 時々過ぎ去った時を思い起こし、主のして下さった恵みや助けを数えてみることはみこころにかなったことです。昔はよかったということではなく、今あるのは、昔の数々の祝福の上にあるのだという事を改めて感謝するためにふりかえるのです。そして主は、今後もさらに恵みを与えて下さると信じて力をいただくのです。

今から30年前は、三階建ての二階が会堂で、断熱材の入っていないスレート張りの外壁とベニヤ張りの内壁で猛烈な暑さの中で近所への迷惑のために窓を開けることもできないすしづめの状態での礼拝でした。夏の暑さがやってくるとそのことを思い出します。人いきれで空気は悪くなり、頭痛が起こり、実に劣悪な環境の中での礼拝でした。しかしそのような状況でも主に在る兄姉達は、礼拝を守ったのです。当時は朝8時45分から教師は集まり、9時からの授業、そして夜は7時から夕拝でしたから、家に帰るのは10時過ぎという具合で、さぞ月曜日は大変だったろうと、支えの為に祈らされる日々でした。冬は全く逆で、石油ストーブをたいての暖でしたから、これも頭痛の種で、よくもあのような状態で頑張れたものだと驚くばかりです。

そういう状態の中でも心熱くして主と教会に仕えた兄姉達の信仰は、ささいな事で躓くような事は、決してありませんし、へこたれません。今は時代が変ったといえども叉違った面で闘いのある日々です。主の恵みを覚えて歩み続けましょう。

聖書のことば
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
詩篇103:2