| デ・キリコ展 |
| 2001年 9月 30日 美術館「えき」KYOTO 「どこかで見た風景、だがそれがどこなのか分からない。どこかで見た物、だがそれが何なのか分からない。ジョルジョ・デ・キリコ(1888〜1978)の絵画は、私たちを困惑させ、また不思議な力で惹きつける。この不思議な絵画同様に彼の生涯もまた謎にみちていた」。 ギリシャの町ヴォロス生まれのイタリア人。 いくつか絵画展に行ってますけど、キリコの絵というのはそう言えばほとんど見たことなかったです。シュルレアリスムの絵画展でも彼の作品を多くはみられません。それが、デ・キリコ展ということで一堂に会して観られるのは、なかなか貴重な機会でした。 キリコというと、「形而上絵画」といわれる不思議な広場に彫像、塔といった風景が有名ですが、バロック風な画風の絵画を描いてみたり、再びもとの画風にもどったりと、ころころとその画風を変えたことでも知られています。今回の絵画展では、そんないろんな画風の作品を取り揃えてありました。 1910年代の初期「形而上絵画」。ローマの古い宮殿のような回廊や、高い塔。陽が斜めからあたり、建物などの影が長く広がる。簡略化された建物や広場が妙に殺風景というかなんとも寂しげで、黄昏時を思わせられ、寂寥感が漂っています。誰でもが感じたことのある、夕暮れ時のあの寂寥感、初めて観るキリコの絵でも、そこに何故だかどこかで観たことがあると感じさせられるのは、そのためでしょうか。「終わりなき記憶の旅」、まあなんともぴったりもキャッチコピーですなあ…。 キリコの絵を観ていて他に感じるのは、音がないんです。風景画を描く人のなら、そこから自然の息吹を感じたり、雑踏の騒々しさを感じたり、フェルメールの作品でもピーンとした緊張感が聞こえてくるというのか、感じられるのです。でも、キリコの絵は、無音。終わりなき記憶の旅、でも時が止まっているような印象。そう感じるのは私だけでしょうか…。 |
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| キリコの描く人間も独特です。まあ、人間というのかマネキンですが。目鼻口のない、のっぺらぼうの顔、体はデフォルメされて鎧をまとっているようなのとか、腹からニョキニョキと建物が生えてきたりとか、初めはまだ人間らしい感じがだんだんとデフォルメされた描き方になっていきます。そういう表情の無さがまた、不気味さと不思議さをかもし出しています。 以外というか、自画像を結構多く描いています。風景画もありますが、どれも色合いが暗いのです。なんだかどんよりと重たいのです。ラファエロ等のバロック的な作品も独特の描き方です。剣闘士を描いたものが多く、目鼻はえらいちゃっちい描き方で、体の筋肉もモコモコっとし、素人目に観てもキリコはデッサンは下手だったのかなあ。あんまし上手いとも思わない。だからデフォルメされた描き方に行ったのかと思ってしまいます。 また、馬の絵も多かったです。何故だか2頭で描かれたのが多いんですねえ。剣闘士の絵といい、馬の絵といい、どうもここら辺は好きでない絵でした。 よく知られている「形而上絵画」とはずいぶん描き方に雰囲気も違うし、この切替は何ゆえか謎ですねえ。 私がキリコの絵を知ったのは、中学生の時でした。美術の教科書にキリコの絵が載ってたんですねえ。「不安を与えるミューズたち」。今回この絵を見られるのがとっても楽しみでした。中学生の時、抽象画を描く課題があったんですが、思いっきりこの絵を参考というのか、ちょっと拝借して描いてしまいました。(^^ゞ この絵は、ミューズが二人(二体?)、一人は背中を向けちょっと小首をかしげるように、一人はこちら向きに斜めに腰掛け、腕組みをしているよう。ベランダか通路かまっすぐ正面ですぐ途切れ、奥には大きな建物に工場らしい煙突も。黄昏を思わせる陽があたり、影が長く尾をひいている。右手の影の暗闇に一体の彫像。途切れた正面の方へ導くか誘うように手を指し示している。確かになんともいえない不安感が漂っています。 初めて観たときは、まあまたなんとも不思議な絵を描く人があるもんだと思ったけど、なんだか妙に惹かれましたねえ〜。以来、シュルレアリスムの絵画の中でもキリコの絵はいつも気になっていました。 キリコが何を思って、どういうメッセージを含めてこれらの絵を描いていたか分からないし、どうやってこういう絵のイメージが膨らむのか、不思議ですねえ。分からない分こちらはいろんな想像が膨らみます。子供の時、自由気ままな発想でこういった絵を見て、いろんな空想を膨らませて感受性を養うのもいいかもしれません。 |
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| Created : 9 Oct 2001 | ||