トーキョーシティスペースポート PM.11
西暦2356年、地球連邦政府は、かねてより懸案だった法案を最高会議にかけ、可決成立させた。遠い、遥かな昔から人繋がひきずり続けてきた問題は、この法案の成立により、表向きは解決した。
『地球連邦法第13579−5 婚姻は、当事者の性別を問わず、これを認めるものとする。』
世論の多くは、この法を人類史上に残る快挙と賛同した。しかしながら、宗教的な立場からの異論も多く、1世紀を重ねた現在も、同性間の婚姻に際しては、いわれなき差別が事実として根強く残っている。
アレクセイ=シェク=イリュージョンは、地球連邦総合大学の民法の講義で、この法律に初めて出会った。そのとき、十五歳だった彼は、なぜこんな法律があるのか、不思議な気がした。連邦軍の司令官の父と、その貞淑な妻である母を持ち、優れた素質に恵まれて、幼いころから英才教育システムに組み込まれて育った彼は、十三歳で特待生として連邦大学に迎えられたが、かえってその分普通の少年よりも、そういう面が著しく奥手だった。
「ねえ、なぜなの。同性で結婚なんて」
隣に座っている青年に、思わず小声で聞いた。柔らかい金髪の巻毛に囲まれた、かわいい顔の天才児のそのあまりに子供じみた調子に、青年はちょっと笑っていった。
「さあな。そんな奴もいるのさ、世の中には。君は、まだ恋も知らないみたいだね、アレック。好きな女の子はいるの」
いわれて顔を赤くした彼をみて、青年はさらに笑って、教授に見とがめられて、名前を連呼された。
ここユトランド自治領は民族主義の思想が強く、地球連邦発足当時から、それに強く反発していた。そのため連邦軍に抗い、統合と同時に処刑された初代首長エーリク=リアンソンは、この地では民族の英雄として祀られていた。今も、事あらば内戦が勃発し、また、連邦のありとあらゆる非合法組織の巣窟と化していた。
多くの若い命が、この地域の紛争により失われ、世論はそれに対して政府の責任を追及していた。さまざまな紆余曲折を経て、ついに見過ごす訳にはいかなくなった連邦政府は、連邦軍中央指令総局の若いエリート、アレクセイ=イリュージョンを遣って、ユトランド陥落のための破壊工作を試みる事にした。
「第三隊、工作完了しました。応答願います」
小型通信機が、キム副官の声を発していた。
「俺だ、了解だ。そのまま、Wポイントで待機せよ」
ここはユトランド自治領の首都ヴァリアスの、北の外れだった。戒厳令の後、無駄な流血を憂慮した反連邦組織は、市民の集団脱出を強行し、いまや、首都は、反連邦組織の戦闘部隊と連邦軍兵士が、息詰まる睨み合いを続ける戦場と化していた。
アレクセイは、連邦中央司令総局の情報部に籍を置き、主に紛争や内乱の処理工作に手腕を買われていた。まだ二十代でありながら、部下を三十人近く持ち、階級は中佐で、徽章にオパールの留金をゆるされていた。武器を扱う手腕と立泥な体躯とに恵まれているせいで、行動派と思われがちであったが、彼の本領は知略にあり、机上でもっとも発揮された。
もちろん、今回のような場合には自ら先頭に立って、ことの成就に当たることが多かったけれども。
軍の本隊が、反連邦組織との間に、激しい小競り合いを繰り返しているどさぐさの間を縫って、アレクセイと部下たちは、密かにヴァリアスに潜入し、レーザーバリアーで護られた彼らのアジトに、ごく原始的な罠をしかけた。アジトは市街の中心を取り囲むようにして建てられたごみごみした裏路地に複数あって、その最大のものがイノヴェスカニア=プスカの大講堂だった。アレクセイは、もっとも警戒の厳重なここを最後の目標として罠をしかけるために、部下を連邦軍の防御シールド域に集結させたあと、単身行動していた。
いま、秘密裡に行われている交渉が決裂した時は、アジト爆破の命令が下される予定になっていた。その最後の時まで、アレクセイはひとりでヴァリアスに留まっていなくてはならないのだった。
街は、静まりかえっていた。徴底した市民の脱出が、このようなゴーストタウンの様相にしたのだろう。人影に出くわせば、恐らくそれは敵なのだ。アレクセイは、ゆっくりと油断なく歩いていた。
緑溢れるヴァリアス=ホテルの前に来たとき、アレクセイは、街にそぐわない派手なエアーストリームが、アプローチに横付けされているのに気づいた。さっき見た時は無かったはずだった。
「どうしたってんだ」
慌てて物陰から近づいてよく見ると、男がひとりその車に寄りかかって、呆然といった風情で佇んでいた。男は、遠目からでも明らかに戦争には縁のない人間と判った。この非常時に目立つ平服で、しかも上等の仕立てのカジュアルウェアで、戦地の只中にスーパーカーと共にいるなどということは、ありうべからざる事だった。だいいち、民間人にうろつかれると、作戦の遂行の妨げになる。アレクセイは油断なく声を掛けた。
「君っ、そこの君っ。何をしている」
鋭く呼ばれて、男は面食らったように振り返った。派手な人造エメラルドのサングラスをかけて、ちょっと着こなしの難しい上着の下には、よくよく見ると、何と色合いは派手ながら最新鋭の水晶繊維のミリタリースーツを着込んでいた。それは、連邦軍でも宇宙総局の特殊部隊しか使用しないものだった。裏返していえば、こんな時には役に立たない代物だった。アレクセイは、相手の酔狂な装いをけげんに思い、少し警戒を強めた。
「あ…、あの、僕は、その」
男は混乱してまごついていた。アレクセイは、呆れ果てた。
「…ゲリラではなさそうだが」
どうみても、男は戦争は素人だった。アレクセイが語調を和らげると、男は慌てつつも安心した様子で、近づこうとした。
「動いてはいけないっ」
「す、すみません」
「俺がいいといったら、素早く走り込むんだ。よし、今だ」
男は、思いきり駆けて、アレクセイのいる茂みの中に飛び込んだ。
「なんだってこんな所にいるんだ、君は。当局の退去勧告を聞かなかったのか。戦場だぞ、ここは」
戦争取材とか言ったら、ぶん殴ってやるつもりだった。しかしそんなずぶとい感じはまったく無かったのだ。男は黙って答えなかった。そしてまっすぐアレクセイの方を向いて、やにわにサングラスを外した。
「き、きみは…」
「ええ、僕はジョルジュ=デ=ミロです。お騒がせして申し訳ありません」
アレクセイはわが目を疑った。
間近にあって、わずかに微笑んでいるその顔は、有名な顔だった。
彼を、何度立体映画館で見ただろう。初めてのデートで女の子と見にいった映画の主役は彼だった。絶世のアイドルと言われ、数億の若い女性が胸ときめかせた美少年。デビューからずっと人気の衰えないまま、その成長とともに数々の作品を歴史に刻んだ。
そして同時に、幾つもの恋の思い出とともに、アしクセイの学生時代をいろどったスターだった。
「ああ、知ってる、どうやら本物みたいだな。俺は、連邦軍のイリュージョン中佐。しかし、どうしてこんな物騒な所にいるんだ」
「映画のロケで来ました。連邦政府のジャハーン文化相の承諾をえて、スミス将軍のお口添えで、撮影隊と一緒にこのヴァリアス=ホテルしに滞在していたのですが、クランクインが伸びるというので、部屋でディープスリーパーを使って三日ほど寝てました。僕、その前までずっと別の仕事で徹夜続きだったから、コンディションを整えるには絶好だと、喜んでました。でも、セットし間違えて、二日ほど余分に寝て、起きてみたら、周りじゅうもぬけのからだった…」
「それで途方に暮れてたって訳か」
「ええ、事情を説明してくれるどころか、誰ひとり見当たらないし、何がなんだかさっぱり分からなくて、呆然としてしまって…」
ヴァリアス市民の脱出は、連邦軍も度肝を抜かれるような早さで行われた。その苛烈さは、映画のスタッフ達が主演のスターを連れ出す暇も無かったほどだったに違いない。
「気の毒だとは思うが、デ=ミロさん、君が寝ている間に、ここの情況は変わったんだ、いまさら抜け出すのは困難だ。俺に付いて脱出の時期を狙うしか、助かる道は無い。なんせここには、ゲリラのほかは、たぶん俺しかいないんだ」
「……まさか」
ジョルジュは、顔をひきつらせた。
「僕は、戦争映画の主演でここへ来ましたが、実際の軍体験はありません」
「心配するな。ついて来れば大丈夫だ。少し覚悟はいるがな」
遠くで、炸裂音が聞こえた。また、小競り合いが再開されたのだ。こういう極地戦では戦いは、一挙に古代に逆戻りするのだ。いかにアンドロイドが精巧であっても、白兵戦では人間の判断能力を越えられはしない。ゲリラは、ビームバズーカを担いで、至る所から連邦軍を襲った。
「君は、戦争に完全に巻き込まれてしまったんだ。いずれにしても、ここにいては危険だ。とりあえず安全なところへ移動しよう」
「じゃあ、エアーストリームで」
「それは駄目だ、わかってないな。悪いが車はあきらめてくれ、目立ちすぎる」
「わかりました」
意外にあっさりと返事をして、ジョルジュはスーパーカーをその場に置き去りにした。車一台、なんとも思っていないらしく、振り返りもしなかった。そしてアレクセイについて周りに注意を払いながら、地味な建物へ移動した。
下層市民の集合住宅だったその建物の一室を、アレクセイは当分のアジトにしていた。現代的な設備のいっさいがない、そこはジョルジュが考えたこともないような所だった。
部屋のどこからか、すきま風さえ吹き抜けている。
「住み心地はいいとは言えないが、ここなら分かりにくい。それに比較的安全だ」
寛げと言いたげに椅子を勧めて、アレクセイはジョルジュにお構いなしに、部下と連絡をとり始めた。ジョルジュは薄暗さに目が慣れると、部屋の隅のほうに78ミリビームバズーカや連射式ツインビームライフルなど、白兵戦に欠かせない武器が置かれているのを見た。
「君、武器はいじれないな」
食事をして少し落ち着いて、コーヒーを勧めながらアレクセイは聞いた。
「ええ、僕は兵役ではなく社会福祉を選択しましたから。ただ、子供のころから父が射撃は仕込んでくれましたから、その手のものは少し自信があります。それと、この映画のために一通り訓練所には行きました」
「じゃあ、扱い方の真似ぐらいは出来るんだな」
「ええ、まあ」
「…それで命拾いするかも知れない。そう言えば君は映画のロケでここへ来たらしいが、そのミリタリースーツ、宇宙軍特殊部隊のものだって知ってるか」
「ええっ。やだなあピッパ監督、いいかげんなんだから。デザインと色目だけ見て、似合うからこれがいいとか言って、僕にあてがったんです」
ジョルジュはちょっと困った顔をして見せてから、おかしそうに笑った。
「ピッパ監督の作品なのか…」
「ええ、そうなんです。いい脚本で、このユトランドの反乱を扱った作品です。僕としては初めて、高度な演技を要求される役で、のってました。でも…、あのマー=リアン=ピッパ監督、作品はシリアスなのに、本人はギャグだったんです。厳しいのに、どこか抜けてるし…」
そのどちらかというと、少し怜悧な美貌に似合わず、ジョルジュはざっくばらんな性格らしかった。アレクセイは、その監督の生真面目な作品で幾度も泣いたことを思いだして、何となく可笑しかった。
あたりはすっかり夜になっていた。おおっぴらに照明を入れることもままならず、彼らは皿に立てた数本の蝋燭で明かりをとった。
「君の映画、学生のころ何本も見たよ」
すきま風で炎が、揺らぐ。アレクセイは、意外に明るいこの青年のお蔭で、緊張の糸がほぐれて、少し明るい気分になれたような気がした。
「古代の王子とか、宇宙のヒーローとか、昔はそんなのが多かったな」
「それはどうも。でも、…中佐はお幾つなんですか」
「アレクセイでいい。俺は、2470年生まれだから、二十七だ」
「えっ、じゃあ、僕より一つ下ですか」
ジョルジュは、驚きを秘めてそういった。目の前の中佐が自分より年下とは、どうしても思えなかった。シャープな顔立ちの長身の美男子で、なでつけた金髪が美しかったが、彼は自分よりかなり年嵩な感じがした。
「そうなるのか」
アレクセイも、意外そうにいった。目の前の男は、やはり世界のアイドルと呼はれるにふさわしく、若くみずみずしく、幼くさえ見えた。彼ならば、どんなに地味な格好をしても、人目を挽くだろう。しなやかに均整の取れた、見事な体つきと、流れるような歩き方と、やわらかく心地よいテノールの声。上背こそないが、黒髪と青い目が妙にマッチしていて、青年になってなお国籍不明の美しさがあった。
特に揺らめく蝋燭の元では、きわだった美貌のなかに嵌め込まれた、わずかに焦点の合わない青い瞳が輝いて、同性とはいいながら、どきりとさせられるような色気を醸しだしていた。
「若く見えますか。これでも、見かけが商売なんでね」
「ああ、びっくりしたよ」
「あなた、いえアレクセイが…、威風堂々としてるせいもあると思うけれど。映画俳優でも食べていけるよ、きっと」
「そうか」
アレクセイは笑った。うちとけた感じに言葉つきを切り替えると、ジョルジュはぐっと近づいた感じになった。正直のところ、アレクセイは楽しくなって来た。任務の遂行で緊張の極みにいなくてはいけない情況は判っていたが、いくらかの後ろめたさはさておき、ひとときを楽しむことに決めこんだ。
「静かな夜。僕には、考えられないくらいの…」
「敵さんだって、夜は休むよ」
日没からは、炸裂音も、銃声も途絶えていた。味方の守りを信じるゲリラは夜間野戦ロボットも、市街地には配備しなかった。なまじ人がいないだけに、あたりは静かすぎるくらい静かだった。
アレクセイは、胸もとのボタンを外したくつろいだ格好で、手持ちの武器のコンピュータースコープの点検をしていた。手元が暗いので、なかなか思ったように行かないらしく、舌打ちをしながら、それでも丁寧に点検していく。彼は、プロの顔をしていた。
「ゴシップレーダーどもは、そうじゃないよ」
「なんだ、それは」
「僕のような、目立つ立場の者について回って、興味本位の記事を雑誌に売り込むやつらの事さ」
ジョルジュは、複雑な微笑みを浮かべていた。
「『なべての華やぎには、代償あり』、こんな格言があるが」
「そんな生易しいもんじゃない。僕は十五の時から映画に出てるけど、父の屋敷以外で、あいつらから逃れられた事がなかった。でも、さすがにここまでは、追って来れないらしいね。悔しがってるだろうな…」
「…大変だな」
「いつの時代にもあったらしいけど。僕専門にやってるのだけで、三十人近くいる。常に見られてるって、どんな感じのものか、想像できるかい」
「…そりゃあ、耐えがたいだろうな」
「ほんとに、ときどき俳優にならなきゃよかったって、そう思うことがあるよ。…この仕事が好きだし、天職だって、思っているんだけど。僕の父は実業家だから弱みを見せると家を継げって迫られるんで、つっぱって、それでここまでもったんだ」
「俺なんかには、考えられないことだ」
「だからかな、こんな大変なことに巻き込まれたのに、なんだかいつもよりずっと寛いでる。不謹慎かな」
少し茶目っ気のある笑顔がひときわ美しく、アレクセイをどきっとさせるほど魅惑的だった。気取りのない、気持ちのいい奴だ…、そう彼は思った。しかしおもてむきは平然として答えた。
「いまだけならいいさ」
何の感情もないような応対だったが、微かにあがった口元に、ジョルジュは優しさを感じていた。
初めて、自分が名の売れた俳優であることをありがたく思った。それが、任務を帯びたプロの軍人のアレクセイの警戒心を緩めるのに、大いに有効だったらしい。
ジョルジュ=デ=ミロと知りながら、何のこだわりも見せないアレクセイは、彼を寛がせてくれた。軍人としての注意も怠りなく、神経を張りつめていながら、彼はジョルジュをさりげなく思いやってくれていた。ジョルジュは短い会話の中に、強い、共感と友情を感じていた。
「アレクセイ、君は、なぜ軍に」
「君と同じだな、…天職だ。父も軍人だし、もともとは、周りの勧めで志願したんだがな」
アレクセイは、笑顔を作った。そして一呼吸置いて言った。
「おそらく明日、なんらかの動きがあるだろう。力を蓄えておいた方がいい」
全ての武器の点検を終えて、立ち上がりながらアレクセイは呆然としているジョルジュの肩を、軽く叩いた。
翌朝、ジョルジュが目覚めた時、アレクセイはすでに白兵戦用コンバットスーツを身に着けていた。
「君のぶんもある。俺の予備だから、少し大きいかもしれないが、我慢するんだ。昨日のミリタリースーツ、あれはまったく役に立たないから、ま、幾分ましだろう」
にやり、という感じで笑って、アレクセイはジョルジュを促した。
「移動するんだね」
「そうだ。予想通り指令が出た。これから、市街を回って任務を遂行し、脱出する」
「任務」
「アジトの爆破だ。ボンパーマウスって、知ってるか。ネズミの腹に二種類の爆薬を詰めて仕掛け、超音波リモコンでショックを与えて、化合させて爆発させる」
「古い戦争映画でよくネタになってる、あれ」
「そうだ。あれはレーザーシールドの盲点をかいくぐるが、ある程度近づかないと、爆破できない欠点がある」
「わかった、だから君はここにいたんだな」
「そうだ。そして全部、爆破しなければ、脱出できない。ヴァリアスにバリアシールドが張り巡らされているうちに、爆破しておかないと、外部に出てしまう恐れがあるから」
「…うん。その不発ネズミのせいで、使われなくなったんだろう」
「ああ、よく知ってるな」
「そりゃピッパ監督だからね、俳優は、それぐらいの勉強はさせられるのさ」
「だからとにかく、爆破危険なんだ。私が単独でここにとどまっていたのも、そのせいだ。この状況は民間人にはあまりにもリスクが大きいが、色々考えるとどうしても君をここへ置いてはいけないから、ついてきてもらう以外になくてな」
「判った、足手まといにならないように肝に銘じておくよ」
ジョルジュは、アレクセイが用意したコンバットスーツを身に着けて、対ショック防御メットを頭に装着した。無駄のないすらりとした戦士姿は際立っていて、なにもせず立っているだけでヒーロー然としている。アレクセイはあらためて、そのプロの二枚目ぶりに感心させられた。
そして、それから。
戦闘機能つき軍用大型シューターに乗って、応戦するゲリラの中を突き進み、アジト爆破を遂行していった。
あらかじめ通告された行動であるがゆえに爆破の巻き添えは少なかったようだが、激しい抵抗を見せるゲリラには、いくらかの死傷者がでた。
「ちっ、どうしてあんなに抵抗するんだ、命が惜しくないのかっ」
アレクセイは毒づいた。心底悔しそうな顔をしていた。ジョルジュは、彼ができれば犠牲を少なくしたいと考えていることを理解した。
「祖国のため、とか、目的があると人は強いからね」
「…気持ちは分かるがな…」
ため息をついていた。
イノヴェスカニア大講堂を爆破したさいに、大型シューターを破損して、ヴァリアスホテルの前で乗り捨てて、打ち棄てられたままになっていたジョルジュのエアーストリームに乗り換えた。あちこちから、炎が吹きあげる市街を、錯綜するレーザービームや弾丸を潜りぬけてつっきった。
いわゆるオープンカーであるエアーストリームは、銃撃戦には向いていた。ルートを知るアレクセイにコクピットを任せるしかないジョルジュは、脇を掠める流れ弾をものともせず、いちばん扱いの簡単なビームバズーカを無我夢中で撃ちまくった。
高速移動しているとは思えないほど、熱線は、的確に命中してゆく。
「けっこう巧いじゃないかっ」
「あはは、まかしときっ!」
「ああ、頼む」
アレクセイは運転しながらジョルジュの射撃の腕に感嘆した。殺さぬ程度の威嚇射撃は、破壊力の強いビームバズーカには至難の業のはずだ。バックモニターの中で、彼は、上気させた頬のまま勝利の女神みたいに婉然と微笑みながら、豪快に撃ち続けていた。
アレクセイは呆れ返りながらも、爽快感で気分が昂揚していくのを感じた。
その間にも、ゲリラが用いる旧式の爆弾が間近で炸裂する。
激しく硝煙まじりの爆風に全身を嬲られながらも、二人は状況が面白くて、小気味良くて堪らなかった。
連邦軍の集結地であるWポイントにようやくたどりついた途端、彼らは待ち構えていたカメラのシャッターの洪水に遭遇した。止める暇もあらばこそ、それは凄まじい勢いだった。
どうやら、今回の戦闘に俳優ジョルジュ=デ=ミロが巻き込まれたことがばれていたらしい。軍当局の制止を振り切って、質問におしよせようとするレポーターに、二人は鼻白んだ。
浮き立っていた気持ちはあっさり終わりとなった。
アレクセイは、まずいと思うより前に、ジョルジュが密かにため息をついたのを、見逃さなかった。
次の朝、地球連邦の各家庭のデータニュースペーパーのトッププリントには、彼らがスーパーカーに乗ってビームバズーカを構えている写真がプリントアウトされた。
自軍のエリート情報将技が、連邦の全ての地域にでかでかと顔を売るという事態に、連邦軍当局は遺憾の意を表したが、既に時遅しの状況だった。立腹した軍当局は、一切のコメントを廃し、以後沈黙に終始した。
このことで、ジョルジュが主演した『落日のユトランド』は高い評判を呼び、空前の興業成績をあげ、その年の賞をあらかたかっさらった。それは、彼が美貌のアイドルスターから、演技派への道を歩みはじめた記念すべき出来事だった。
しかし、ヴァリアスのWポイントで別れてから、アレクセイに再び逢う事は出来なかった。連絡を取ろうとして手を尽くしたが、軍当局のガードは固く、遂にはたせなかった。
ジョルジュはしばらく、戦地で味わった昂揚感を忘れることが出来ず、アレクセイにもう一度逢いたいという気持ちもてあまして過ごした。二度と逢えないかも知れないという事が、自分でもおかしいくらい切なかった。そしてその後も忘れることが出来ずに、逢いたい気持ちをずっと抱き続けた。
それから一年半ほどたったある晩、新宇宙港落成記念パーティの席で、ジョルジュはアレクセイと再会した。
ジョルジュは、数多い有名人ゲストの中の一人として、その場に花を添えるために仕事上の義理がらみで招かれ、アレクセイは二週間の休暇を取り、縁談の相手に会うために遠藤将軍に呼ばれて出席した。
盛大に催されているパーティ会場の片隅をあるいて来るジョルジュは、地味な黒いシルクの盛装ながら、相変わらず美貌が冴えて人目を惹いていた。アレクセイは、贅沢なシャンデリアの目映い光のしたに彼を認めて、引き寄せられるように近づき、声をかけた。
「ひさしぶりだな」
「アレクセイ…、イリュージョン中佐!」
突然、呼びとめられてびっくりした顔のまま、ジョルジュは立ち止まった。アレクセイは、長めの巻毛をそのままに、宇宙軍の正装をして式典用のマントを着けていた。その印象は、ヴァリアスで出会った時とは違い、華麗のひとことに尽きた。そのとき初めて、ジョルジュはアレクセイが、かなり並以上に整った容姿の持ち主だったことに気づいた。
ジョルジュは、懐かしさとともに、どうしようもなく嬉しさがこみあげて来るのを感じた。ぱっとあたりに輝きを放つような、笑顔が広がった。人々が足を止めて、目を向ける。
「覚えていたか。ああ、今は大佐なんだ」
「あれから、逢いたくてずいぶん連絡を取ったのに…、結局だめだったよ。どうしていたんだ」
「まあいろいろあって、連邦宇宙軍に転属になった。御覧の通り、これは宇宙軍の正装だ。今は月の、アテナシティの基地にいるんだ。やってる中身は似たような事なんだが…。君になんとか挨拶をしていきたかったんだが、なにしろ急な事だったうえに、上の連中があの写真の一件で機嫌を損ねていたんでな」
「…あの事件のためにか」
「まあ…、派手に顔を売ったからな。上の連中はまずいと思ったらしい」
「僕のせいだ…」
「気に病むな、俺は今の仕事が気に入っている。宇宙海賊相手に知恵比べの毎日も、なかなかやりがいがあって面白いものだ。ところで、『落日のユトランド』成功おめでとう。凄いヒットだったと聞いている。俺も月で見せてもらったが、あの監督らしい、いい作品だった」
「ああ、ありがとう」
「君がドンパチやってる姿を思い出したよ。しろうとのくせに、やけに巧かったな、射撃」
「ふふ、父はスパルタでね、子どものときから趣味とは思えないしごきにあった結果さ」
ジョルジュは少し懐かしくて可笑しくて、微笑みを浮かべた。二人でいた時間は短かったのに、鮮烈に心に残る、ヴァリアスでの記憶。いま、アレクセイを前にして、その一つ一つが鮮やかに甦って来た。
アレクセイも同様らしく、楽しげに微笑んでいた。
二人でいると、よけいに人目を引くらしく、皆が彼らを見ていた。映画の影響が、まだ残っているらしい。ふとアレクセイは、ジョルジュがどことなく元気がないことに気づいた。しかし、ここでは目立ってこれ以上話が出来そうになかった。
「なあジョルジュ、今夜あたり、ゆっくり飲まないか」
「ああ、嬉しいよ。クリスタルパレスに、いい店がある。案内するよ、十時にロビーで」
そして二人は離れた。
アレクセイは、それから予定通り遠藤将軍に会って、エマニエル中将の令嬢を紹介された。そこそこの容姿と知性の、大人しい女性らしく、アレクセイが挨拶をすると、少し内気そうにはにかんで頬を染めた。妻にするのに悪くはないと思った彼は、再会を約束した。
しかし実際のところ、彼の気持ちはジョルジュとの再会に捕らわれっぱなしだった。
クリスタルパレスホテルの五十八階に、‘ロマンシア’という会員制の超高級クラブがある。そこの窓べのポックスシートで、二人はあらためて再会を祝した。
「相変わらず凄かったな、やつら。俺まで追っかけられた」
「ゴシップレーダーのことだね。…一時ましだったんだけど、最近また増えた…。ここはいまや、僕がくつろげる数少ない場所になってしまった」
「それはまたどうして」
「…実は、妻とうまくいかなくて、別居中なんだ。もう二た月、このホテルで息子と暮らしてる」
「息子?」
「三歳になる、ランファンっていうんだ。別居するときに妻が、捨てるみたいに僕におしつけていったんだ。…可愛い息子を。信じられないよ」
「ほう」
「君にあった頃、もう既に醒めてて…。ああ、馬鹿な事を話しているね。すまない」
「いや」
「結婚するまで解らなかったけれど、妻は僕に幻想を抱いていてね。いろいろそれに見合ったものを僕に押しつけた。装いや、生活全てが派手好みなんだ。エアーストリーム、派手な車だった、あれも妻が僕に買って来た。着飾ってパーティに出かけるのが大好きでね。僕は元来派手なのは苦手で、そんな彼女と、全てが噛み合わなかった。そんなこんなで、終いにはお互いに顔を見るのも嫌になってしまったんだ…」
苦味のある表情が、ジョルジュの美しい顔をゆがめた。アレクセイは、けげんな顔をしてジョルジュを見た。その言わんとするところを察してか、彼はふたたび口を開いた。
「さあ、なぜ結婚したのかはそれこそわからない。ただ、悔やんではいるよ。いずれ正式に別れるつもりなんだ」
「不思議だ。俺はここに結婚を決めるために来た。君とはさかさまだ」
ジョルジュが目を見開いてアレクセイを見た。
「恋人と」
「いや…、上の紹介で見合いをした」
「そう。でも、君なら女性には困らないんじゃないかい」
「はは、それはまあ色々あるよ。一時的ならそれもいいが…、結婚は違うさ」
「ストイックな考え方だね、賢いのかもしれないな」
「なに、熱い恋愛がないだけだ」
「そんなものかな」
「ああ。で、このたびめでたく俺は、人生戦略の一環で妻を選ぶわけだ…」
いささか自嘲的な響きの混じる言葉だった。アレクセイが結婚にあまり乗り気でないのが、分かる。
ジョルジュは、返答に困ってしまった。
静かに、やわらかい音楽が流れる中を、精巧なアンドロイド=バニーが通りすぎてゆく。宕の外一面にトーキョーシティの夜景が広がり、真新しい宇宙港が光の塔のように煌めいていた。しはらくしてジョルジュが聞いた。
「休暇はいつまで」
「あ…と、さ来週の木曜までか」
「じゃあ、時間があるなあ。僕の父の屋敷へ遊びに来ないか。月曜くらいにここを訪ねてくれたら、一緒に案内するよ」
「わかった。特に予定もないから、ぜひそうさせてもらうよ」
アレクセイはやわらかく微笑んだ。その笑顔には温かみがあって、やけにジョルジュの胸に残った。
波の音だけがすべてのような、プライベートビーチの白い館は、ジョルジュの父の別荘のひとつだった。アレクセイを招いた広壮な本屋敷は、親しく語らうには不向きな気がして落ち着かず、その日のうちに発って、彼らはこの海辺の館に来ていた、。
「まだ、地球にもこんな所があるのだな…」
大きなビーチパラソルの下で、感心したアレクセイがつぶやく。いちめん、目に染みいるようなウルトラマリンブルーの世界だった。遠浅の岸にうち寄せる波は透明に輝き、そして果てしなく、人影のない白い砂浜が続いていた。
「ああ。ここはいつまでも変わらない」
ひとしきり海水浴をして、はしゃぎ疲れて眠ってしまった小さな息子を脇に凭れかからせて、心地よさそうにジョルジュが言った。
潮風に髪を乱して、飾らない、けれど世にも美しい顔をして息子の髪を撫でて、安らいでいた。
素直で、優しく、本当は人懐っこい、陽気な性格。
アレクセイはそんなジョルジュに胸がときめいて、どうしようもなかった。平気な顔をするのもやっとだった。蜂蜜色に焼けた均整の取れた肢体も、美貌も、この魂が入って完璧なんだと思っていた。
「今日は、よくはしゃいだからなあ、ぐっすり寝ているよ」
「ああ、元気なやつだな」
「君が、ずいぶん構ってくれたから嬉しかったんだろう。君は背が高いから、空中に放り投げられても、僕とは感じが違ったんだろうね」
言われて、ジョルジュの息子ランファンと、童心に返って水遊びに興じた自分を、少しだけ恥じた。
‘部下には、見せられない顔をしていただろうな、俺は…’
アレクセイは、照れて笑った。
ここへ来て、三日目になる。ヴァリアスで出会い、そして再会してからまだ日が浅いというのに、二人は旧くからの友のようにすっかりうちとけていた。ジョルジュの息子は人なつっこい、とても可愛い子供で、ひと目でアレクセイを気に入ったらしく、構ってやるとはしゃいだ。
「マリエル嬢とは、いつ逢うんだ」
「明日な、一度会う予定だ」
「うまくいきそうなのかい、結婚話」
「まあな。そろそろ決めなきゃいけないらしい」
言葉が、鈍りがちになる。どこがどうと言う事はないが、今ひとつ、この縁談にのりきれないものを、アレクセイは感じていた。その気持は、ここへ来てから深くなっていったものだった。
こうしてジョルジュとくつろいでいる、ただそれだけの事が楽しかった。
それが、見合いの相手の女性との通い合うものがない長い会話を、より退屈に感じさせていた。比べるべきものではないと思いながらもついジョルジュとの、てらいのない楽しい時間を思い出してしまう。
‘…ジョルジュみたいな楽しい人なら、もっと良かったがな…’
これからの人生のことを考慮すれば、妻としては無難な人かも知れないが、結婚に対して疑問が湧き起こってどうしようもなかった。
‘ジョルジュならいいって…、俺は…’
ふと、気づいた。唐突な自分の考えに、ショックを受けた。
‘俺が男の彼を、妻にするわけにはいかないに決まっているじゃないか…’
アレクセイは内心自分を叱咤しつつ、頭を抱えた。
“でも、法律にはかなっているだろう”
心のどこかで声がする。
‘馬鹿なことを……’
どうしても、考えを払拭できないことが、情けなかった。
そんなわけで、ますます迷いが深くなってしまった。
「アレクのおじちゃんは、いないの」
「ああ、今日はお出かけだよ」
波打ち際で、はしゃぐ息子の手をしっかりと握って、ジョルジュは海風に吹かれていた。
彼は、儘ならない自分の気持を持て余し気味だった。アレクセイに行って欲しくない、それが自分の本音なのだ。ずっとここにいて欲しいと。
結婚を考えていると彼の口から聞いた時、心が揺らいだ。自分には何の関わりもない、アレクセイのプライバシーとは判っていながら、胸を掴まれるような、理不尽に激しい感情が襲った。
息子ランファンと戯れるアレクセイ、健康で知的で、逞しく、そしてなにより彼は性格がいい。
聞いた話では、地球連邦軍の中でも、その卓越した手腕と知略でならし、エリート中のエリートと言われ、女性にも男性にも好かれている、理想が服を着ているような存在だという。あの一件で名を売ったあとは、連邦軍最高の地位であるアドミラルの椅子も狙えるという声さえ聞かれるらしい。
けれど彼は、自分にもジョルジュにも何の幻想も抱かず、当たり前に扱ってくれる。気安く接してくれる。
幼いころから芸能界にいるジョルジュには、そんな友達は出来なかった。
彼のそばにいると、ジョルジュは人として安らぐ事が出来るのだ。妻にさえ一度も感じたことのない、安堵感だった。
できれば、結婚に縛られることなく、傍らにいてほしいという思いをそんなアレクセイに抱くのは、しかしどう考えても理にかなったことではなく、悲しいことだった。
そのうえ、不祥事の許されない彼の立場を考えると、ものすごい罪悪感があった。
‘どうしてしまったんだろう、僕は’
ジョルジュは、思わず自分自身に対しての嘲笑をもらした。
‘おかしい…’
はしゃぎ疲れて、パラソルの日陰で眠るランファンをの髪をなでていると、外出から戻ってきたアレクセイが、白い砂浜をやってくるのが見えた。波打ち際をそぞろ歩いているその背の高い姿を見ながら、急速に高まってゆく胸の鼓動を押しとどめ、ジョルジュはテーブルに頬づえをついて、昔風の紙巻たばこをくゆらせた。
木曜の夜、居間で食事の後くつろいでいた。アンドロイドバトラーのメイファーが、アイスティをさりげなく運んで来た。幼い息子は、もう寝ていた。
「明日の朝、専用エアジェットが迎えに来るよ。いよいよ婚約だね」
「ああ…」
「どうしたんだい」
「…結婚に気乗りがしない。相手が不満じゃないんだが、たとえば君といるほうが、ずっと充実した気持ちでいられる」
薄いグラスを弾いて、アレクセイは一口アイスティを飲んだ。
「どうして」
「わからない。相手に不足はないし、結婚したくないわけでもないが…、ただ、迷いが抜けないんだ。踏ん切りがつかない…」
「断るつもりなのかい」
「…そこまで、決心が固まったわけでもない。義理がらみだから、困ったよ…」
二人の会話に、長い長い間があいた。ジョルジュは、アレクセイの悩んだ顔を見て、行かせたくない気持ちを募らせた。気がついた時、思わず言っていた。
「じゃあ、ここにいればいい…」
「それは、断れっていう意味なのか」
「ためらうなんて、戦場で出会った時の君になんか、考えられないことだったよ」
「…………」
「はっきり決められないんなら、行っても悔いが残るよ」
「…ジョルジュ」
「僕は、君にいってほしくない」
そこまで告白するつもりはなかったが、不意に、言葉が出ていた.。
「…いくな」
語尾が震えていた。しかし、アレクセイを見つめている表情には、変化はなかった。
「君が、引き止めるのか」
「アレクセイ…僕は」
「引き止めてくれるのか」
「き、君を…愛しているんだ」
言ってから、ジョルジュは自分の気持ちに気づいた。
「ああ、そうだ。僕は、君を愛している、アレクセイ。今、わかった…。行かせたくない、行かないでくれ…」
ジョルジュは、いいながらアレクセイに近づいた。アレクセイは、目を見開いたまま、動こうとしない。ジョルジュの宝石のような双眸に、揺れる輝きが徐々に宿って、美貌がいちだんと蠱惑的な色を帯びてゆく。切なげな、表情を湛えて。
見つめ合ったままアレクセイは、深いめまいのような感覚に引き込まれ、無意識のうちに、ジョルジュを抱きしめていた。
「ジョルジュ…、ああジョルジュ。やっぱり君は勇敢だな。勇気のない俺は、とても告白など出来なかったが、本当は君のことが気になっていた…」
声が掠れて、アレクセイの囁きは、信じられないほど甘かった。
「君といると安らぐし、黙っていても楽しい。そんな奴との出会いは、人生で初めてだった。実はユトランドの騒動の後、君との接触を禁じられたんだ。上の連中は、俺がこれ以上顔を売るのはまずいと思ったのだろう。君に逢いたくて、軍のお偉方にいろいろ言ってみた。けれど駄目だった…。だから、月に居ても、余計忘れられなかった。今思うと、たぶんずっと恋してた。…白状するが、君に似た女とばかり付き合っている、俺は、鈍感にも」
アレクセイは、照れて笑った。そして二人は、抱き合った。
甘く低く、ジョルジュが囁く。
「僕は男で、しかも子持ちだよ、後悔しない」
「するものか、俺は気づいてしまったんだ」
ゆっくりと、互いを見つめたまま唇を重ねた。
そしてそれから、彼らは人目を避けるために四苦八苦しながら、忍び逢いを続けた。ジョルジュは、月にコンドミニアムを買ったし、また、アレクセイは地球へ出向くことがやけに増えた。
「こんなに歓びが深いなんて…、僕は、淫乱なのかなぁ」
「馬鹿なやつ。俺のこと、愛してるからさ、それは」
「アレクセイ、言ったな」
「ふふ、違うのか」
「……当たりだ」
逢うたびに愛は深まり、それを確かめ合う喜びが、彼らに危険を冒させた。
それでも、ジョルジュが離婚するまでのあいだは、そちらに関心が向いていて、楽だった。しかし、それが片づいても彼らはゴシップレーダーにしつこくつけ狙われ、半年も経つと、真実に近い噂が流れ始めた。
「時間の問題だな」
「まだ、もつよ」
「…ゴシップレーダーは、あなどれない存在だ」
「じゃあ、ばれたらどうするんだ。僕は、君と別れるなんて、出来ないからな」
ジョルジュが拗ねて言う。ぶっきらぽうな甘えが、アレクセイをまた引きつける。アレクセイは、ジョルジュのしなやかな裸の背中をなでて、覆うようにかぶさり、その耳元にそっと囁いた。
「その時は、…ジョルジュ、総てを覚悟の上で、結婚しよう…、いや、その時でなくてもいい、結婚しよう、ジョルジュ。それが一番いい」
その言葉を聞いて、ジョルジュは、思わず耳を疑った。同性愛を、最も忌み嫌うのは軍隊なのだ。
「…な…に……。アレクセイ、気が狂ったのかい」
「いや、俺は本気だ」
「道を閉ざされることになるのは、君なんだよ」
「それがどうした。俺は、君と生きたい、嫌か」
「嫌な訳ないだろう、でも…」
「適法なんだからいいじゃないか。こんど、俺の艦になった宇宙戦艦が、トーキョーシティに帰港するときまでに、考えておいてくれ」
アレクセイは真剣だった。
暗い宇宙空間に、青く浮かぶ地球の姿を見ながら、宇宙戦艦イオスのメインデッキのシートに深く体を預けて、アレクセイは物思いに耽っていた。
遠く輝いて見える、あれはその昔星に向かって打ち上げられて、そして砕けたスペースシップの残骸らしい。
人々の好奇の目、そして閉ざされる未来。この上なく有能と言われていた者でも、同性結婚をして、将軍にまでなったものはいない。ましてやその上など、望むべくもない…。
それが、彼らを待つ現実だった。
「なべての華やぎには、代償あり、か」
それでも、いいと思う。悔いはないと、思う。華やかな女たちを凌駕し、アレクセイの何もない夜の心に青く浮かび総てを越えた、運命の地球、ジョルジュ。
ふと、子供の頃、連邦大学の講義で聞いた、同性結婚のくだりを思い出して、アレクセイはひとり、感慨に耽っていた。
「総員に告ぐ。当艦は一時間後に、大気圏に突入の予定である。各員帰還体制に入れ」
艦内アナウンスにわれに返り、彼は思わず目を細めて、スクリーンいっぱいに広がる、地球の姿を見た。
静かで、しかし明瞭なアナウンスが、霧雨のように流れる。
人々のざわめきも、アラパスターファイバーで出来た高い天蓋に抱かれ、中和されて、一つの響きとして空気に溶けてゆく。
トーキョーシティ宇宙港の建物は、最先端の技術を、白い半透明の宝石のようなアラパスターファイバーに隠して、あくまでも優美だった。セントラルターミナルから宇宙船の発着する各埠頭の隅々にまで設計者の美意識が生かされ、全体として、夢の城のような感じを与えた。外観は白いセラミックと特殊ガラスでつくられ、夜になると光の塔になった。
今では、ウェディングドレスを纏った夜の女神、という別名を誰ともなく言われていた。
軍専用の第25埠頭には、まもなく帰着する宇宙戦艦を出迎える家族達が、深夜を押して多数佇んでいた。
他の出迎え客から少し離れて、小さな子供を抱いたジョルジュが艦が到着するのを待っていた。細い煙草をくわえ、時々抱いている子供の寝顔を確かめるように、頭を撫でている。すらりとしたシルエットが際立っていたが、立てた襟と、サングラスと、目深に被った帽子が顔を隠し、誰ひとり、彼が誰のか気づくものはいなかった。
目も眩むような光を放ち、宇宙戦艦イオスは着艦した。しばしののち、式典用の正装を着けたクルーたちが整然と下艦すると、埠頭の送迎ターミナルは、再会を喜び合う人々で騒然となった。
アレクセイは、押し寄せる人をかき分けて、自分を待っているはずの恋人の元へ急いだ。
「ジョルジュ!ランファン!」
大きな声で呼びながら駆け寄り、彼は恋人を子供ごと抱きしめた。ついいましがた目覚めた小さなランファンは、眠そうな声で、お帰りなさいを言うやいなや、彼の腕で高く抱きあげられ、嬉しそうに笑った。
「会いたかった。待ち遠しかったよ、アレックス。ずっと、ガラスの向こうの空を見ていたんだ」
心から嬉しそうに言って、彼はサングラスを外した。
相変わらず、魅惑的な美貌だった。その綺麗な目は、うっすらと涙に潤んでいた。
「返事は、ジョルジュ」
「気持ちは、変わらなかったんだな」
「ジョルジュ…」
アレクセイが少し、顔を曇らせたのを見て、ジョルジュはいかにも嬉しそうに、いたずらっぽく笑った。
「イエスだよ、…もちろん、アレクセイ」
「ありがとう」
「愛してるよ、アレクセイ」
「ジョルジュ、俺も愛してる…」
微笑みが、二人の顔に広がる。嬉しそうな、幸せそうな笑顔…、そこにはもう、ためらいはなかった。
有名な映画スターの存在に、人々がざわめき、人垣を作り始める。
その中で、アレクセイとジョルジュは抱き合い、まるでドラマのラストシーンのように、くちづけていた。
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