| 2000年 |
| 第1日10月 7日 第2日10月 8日 第3日10月 9日 |
| 第1日(10月7日) 自宅〜別所温泉 |
| 今年は3回目の旅行。でも、こんな気候のいい時期の旅行は初めてである。おそらく、両親を含めての家族旅行は最後になるだろう。 そのため、今回は、両親の行きたいところにした。 午前9時半出発。子供の都合で奈良の桜井で12時半に待ち合わせる。少し遅れての出発で、宿へは今夜の夕食はいらないと連絡し ておいた。いつものとおり、名阪、東名阪、東名、中央、長野を乗り継いで長野道の麻績ICで降りる。 夕食は、途中の駒ケ岳SAで済ませておくことにした。 麻績ICから別所温泉へは、県道12号線を青木村のほうに向かう。夜に知らない道を、しかもカーブが多く狭い道は怖い。 修那羅峠までの逆の道は昼間に走ったことはあるが、このようにひどい道だとは思わなかった。国道143号にでて浦野というとこ ろから別所温泉への道を行くが、ここもすごい道。カーナビの案内を信用するのも問題だと思った。 でも、なんとか、予定の到着時間を少しオーバーして、宿の斎藤旅館に着いた。 別所温泉でも少し奥まったところにあり、こじんまりとした宿である。少し休憩した後、早速温泉。露天風呂もあり、長旅の疲れを 取ることにした。明日に備えて早めに休むことにする。 第2日(10月 8日) 別所温泉及び塩田平 今日は、信州の鎌倉と呼ばれる別所温泉と塩田平周辺を回るだけなのでゆっくりと宿を出ることにする。しかも、連泊なので夕食 までに宿に戻ればいいのだから、ゆっくりと寺社めぐりができる。気になるのは天気だが、午後からは雨が降るようだ。 早い目に主なところをみておこう。 |
![]() | 宿の朝食。定番の朝食のメニューであるが、温かい味噌汁はありがたい。 |
| スタートは、青木村にある大法寺からスタート。前日のカーブの道を国道143号まで戻り、しばらく松本方面に進むと大法寺の 案内板が見えてくる。寺の前にある駐車場に車をとめ、まずは国宝の三重の塔へ。塔までの道の右側には、石仏が並んでいる。 |
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| この三重塔は、あまりにも美しく思わずふり返るほどすばらしいことから別名「見返りの塔」と呼ばれる。その昔、東山道を行く 旅人が何度もふり返って名残を惜しんだそうだ。たしかに、三重塔の屋根の曲線が空に舞っている鳥の羽のようにすばらしいです。 三重塔は、鎌倉時代末期の建立で、長野県に残る三重の塔としては最も古いらしい。 大法寺は、大宝年間(701〜704年)に藤原鎌足の子定恵によってつくられたそうです。寺のそばには資料館もあります。 古本屋の開店までには時間があるので、久しぶりに上田城まで足を伸ばしてみた。 |
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| 上田城は戦国時代の智将真田氏の居城で、昌幸、信幸、幸村の活躍の舞台となったところである。 真田昌幸が天正十二年に天守閣のない平城を築いた。当時は千曲川の断崖に臨み、攻めるに難しく守るに易い要害堅固な城で、徳川 の大軍を二度も破ったことでも有名である。当時は七つの櫓と二つの渡り櫓が絵図に記されているが、現在は3つの櫓を残すのみ。 南櫓のみが公開されている。 この上田城公園には、山本鼎記念館などがあり、真田氏を祭った真田神社もある。 古本屋に行った後、前山寺を目指す。どうも天気が悪く雨が降りそうなので、急いで寺を回ることにする。 |
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| 前山寺は、のこぎりの歯のような奇観をみせる独鈷山の山麓にあり、弘法大師が開基したと伝えられる古刹である。 古い松やケヤキ、山桜などの並ぶ参道を進み、いしだんを上がると山門に着く。この山門の正面に見えるのが室町時代末期に建て られたといわれる三重塔である。一層目は完成しているが、二層、三層にはまわり廊下や扉がなく、このため「未完の塔」と呼ば れている。いや、これで十分に美しく完成された塔だというので「未完の完成の塔」とも呼ばれる。 ここの名物は、住職婦人手作りの「くるみおはぎ」で、予約が必要である。 |
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参道の入口には、村山槐多など「夭逝の画家」たちの素画だけを展示した信濃デッサン館が ある。 窪島誠一郎氏が私財を投じて建てた個人美術館だ。現存する作品が少ない作家ばかりのため、 貴重な作品が多く、行ってみる価値あり。喫茶店も併設している。 |
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| 真言宗の古刹ひとつで、薬師堂が有名。本堂から少し離れたところにある薬師堂は鎌倉時代のもので信州最古といわれているもの で、重要文化財である。この薬師堂の中に安置されているのが重要文化財の木造薬師如来坐像などで平安時代末期の作と伝えられ る。前回は、薬師堂の扉が開いていなかったが、今回は中に入ってゆっくりと鑑賞することができた。 なお、寺の門前には、茶屋があって、ここのだんごは美味しい。 |
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| 安楽寺は鎌倉時代にできた信州最古の禅寺。本堂の脇から石段を登っていくと珍しい八角三重塔がある。 この八角三重塔は室町時代初めのもので、一見すると四層に見えるが一番下は裳階(もこし)と呼ばれるひさしである。 この様式は、中国宋時代のもので、禅宗様、唐様などと呼ばれている。この寺の中興者椎谷惟仙、2代目の幼牛恵仁の像を 安置した開山堂もある。 |
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| 安楽寺からしばらく歩くと、常楽寺に出る。本堂裏手から北向観世音菩薩が現れたとされる北向観音堂の本坊である。 ここにある石造多宝塔は、重要文化財である。隣接する安楽寺美術館には、徳川家康自筆の日課念仏などを展示している。 ただ残念なことにこの日は閉まっていた。 |
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| 信州の鎌倉といわれる別所温泉の寺社めぐりの締めは北向観音堂。南を向く善光寺と向かい合って北を向いているためこの 名がある。現世利益のこの観音様と阿弥陀様を祀る来世利益の善光寺とをあわせてお参りすれば現在未来とも安隠らしい。 私は、これで二度参ったことになるので、どうかな? なお、境内には観音様が留まり縁結びの御利益があるという木、愛染カツラや愛の守り神を祀った愛染堂、舞台造りの温泉 薬師堂などがある。 |
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| 15時過ぎには寺社めぐりも終わり、北向観音堂の近くの土産物屋で「おみやげ」を見る。発送する品物が不足したので、 帰りのSAで買うことにして早めに宿に着いて、温泉に入って、疲れを取る。夕食にはここにない信州そばがついた。 二日目の朝食もまあまあである。部屋は離れで静かに休むことができた。料金も一人13000円で満足。 |
| 第3日(10月9日) 別所温泉〜諏訪〜自宅 |
| 朝食をゆっくり済ませて、宿を後にする。雨は降っていないようだ。本来ならもう帰るだけであるが、信州からだと14時に 出ても十分に帰ることができるので諏訪によることにする。 まず、前日に行きそびれた生島足島神社からスタートだ。 |
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この神社は、日本の中央に位置しているといわれ御神体はその中央の土地そのものである。 御神体を祀る白木造りの本殿は床が張っていないといわれるが、見ることはできない。 一般参拝者が見られるのは、この本殿をおおっている丹塗りの社殿である。社殿の周りには 池がめぐらされている。境内にあるまわり舞台の機構がついた歌舞伎舞台は国の重要文化財 である。 |
| 上田からは上信越自動車道に乗る。上田菅平ICまでは新しい道ができており道を間違わないように注意が必要。しかも更埴 JCTまでの道は対面通行で長いトンネルも多く運転には注意が必要である。途中の梓川SAでお土産を買い、岡谷ICに 近づく頃から雨脚が強まってきた。それにもめげず岡谷ICで自動車道を降り、諏訪で行きたかった温泉寺をめざす。 |
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| この温泉寺は、諏訪氏2代忠恒が慶安2年(1649)に建てた菩提寺。「臨江山」の額を掲げた山門は高島城の薬医門、 本堂も高島城本丸に建てられた能舞台をうつしたといわれています。 本堂脇から急な坂道を登っていくと歴代高島藩主の廟所があり、ここからは諏訪湖が一望できます。 また、和泉式部の墓というのもたくさんの墓地のなかにひっそりとあります。 |
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| 温泉寺から上諏訪の駅を過ぎ、諏訪湖のほうに向かうと高島城が見えてきます。本丸跡は高島公園となっており、 一般に公開されています。堀にかかる白い欄干の冠木橋からの高島城は綺麗です。天守閣は3層で、内部は資料館になってい ます。高島城は豊臣秀吉の武将・日根野高吉が設計し、慶長3年(1598)に完成した水城で、諏訪湖と何本もの河川が 掘の役目をして難攻不落の城だったそうです。水中に城が建つように見えたので、「諏訪の浮城」と謳われたと伝わってい ます。 この時点で12時過ぎ。諏訪ICに向かう途中で昼食を取り、古本屋に行ってから帰途に着いた。飯田市で途中下車をしな がら22時半に帰宅することができた。少し忙しい旅であったが、両親は満足したと思う。 |