aqua.jpg (4681 バイト) 続・ほんとうは恋  門出

 

 雨が降っている。静かな雨だ。

 

 賢一郎。お前と過ごす十回目の大晦日だ。俺たちは同居してもう十年になるんだ、早いもんだな。

 

「じゃあ、雅之さま、賢一郎さま、良いお年を」

 豪華絢爛な正月料理を残して、通いのお手伝いさん達が帰ったあと、最後まで俺たちの帰宅を待っていてくれていた住み込みの登米さんが挨拶もそこそこに田舎へ帰省のため去っていった。

 そしていつもと同じように、俺とお前はだだっ広い屋敷に二人きりになった。大晦日の夜から元旦は、俺たち水いらずで過ごすんだ。

 

 大晦日だというのに、俺は年末の挨拶で一日をつぶした。ただ一人つきあってくれる賢一郎に愚痴ると、笑って取り合わない。くそぅ、来年から立場を逆にするか、と悪態をつくと、これまた笑って首を振られてしまった。

 くたびれたまま着替えると、俺たちは仕方なく大げさな正月の用意が整った馬鹿広い母屋の点検をした。正月はいつも二日から、年始の客を迎えることにしている。そのもてなしを馴染みの料亭から臨時で来てもらう仲居さんと板さんにお願いするため、二日の朝にはできるだけ準備が整った状態でいなくては大変なんだ。。

 今年は「きの万」さんに頼んでいる。

 年賀の間は、俺はひたすら松を背に偉そうにふんぞり返って飲むばかりで、ほとんど料理は食えない。いちいち来客にあわせて食っていては屠蘇を勧める事すらおぼつかなくなる。

 賢一郎は、臨時の秘書役で分刻みのスケジュールを作って、采配にてんてこまいさ。

 なまじな平日勤務よりよっぽどハードだ。取引上重要な年始客が、本当にひきもきらずで、手を抜くわけにもいかない。

 だから毎年のことだけど、俺たちには、正月休みは元旦一日しかない。

 あーー、つらいねぇ。

 

 俺の家は、今は亡い父が入院してからこのかた、馬鹿でかい母屋をあまり使わなくなった。食堂ぐらいかな、まともに使うのは。

 生活はもっぱら離れでしてる。俺の部屋とお前の部屋、そして居間と小さな台所と風呂とトイレ。本当にこぢんまりしてて落ち着くんだ。やっぱり家は、住むに適正な広さがいい。

 それに、正月のようなときには、プライベートエリアが騒ぎから切り離されてるというのも、何かと都合がいいし。

 

 そんな訳で、早々に離れに引き上げた俺たちは、居間のでっかいTVの前に陣取り、紅白をみながら、俺たち用にと取り分けてくれた、小さなお重のお節料理と余りものの煮物などをあてに、ぼんやり酒を酌み交わした。

 最高に、寛げるひとときだ。

 お前は一風呂あびて、このときしか着ない俺と揃の和服に、どてら半纏を着込んでいる。洗ったままの髪は自然に額にかかって、妙に若々しく見える。

「いろいろあったけれど、今年も無事に暮れたな、雅之。いつもこのときだけは、本当にほっとする」

 素直な笑顔で、俺に話しかけてくる。

「ああ、そうだな」

 俺はと言えば、お前のように素直にはなれず、ぎこちなく頷いて見せる。心なしか緊張している自覚がある。

 お前は目を細め、ゆったりと酒を飲んでいる。

 そうしていると、仕事で見せるシャープな印象が嘘みたいだ。

 俺の車の専属運転手のときでさえ、お前はシャープな印象が消えない。俺のために、影に徹しているお前を見ていると、いつも胸の何処かが熱かった。

 お前は、望めばいくらでも自分の力で華やかに生きられるはずだった。俺と組んで、今の立場でいなければ。

 俺のために、控えめな生き方を選んだお前、賢一郎。

 こうして俺と年の瀬を過ごしている、賢一郎。

 

 不意に、お前はつと立ち上がった。

「あ、ツマミが切れた。待ってろ」

 お前は、しばらく台所をごそごそして、やがて好物のするめを焼いて出してくれた。

「ほら。いい具合に焼けてるぜ、食えよ」

 微笑みながら、俺にするめを分ける。

「おー相変わらずサッチンの衣装のケバイこと」

 なんて、紅白の歌手にケチを付ける。その寛いでいる様子が、俺には胸に切ない。

 下戸の癖に飲むから、頬の当たりと目許が赤くなって、どことなく色気が滲む。

 俺は、黙ってお前を見つめた。

 

 行く年来る年が始まって、どっかの寺の除夜の鐘が、中継されてくる。煩悩の数、百八つ。俺たちの過ごしたこれまでの生活みたいだな。

 

 雨が相変わらず淑やかな音をたてている。明け方には雪にでも変わりそうな気配だ。

 俺たちは、流れてくる除夜の鐘を聞きながら、おし黙る。

 なあ、賢一郎、どうして今夜みたいな夜に、お前そんなに自然体でいられるんだ。

 

 つい二日ほど前に、俺は何年も続いた女、美津保と別れた。

 何で別れたかっていうと、俺の本心を教えられたからだ。

 …俺がお前に惚れてる、ホモだってなあ。

 俺はそれまで自分がそんなこと思ってるなんて、自覚したことがなかった。だから俺は呆れ返ったよ。

 女の勘てのは、こと利害が絡むとどうしてああも鋭いのだろう。美津保の責め句にお前はいたたまれずに逃げ出し、俺は自分の気持ちに気づき、彼女を捨ててお前を追いかけた。

 今思うと、俺は美津保に悪いことをした。いくら金銭的援助をしたとはいえ、彼女がそれ以上の繋がりを期待していることは知っていた。なのに結婚もせず、別れもせずに都合良く付き合ってきて、最後に自分の恋愛の後押しまでさせたのだから。

 金でしか報いてやれないが、年が明けたら話し合ってみようと思う…。

 

 俺たちは、自分の気持ちに向き合った。

 けれどもその後の二日は何も起こらなかったように過ごした。仕事が忙しかったし、きっかけもなかった。

 ただ、時折見つめるお前の目が、優しく熱く見返してくるたび、俺も胸の奥を熱くしていた。

 そして物慣れない不思議な気持ちを味わいながら、この夜を待っていた。

 

 除夜の鐘が鳴り終ると、お前はリモコンでテレビを消した。俺たちはこたつで向き合い、時計の秒を刻む音を聞いた。

 お前は急に張りつめた表情をして、俺を見つめた。恐いぐらい真剣な目だ。

 俺も黙ってお前を見た。

 …胸に満ちるのは、ただ熱い気持ち…

「賢一郎」

 俺は、黙っているのに耐えられなくて、お前の名を呼んでみた。

「こっちへこいよ、雅之」

 お前は、少し考えてから低くつぶやいた。俺はこたつを出て、お前の傍に腰を下ろした。たちまち包まれる、お前の腕。それは小刻みに震えていた。

「平然としていようと思ったけれど、…無理だった、雅之」

「賢一郎」

「俺な、震えが止まらないんだよ」

 俺を抱き締めて、お前がつぶやく。

「お前とこうしているなんて」

 甘い囁きが、耳をくすぐる。めくるめくって、こんな心地を言うのだろう、きっと。思わず目を閉じて、甘い気分に浸る。

「賢一郎、俺は…」

 言いかけて、言葉が見つからなくて、黙る。気のきいた言葉なんて、いざとなると、いまのこの気持ちをあらわすのに何の役にも立たない。

 お前は、俺を後から抱き締めて、頬を寄せている。俺は、熱いものが頬を伝うのを感じていた。

「泣くなよ」

 お前の頬が頬を撫でる。俺の肩を抱く手のひらが暖かい。それだけで胸が熱くなる。何故だかわからない、ただ涙腺が壊れたように涙が出るんだ。

「賢一郎、賢一郎、賢一郎」

 俺の繰り返す声に、お前は応え、俺の涙を舌で拭う。そして俺と向きあうと、じっと俺の目を見ながら唇を重ねてきた。

 女を抱くときの気持ちと、こんなにも違うとは。こんな気持ちで誰かと夜を過ごしたことなんか、ない。

 余裕のかけらもなくて、初めてキスするみたいに、みっともないくらい細かくふるえる俺の歯が、お前の歯にあたってかちかち言ってる。

「なぜ震える、なぜ泣く」

 唇を離し、お前は聞く。

「…嬉しいんだ、だから」

 とんでもなく甘い声。言った自分でたじろいでしまう。お前はといえば、顔を赤くして、切ない微笑みを浮かべている。

「ああ」

「お前としてると、感じてしまって震えるよ」

「プレイボーイのくせに。オンナとしてもキスじゃ感じなかったのか」

「賢一郎、お前、意地が悪いな」

「あん」

「恥ずかしくて言いにくいこときくなよ」

「雅之…」

「愛してる…からだ、賢一郎…お前を愛してる…だから」

 うわずりきった俺の言葉を聞いて、お前が真顔になった。お前は唇をやわらかく重ね、そのまま舌を絡ませてきた。そんなお前の舌に、そっと舌を絡ませてむさぼりあい、俺は酔ってしまったように、腰砕けになった。

「賢一郎、とろけそうだ」

 俺の息が乱れて、体温が上がる。お前にそっと回していた手が、いつのまにかしがみ付いていた。

 お前は、もう迷わない。真っすぐに俺を見つめて、キスを繰り返しながら、すっかり熱く固くなった部分を押しつけてくる。

「あ、あ」

 それが、やっぱり熱くなっている俺のものと触れ合い、俺は脳天にきそうな程の快感に、甘くうめいていた。

 賢一郎の手が、俺の帯を解いて、着物の前をはだける。俺も賢一郎の帯を解いてやった。止まっていたキスをまた繰り返し、着物のしたの素肌を重ねて、俺たちは次第に乱れていった。

「雅之、ああ、雅之」

 俺の、胸をまさぐり、膝を割り、お前が譫言のように俺を呼ぶ。熱く燃えるような肌が触れ合って、俺がどんなにとろけそうか、お前に見せてやりたい。

「賢一郎、愛している、俺、俺…」

 俺たちは絡み合い、燃えるような下半身を押しつけて床で縺れあった。

 賢一郎、お前が好きで好きでたまらない気分だ…、何をされてもいい…

 不意に、賢一郎が体を起こして、俺を腕に抱きあげ、寝室へと運んだ。一瞬のうちに抱きあげられて、俺はされるがままになっていた。

 廊下の、ひやりとした空気が肌を切るようで、俺はお前の腕にしがみつく。お前は、お前の寝室の扉をあけて、俺をベッドにそっと降ろした。

 俺、なんてあられもない格好しているんだろう。

 胸も、腹部も、興奮しきっている下半身まであらわにしているくせに、着物をまといつかせている。お前が、体にまとっていた和服を脱ぎ捨ててベッドにあがってくるのが、分かる。

「俺も脱ぐよ」

「脱がせてやるさ」

 お前が、肩に口付けながら、ゆっくりと俺の着物を剥がして、ベッド下へ落としてしまった。

「雅之」

 じっと見つめて、お前が俺の名を呼ぶ。裸のお前の胸をなぞって、俺は手をお前の背中に回して、しがみついた。

 優しく、優しく、お前のくちづけが、体のあちこちに降りそそぐ。

 ああ、ああ、ああ…

 この気持ちを、どう言えばいい。賢一郎、どう言えばお前に伝わるのだろう。

「賢一郎、キスさせてくれ、俺にも」

 ベッドに起き上がり、明かりのしたでお前と向かいあう。俺は、お前の真顔の、薄く開いた唇に引き寄せられるように唇を重ねた。

「雅之、愛している」

 俺に組み敷かれ、お前は下から真っすぐに俺を見上げて、告げてくれた。

 ああ、俺はお前のオンナになってやろう…

 胸の奥のどこかに残っていた僅かなためらいは、お前の愛の言葉で消えていた。俺は、熱く屹立しているお前のものに、体をずらしてくちづけた。

「あうっ」

 賢一郎がうめき声を挙げて、体を強ばらせた。そのまま吸ってやると、ありありと大きく堅くなってゆくのがはっきりと口腔で感じられて、俺は急激にたかぶってしまった。

「こんなになってきたぜ」

「馬鹿」

「吸ってやる、ほら」

 音を立てて吸い、お前の脈動を舌で感じつつ先走りを味わうと、高ぶった感情で視界がぼやけている。俺の目は潤んでいたのか、口を離して賢一郎を見上げると、指の腹で目尻を拭って、労るくちづけをくれた。

「俺は、…お前に抱かれるよ、賢一郎」

「雅之」

「優しく…してくれ…な」

 囁いたあと、お前の胸に顔を埋めたまま、俺は恥ずかしくて顔をあげることが出来なかった。お前は、真顔のまま、そっと俺を巻き込んで覆うように寝かせた。

「雅之…」

 お前は、言葉が出ないのか黙って、ただ俺を見返す。その目の熱さに、俺は濡れてゆく。

「賢一郎…」

 お前は、俺の口をくちづけで塞ぎ、そしてゆっくり俺の下半身に愛撫の手をのばした。優しくまさぐり、嘗めさせられた指で最奥を探られる感じは、俺を震わせる。

 溶けて、しまいそうだ…。

 指が体内に差し込まれ、抜き差しされ。

「ああ、そんなにすると、もたない、賢一郎…」

 膝が緩んでしまって、いつしか俺はあられもない姿を、お前に晒していた。

「ああ、ああっ」

 俺は泣き悶え、お前にしがみついて間断なくくちづけ合い、賢一郎が、身体の隅々まで知ろうとしているその求めに応じていた。

「傷つけたくない…、雅之」

「…いいさ、こいよ」

 欲しいと、こんなにも欲しいと思うなんて。

「これを使うから…」

 賢一郎は、ベットヘッドの小物入れから、ハンドクリームを取り出して、自分のものと俺のそこにたっぷりと施した。

 そして、指で十分にほぐされ綻んだ秘部を拓かされるようにして、お前を受け入れた。

「アァッ、アーッ」

 ずるる、と音がしそうなほどの勢いで、根元まで嵌めこまれて、俺は叫んだ。

 覚悟していた痛みは、ついに訪れないまま、俺は、言いようのない、言葉にならない感覚に全身捕らわれて、哭いた。

 体奥の、奥、うねるように痺れににた感覚が快感を伴い競りあがる。

 ひとつになっている…。

 紛れもなく、お前とひとつになっている。お前に、貫かれている。

「雅之…」

 お前の、囁きが耳朶に熱く、早い吐息が首筋に熱く、合わせた胸の鼓動と、体の中を暴れる大きくて太くて硬い熱と、ああ、お前のすべてが、ただひたすら熱く。

「もう我慢できない…、動くぞッ」

 うめくようにして開始された抽挿に、身を任せ、心をゆだね、俺はこらえなく嬉し泣きしながら絶頂を共にした。

 

 元日の朝。

 まぶしい光の中で、お前の胸の中で目覚めた。

「もう、昼に近いぞ」

 照れながらお前は笑い、そっとくちづけてきた。

 俺は、突如こみ上げる涙を、くちづけながら零した。

「なんだ、雅之。処女みたいだな」

 くすり、とお前は笑い、全身で俺を抱きこんで、あやしはじめた。

「ばっ、馬鹿やろう…」

 反抗してやりたいが、声もかすれる。

 お前を想い、やるせなく過ごしたクリスマスを、俺を待つお前の背中に、訳もなく胸がいたんだ過去を、鎌倉の駅前で、やあと声をかけてきたお前を見たときの、あの何とも言えない懐かしくほの甘い出会いの記憶を、泣きながら胸に満たした。

「今日は、門出だな」

「賢一郎」

「俺たちは、今日からはじまるんだ。雅之」

「ああ」

「手始めに、お前を風呂場へ連れていくことにするか」

 がば、とお前はベッドを降りて、俺が身じろぐ隙も与えず、全裸のまま裸の俺を抱き上げて、風呂場へ向かう。俺は、身体に力が入らなくて、ただお前の肩にしがみついていた。

 

 和服の晴れ着を来こんで、二人して街の雑踏にまぎれた。元旦の街はざわめき、初詣がえりの人で賑わっていた。

 小さな写真館で、俺たちは並んで写真を撮った。

 めでたいことがあった記念だと、日付を入れて焼き付けてもらい、俺たちは上機嫌で夕食を食べて、正月の夜景に見惚れつつ、明日以降のスケジュールについて、綿密な打ち合わせをした。

 

 賢一郎…。俺の賢一郎。

 いつか、こんな日が来ると考えたか、お前は。

 じっと待っていてくれたのか。

 

 愛しているよ。

 いつまでも。

 

 きっと。

 

 

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