(1)ゼロ代表 「ラモーナ死去の報告」
2006年1月6日午後4時15分、チアパス州トナラ市、シネ・パラシオにて


さて、同志の皆さん。これから皆さんに話すことを注意して聞いていただきたい。話し終わるまで遮らないよう、心からお願いしたい。「別のキャンペーン」について我々が試みているのは、すべての人の声が聞けるようにすることである。それゆえ、我々の誰もが辛抱強く、みんなの言葉に耳を傾けることが重要なのである。EZLNの代弁者である私の役目には、これから皆さんにお話しすることのように、きわめて辛いと思う瞬間がある。

たった今、私に報せが入ったばかりである。…先ほど我々が中断したのは、その報せがあったからである。…つまり、今朝、同志のラモーナ司令官が死去したという報せである。

ご存知のように、彼女の状態は、必ずしも万全のものではなかったが…。10年間に渡って彼女には死が取り付いていた。皆さん方のような人々の支援によって、我々は彼女の手術をすることができた。彼女は腎臓移植を受けることができた。だが、今朝、彼女は吐きだし、出血や下痢も始まった。彼女はサンクリストバルに向かう途中で息を引き取った。

このことをお話しするのは、とってとても辛いことである。しかし、私が言えることは、世界は模範となるべき一人の女性を失ったということである。世界も、メキシコも、必要不可欠な人物の一人を失ってしまった。我々から一片の心が奪い取られてしまった。

数分以内に、オベンティックのカラコルは閉鎖されるだろう。我々は同志の死去を私的なものとして追悼する予定である。メディアの方々には、このことを十分理解していただきたい。我々は今日と明日の行事への参加を見合わせることになる。これからすぐ、オベンティックに戻り、先住民地下革命委員会=EZLN総司令部の同志からの指示を待つことにしたい。我々はそこに滞在することになる。

皆さん、この場に来ていただき、ありがとう。皆さんの言葉に感謝したい。
我々はこの「別のキャンペーン」を継続するつもりである。我々は状況を把握していく。全体集会の開会式[2005年9月開催]の終りに、ラモーナ司令官は姿を現した。いや、間違っていた。ラ・ガルーチャで全体集会が始まったときのことである。我々は彼女と冗談を言い合った。ほんの数日前、1月1日、同志たちは彼女の姿を目撃していた。彼女は私に挨拶し、冗談を言った。
しかし、今、私が思い出しているのは、あの全体集会の日のことである。彼女は我々に自分が作成した刺繍作品を手渡した。それは10年前に行なった手術の後の療養期間に作った作品である。彼女は、刺繍作品を私に手渡しながら、「別のキャンペーン」がその刺繍作品のようになることを望んでいると言った。それは我々がすべきことである。

ありがとう。同志の皆さん。我々は出発しなければならない。どうも、申し訳ない。



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