A Field of Wisteria
イランの映画
 

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アッバス・キアロスタミ作品    
友だちのうちはどこ?   白い風船
そして人生はつづく   りんご
オリーブの林をぬけて   運動靴と赤い金魚
風が吹くまま   太陽は、ぼくの瞳
柳と風 パンと植木鉢
カンダハール
少年と砂漠のカフェ


 

友だちのうちはどこ? イラン 1987年 監督:アッバス・キアロスタミ チラシ
世界にキアロスタミの名と、イラン映画と云う新たなジャンルを知らしめてくれた珠玉の名作。
’87年テヘラン国際映画祭、’89ロカルノ国際映画祭で多数の賞を受賞。
イラン北部の小さな村。小学生のアハマッド少年は学校から間違えて友達のノートを持って帰ってきてしまった。明日までに返さなければ友達がまたしかられる。意を決しノートを返しに住所も知らない友達の家を目指します。じぐざぐ道の丘を駆け上り、林を抜け、遠い隣り村へ。そこで出会ういろんな人々。来た道をわざわざ引き返してしまったり、おじいさんに買い物頼まれたり、なかなかたどり着けない。だんだん暗くなり、風もでてきた。友達の家を知ってると云う老人に家を教えてもらうが…。ジグザグ道が象徴するなんとも幻想的と云うか夢のような風景の中、不安いっぱいのアハマッド。
子供たちのあまりにも自然な表情、しぐさ。ドキュメンタリーとフィクションの境界線が溶け、現実と虚
構のトリックにはまってしまいます。全体を包む静かな映像、静かな音楽、ゆっくりと語り掛けてきます。至福の映画がまた一つ…

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そして人生はつづく イラン 1992年 監督:アッバス・キアロスタミ チラシ
「友だちのうちはどこ?」の後日談。一見ドキュメンタリー作品だが、またしてもフィクションを織り交ぜそのトリックにはまってしまいます。
1990年、イランを大地震がおそいます。あの「友だちのうちはどこ?」の撮影現場となった地方も被害をうける。主人公だった少年たちは大丈夫なのか、キアロスタミ監督は息子を伴い被災地に向かいます。自身の体験を基に、親子の行程を再現。
5万人もの死者を出した地震の生々しい爪痕。ロケ地だったところに着いてもそこは廃虚。悲しみに包まれる監督。しかし、家族を失い泣きながらお茶をだしてくれる老婆、地震の次の日に挙式をしたというカップル、廃虚の中にあってもサッカーのワールドカップはみ逃せないとテレビアンテナを立てる男。広がる豊かな大自然の中、どこまでも与えられた命にこだわりなく生き続ける人々の姿は、生きることの尊さ、すばらしさを教えてくれます。
「友だちのうちはどこ?」で登場した少年たちのちょっと成長した姿、以前と変わらぬ素朴な表情、地震にあっても元気そうな子供たち、「また映画にでれるの?」とそんな表情一つ一つがすばらしい。最後には、ジグザグ道を全速力で駆け上がる監督の車が、荷物をかつぎ一歩一歩坂を登っていく男を拾い、またゆっくりと登って行く。遠くから撮るジグザグ坂道のその景色はあまりにもすばらしい。そして人生はつづく…、生への讃歌です。

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オリーブの林をぬけて     イラン 1994年   監督:アッバス・キアロスタミ        チラシ
ジグザグ道3部作のフィナーレを飾る傑作。個人的にも3作の中では一番好きな作品。
登場人物をほとんど現地の素人しか使わない監督だからこそ出来た作品といえます。
「そして人生はつづく」の中で、地震の翌日に式を挙げた新婚夫婦役。現実の彼等は実は夫婦どころか、夫役の青年が地震の前に妻役の娘に求婚して断られていたのです。前作では4分にも満たなかったこの二人のシーンを、1編のみずみずしいラブ・ストーリーに仕上げています。
地震後、廃虚の中映画の撮影が進められている。撮影のスタッフとして手伝いをしているホセイン。そんな彼が地震の翌日に挙式をした夫婦の夫役に抜擢された。ところが偶然にも妻役は、ホセインが以前にプロポーズした美しい少女タヘレだった。ホセインは文盲で持ち家もないため、タヘレの両親から求婚を断られてしまったのです。タヘレ本人の気持ちを聞きたい。ホセインは撮影の間にひたむきに彼女に話しかけます。しかし彼女は全く黙ったまま。学校の試験のため本から眼をあげようともしない。おかげで撮影はNGの連発。「君の気持ちを聞きたい、イエスかノーなのか、イエスならその本のページをめくってくれ」ホセインのそんな言葉にかたまる少女。そんな素朴なシーンが実にいいです。撮影が終わり彼女は帰って行く。タヘレを追うホセイン。輝く陽光、爽やかな風のなか、タヘレの気持ちを聞きたい、一心に彼女を追う。あのジグザグ道を駆け上がり、丘を越えるとそこはオリーブの林。オリーブの林をぬけ、青年は彼女から返事を聞くためひた走る、最後のその遠くから撮った風景は前作同様とてもすばらしい。
舞台背景は、ある映画の撮影現場、そこに出てくる俳優にスタッフは全て本作のスタッフ達でもあるわけです。もちろん前作での撮影現場そのまま、登場人物たちもそのままに、撮影を手伝うのは、「友だちのうちはどこ?」での成長した少年たち。主人公のホセインも撮影の合間は手伝いを。またまた現実とフィクションの交差する物語。
全くの素人、ホセインの素朴で自然な演技が実にいい。イランの砂埃の舞う風土、オリーブの林の木々のざわめき、輝く木漏れ日、吹きそよぐ風、そんな自然がスクリーンを通して肌に感じ、自然に包まれる素朴な人々。キアロスタミ監督の人間と自らの民族に対する深い愛情を感じます。

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風が吹くまま イラン 1999年 監督:アッバス・キアロスタミ チラシ
ヴェネツィア国際映画祭審査員グランプリ受賞。
イランはテヘランから西へ約700kも離れた田舎の小さな村。そこにやってきたのはTVクルーの一行。彼等の目的は、村で行われている珍しい儀式のある葬式を撮影するためだ。もう余命いくばくもない老婆が亡くなりそうだということで、亡くなるのを待ち続けるTVクルー。しかしいくら待てども、老婆は一向に亡くならない。催促の電話が鳴り続け、スタッフからは不満が溢れさっさと帰ってしまう。そしてデイレクターのベーザードも帰ろうとした朝、老婆は亡くなった。しかし、彼がカメラに収めたのは、葬列の女性の姿を少しばかりだけだった。
主人公はTVクルーのデイレクターのベーザード。彼と村人たちとのやりとりが中心。村で一番始めに出会った少年との交流、お隣りの女性との交流、牛乳をもらいにいったさきでのやりとり、カフェの女主人とのやりとり、など一見賑やかそうですが、顔の見えない相手とのやりとりが多いのが面白い演出です。数名でやってきたはずのTVクルー。しかしベーザード以外は部屋でゴロゴロと過ごし、声が聞えるだけ。催促の電話は、頻繁にかかってくる。しかし村には電話はなく、携帯電話を片手につながりやすい丘の上まで何度彼は車を走らせたことか。デコボコのジグザグ道をすっ飛ばし顔の見えない相手とのやりとり。くどい程に頻繁だもんで、思わず可笑しくなってくる。そしてなんと云っても、その丘の上で、電話線をひくのだと穴を掘りつづける男とのやりとり。この男も姿は見えない。肝心の老婆の姿も最後まで見れませんでした。ままならない毎日に、男一人もがく姿が浮き彫りになっています。
この映画で印象的だったのは、その映像の美しさでした。キアロスタミ監督ってこれだけ美しい映像を撮る人だったかと、改めて実感。まずはなんと云っても村の景色。山の斜面に階段状にへばりつくような土壁の家々。屋根が道にもなり、狭い通路は迷路状、はしごで上り降り、村全体が一つの家のよう。最後のあたりの夜や早朝に灯のともった村の景色にはゾクゾクとさせられました。お医者さんのバイクの後ろにまたがり、金色の麦畑の中を突っ走るシーンも壮観です。そして、やはり道。電話をかけるために車を走らせるジグザグ道。金色の道…。
ジグザグ道三部作によって、日本では大人気となっているキアロスタミ作品。今回も満員でその注目ぶりがうかがえました。ストーリーとしては結構退屈ですが、生の人々のストイックなまでの姿、美しい映像、後々までなんだかじわじわと印象に残る映画でした。

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柳と風 イラン 1999年 監督:モハマド・アリ・タレビ チラシ
NHKとの共同制作、アッバス・キアロスタミ脚本、という作品
イラン北部の一年中雨が降る村は今日も雨。小学校の教室では、ガラスが割れてるため、雨が吹き込む。雨が珍しい転校生レザーの上の空の態度に怒る先生。外へ追い出されたレザー、そこにはガラスを割った張本人クーチェキが立たされていた。今日中にガラスを直さなければ、学校にこられなくなると云う。クーチェキは仲良くなったレザーの父親からお金を借り、ガラス屋へ。しかし、そこにはたくさんの困難が待っていた…
出ました、お得意の子供もの。そして困ってしまった孤軍奮闘する主人公。今回はちょっとすると割れてしまいそうなガラスを運ぶだけに、観てるこちらはずいぶんとはらはらとさせられました。最後にはなんとか一人でガラスをはめようとまた悪戦苦闘…、うまく修理できたでしょうか。
お金をもらうために走る道々、ガラスを運ぶ道々、草原を突っ走り、森の中、川も渡り、雨にも負けず風にも負けずといった感じで、イランの激しい自然の描写が力強く、そんな自然の中にあってクーチェキがもてあそばれるように、苦戦しています。でもその激しい自然に埋もれてしまわない存在感ある描き方でした。また、クーチェキの困った姿もイライラすることなく、はらはらと観られたのは良かったです。
イラン映画は子供ものばかりで、別パターンはないものかと思わんでもないですが、それでもこれほど子供ものをうまく撮れるのも他ではないですから、観るたびにまた次回作を期待してしまいます。しかしまあ、子供は頑張ってるんですが、大人は何をやっちょるんじゃ?と思ってしまう。今回も貧相なオヤジが多く、そんなだから子供が頑張らなければならんぞ、と…。

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白い風船 イラン 1995年 監督:ジャファール・パナヒ チラシ
メルヘンの世界へ!わくわく、ドキドキ、小さな胸のときめきが聞こえてきます。
95年カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)受賞。
イランでの春の訪れを祝う新年の日をまじかに向かえあわただしいなか、よそ行きの服を待ちきれずに着てしまった少女ラジェは金魚を欲しいと思う。新年のお祝いには欠かせないものだからだ。
大きな奇麗な金魚を買いたくって母親にねだるのです。そのかいあってお金をもらったラジェ。金魚鉢にお金を入れると、さあいざお店へ。道中は危険がいっぱい。ヘビ使いに大事なお金を取られそ
うになったり、誘惑がいっぱい。やっとお店にたどりついたと思ったらああお金がない、途中で落としたのです。さあ困った、取って返してお金探しです。そこには、いじわるな融通のきかない大人たち。少女の困った顔といったらもう最高。風船売りの少年、いつもは意地悪なお兄ちゃん、と協力者もあらわれ、お金もみつけたぞ〜。
思いがけない出会いに、素晴らしい冒険。なんと云っても少女ラジェの表情はみもの。眉を寄せ、今にも泣き出しそうな困った表情、最後には可愛らしい金魚の入った金魚鉢にニッコリ。
これ以上にないシンプルなストーリー、見事に映像化した奇跡の映画です。
なんともほのぼのと、温かな気持ちにさせてくれます。

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リンゴ        イラン 1998年 監督:サミラ・マフマルパフ チラシ
メルヘンの世界へ再び!現実とフィクションとの混合により、味わいのあるみずみずしい作品です。テレビのニュースが伝えた一つの事件に衝撃をうけ、自分の目で確かめようと事件の人々に会って
心を打たれ、撮影しているうちに、ドキュメンタリーがしだいにメルヘンへと変貌していき、この映画が誕生したのです。
12才の双子の姉妹、生まれてこのかた家を出た事がなく父親に監禁されて大きくなってしまった。見かねた隣人たちが社会福祉事務所に知らせ、テレビ等にも取り上げられてしまったのです。
97年夏のテヘラン。二度と家には監禁しないと約束させられ、少女二人は家にもどります。しかしソーシャルワーカーが家を訪れてみると、相変わらず閉じ込められている姉妹。母親の目が不自由
なため、家に鍵をかけないわけにはいかないと弁解する父。そんな父から鍵を奪ったソーシャルワーカーは、少女二人を外の世界へ。そして少女二人の夢のような冒険が始まるのです。
冒頭の福祉事務所でのシーン。いそいで駆け付けたため、持っていたビデオカメラの撮影。それが逆に生の人物達がそのままに、まさにドキュメンタリーとして強烈なインパクトを受けます。言葉をほ
とんど喋れず、表情もなく、歩くのさえぎこちない少女二人。不自由な目のため、チャドルで全身を覆い隠す母、その映像はかなりショッキングです。
監督は当時わずか18才の少女の面影も残る女性。監督がその一家と仲良くなりそれから3日後に映画としての撮影が始まったと言います。出演はもちろん全員本人達。少女二人が町で仲良くなる姉妹も従姉妹達とか。
せっかく外に出されたのに、すぐに戻ってきてしまう姉妹、アイスクリーム売りの少年から、その気はないけどアイスクリームを取ってしまったり、町で知り合った姉妹をリンゴで小突いたり、微笑ましいシーンの連続。この映画では、リンゴがいろんな意味で使われています。少女達と人との出会いもリンゴ、最後、二階の窓から少年がぶら下げるリンゴをつかみとった母。それは家族の新たな始まりなのでしょうか。いろんな問題を優しく包み込んでしまうファンタジーの世界です。

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運動靴と赤い金魚 イラン 1997年 監督:マジッド・マジディ チラシ
’99年イラン映画として始めてアカデミー賞外国語映画賞ノミネート。’97年モントリオール国際映画祭グランプリ、観客賞、国際カトリック協会賞、国際批評家賞受賞。他多数受賞。
走る走る、走る姿がとても美しい感動の映画。少年アリは直したばかりの妹ザーラの赤い靴をうっかりなくしてしまう。家が貧しく親にも言えず、アリの一足しかない運動靴を兄妹二人で交代に履いて学校に行かなければならなくなる。ある日小学校のマラソン大会が行われることになった。3等の商品は運動靴。アリは妹のためマラソン大会に出場し3等をめざして必死に走るのです。
またまた子ども主役の映画。イラン映画もマンネリか?、と思ってしまいましたが、イランと云う国はいまだに映画に検閲が入るとのこと。そのため子供を主役にすることで問題を回避してきた。でもそのことで逆に客観的に、問題を浮き彫りにしているように感じます。
少年アリのいつもなんだか困った泣きそうな表情、靴をなくしたお兄ちゃんに顔をしかめる妹ザーラの表情はグッド。一部屋しかない家、親の目の前で口に出せず、ノートで書きあいながら喧嘩する兄妹の姿がとってもいいです。ザーラは学校が終わると、一足の靴を交換するため急いで走って帰り、アリと靴の交換。そしてアリは学校へ。懸命に走る兄妹の姿に感動します。
兄妹の心の触れ合い、家族の絆、そんな心温まるシーンに投げかけられる問題。イランと云えば映画で紹介されている庶民的なものばかり思ってしまってましたが、アリと父が仕事探しに出かけるブルジョアの邸宅街。その経済格差にはちょっと驚きました。当たり前な話でしたが、イランも近代化が押し寄せているのを感じ、アリの家族の貧しさがとても切なく感じられる。
ユーモアも漂わせながら、最後にはアリがマラソン大会で走る姿は美しい。それにしても、「白い風船」でもそうでしたが、少女たちの頬かむりした鮮やかな色合いの衣装のなんと可愛らしいことか。イランの砂埃まう色のない中、男たちの汗にまみれた中、対照的にとても鮮やかです。
今作は、ほのぼのと心温まるなか、経済や家族と云った多くの問題をも示してくれる作品でした。イランからまたまた名作の誕生です。

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太陽は、ぼくの瞳 イラン 1999年 監督:マジッド・マジディ チラシ
モントリオール映画祭グランプリ受賞、今後も様々な賞を期待されているという作品。
盲目の8才の少年をめぐるお話。街の盲学校が夏休みに入りそれぞれの親が子どもたちを引き取りに来るのに、一人モハマドの父親だけが遅れてやってきた。いきなりの、そんな父親と息子の心情が映画を通じての親子の関係を映していました。長い道程、バスに揺られ、馬で深い山道を歩き到着した山奥の小さな村。母親は亡くなっていないけど、その村にはとっても可愛い姉妹と祖母が待っていた。緑豊な自然の中、元気に走り回り、村の学校にも強引に行ったり、楽しんでいる息子に一人複雑な顔の父親。彼はある女性との再婚話をすすめていたのだった。そのため、盲目の息子を将来のためといいながら、大工の家に連れて行く。そんなやり方に怒った祖母は雨の中家を出ていこうとする。いさかいの中体調を崩した祖母はそのまま帰らぬ人に。そのため、再婚話もなくなってしまった父親はしぶしぶ息子を迎えに。その帰り道、荒れた川の濁流に飲み込まれてしまうモハマド、呆然と眺める父親、しかしはじかれるように息子を追って走り出す…
イラン映画、ホントいい作品が次々と出てきます。この作品は盲目の少年が主人公、実際に素人の盲目の少年を使っての撮影。社会性メッセージの強い作品を作り出すマジディ監督、今回も家族や人間のありかたを問う作品となっています。しかし、この作品で驚いたのが、とっても豊な緑の風景でした。イランというとどうしても砂埃の舞う、石ころだらけの山々、そんな単色のイメージが強いのですが、なんと豊かな森の緑か。森の風景で、霧をたちこめたとっても幻想的な風景もあって、あたかも盲目の少年の心の中を映し出しているかのよう。菜の花の黄や、赤い花、一面の花畑の美しさは今まで私が観たイラン映画のイメージを覆してくれました。これはただの映画演出じゃないんですねえ。絨毯作りのための毛糸を染める染料として花が使われている。そんな雄大な自然の中での生活を思う存分見せてくれます。
また、モハマドの二人の姉妹のなんとも愛らしい表情、可愛らしいスカーフに衣装。そして主人公の少年の素朴で繊細な表情。相変わらず、イラン映画の子どもをとらえる眼は愛情に溢れ、素朴で温かい。監督は、前作において知り合った盲目の少年たちと実際にふれあい、1年にも及ぶ家族ぐるみでの付き合いなどの中から、今回の映画のヒントをたくさんもらったということです。
こういう作品を見せられると、まだまだイラン映画の時代だなあと納得です。

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パンと植木鉢 イラン 1996年 監督:モセフン・マフマルバフ チラシ
あの映画「りんご」の若き女性監督のお父上である、モセフン・マフマルバフ監督作品。日本ではイラン映画というと、アッバス・キアロスタミがあまりにも有名ですが、本国イランではキアロスタミよりも一番の人気監督と云われています。
風貌からしてゴツイ元警官の俳優志望の男、監督の家まで行って直訴して俳優に抜擢される。彼と監督との昔の因縁を映画化するという過程を綴っています。
イラン映画というと、どうしても子どもが主人公の映画を思い浮かべるでしょうが、この監督さんの映画はそのおきまりでなくって、まあ云えば普通なんです。映画作りってこんなアバウトにやってるの?って感じの、俳優オーディションや撮影風景。イラン映画の素朴さを納得させてくれました。そしてとっても個性溢れ人間臭い登場人物。ごつく、イカツイ男のちょっとお間抜けで、コミカルさえ漂う姿に笑えます。監督の世代と今の子供たちの世代との思想、意識の違いなど、イラン社会の現実の姿をもちらりとのぞかせ、検閲の厳しいイラン映画社会のため、上映までに時間がかかったという作品です。今まで日本では上映される機会が少なかったマフマルバフ監督作品。また違ったイランの姿をお楽しみください。

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カンダハール イラン 2001年 監督:モセフン・マフマルバフ パンフ
アフガニスタンから、カナダに亡命した女性ジャーナリストのナファスは、ある日祖国に残した妹からの絶望の手紙を受け取る。間近にせまっている日食の前にその命を絶つ…と。妹を救うことを決意したナファスは、イランからアフガニスタン国境を越える。はたして再び妹に出会えるのか…。
今全世界から注目されているアフガニスタン。この映画は2001年初めに撮影。あのテロ事件以前の撮影ですが、そこにはタリバン政権下のアフガニスタンの現実の姿が克明に描かれています。
主人公の女性は、実際に友人を探すために、カナダからイランのマフマルバフ監督を訪れたという。しかし、この映画はドキュメンタリーではありません。フィクションです、撮影はアフガニスタンに近いイラン国境付近で行われたといいます。ドキュメンタリー仕立てにするにはあまりにも危険すぎたという逸話が、その現実を物語っています。
イスラム女性の服装チャドルは、まだ可愛らしかったりもしますが、ブルカというのは異常な印象を受けます。抑圧される女性たち。女性が医者の診察を受けるときも、カーテンの穴ごしに行う風景のなんと滑稽なことか。
その地域・国の風俗、習慣を自国との差異をもってして、異常だ、変だと云うのはナンセンスであり危険なことでもありますが、あのブルカのかもし出す抑圧感はアフガン女性の現実の象徴であるでしょう。
ストーリーとしては、結局妹に会えるかどうかは分かりませんが、この映画にとってストーリーはさして重要ではないでしょう。映画の中で登場するアフガニスタンの人々、その現状は深刻なものがあり、いろいろと考えさせられました。ただ、主人公はカナダで西洋教育を受けた女性、手助けをする医師もアメリカ出身、そして私は、すっかり西洋化された日本人…。視点はあくまでも外から見たアフガニスタンで、どうも印象の悪いアフガニスタン人ばかり描かれている。アフガニスタンの現状を肯定する気持ちはないですが、そこにいたった歴史を見つめなおす必要はあると思います。
イラン映画で、キアロスタミ監督作品以外でこれだけ満員ってのは珍しい。かなり宣伝されていたおかげですし、日本人の関心も高いということは嬉しいことです。マフマルバフ監督作品では、「サイクリスト」という映画でもアフガニスタン人を主人公にしています。また、この映画だけを観てイスラム諸国を考えるべきではないでしょう。イラン映画には特にすばらしい映画が溢れています。アジア諸国にもっと目を向けることは私たち日本人にはもっと必要なことです。
映画の出来としても、よかったですが、もっと多くのことを考えさせられる映画でした。

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少年と砂漠のカフェ イラン 2001年 監督:アボルファズル・ジャリリ チラシ
ナント三大陸映画祭グランプリ、ロカルノ国際映画祭審査員特別賞、他。
アフガニスタンとの国境に近いイランの小さな町デルバラン。少年キャインは戦渦のアフガニスタンを後に国境を越えてやってきた。砂漠のど真ん中、道路沿いの小さなカフェを営む老夫婦の下で仕事を手伝いながら暮らす。しかし、ある日警官がキャインを不法入国者として逮捕してしまう…。
物語としての展開は少ない。特に初めのあたりは説明的な描写が一切無いので、どういう設定になっているのか、少年がどういった少年で、いろんな人がカフェにやってきて、いろんな事も起こってるんだけど、何が起こっているのか、どうなってるのかちょっと分かりづらい描写でした。イラン映画だからイランだろうってのは分かるけど、カフェも少年もなんだか幻のよう、ジャリリ監督の独特の世界です。
ジャリリ作品はこれまでも何作か観ましたけど、とにかく描かれる内容がドキュメンタリー的で過酷すぎるくらいなんです。これまで観た作品は観終わった後、その過酷さに気が重たくなってしまってました。しかし今作は、カフェで少年を囲む大人達の姿や、時々コミカルなシーンが織り交ぜられ、何か暖かさが漂っていました。ジャリリ作品では、とにかく子供がけなげで、大人たちの貧相でみっともない姿が多く見られましたが、ここでは国境地帯ゆえの警官の目をごまかし密輸・麻薬取引などでしたたかに生きるカフェの老主人ハン、少年が警官に捕まると片足にもかかわらず「少年を返せ」と署へ少年を取り返しに行く老婦人。しつこいほどにカフェにやってきては目を光らせるが、盗賊に車のタイヤを盗られてしまう間抜けな警官。そして少年にしても、やわなけなげさは全く無く、時には大人に食って掛かり、殴りかかる逞しさ。少年だけでなくどのキャラもしっかり描かれているのがまたこれまでと違った印象を与えてくれました。
しかし、ジャリリ作品では人がよく走りまわる。少年が遠いお隣さんへ何度となく走ってました。
この作品は、米テロ以前の作品ですが、すでに色濃くでている戦争。偶然見つけた羊飼いの少年が主人公に抜擢され、アフガニスタン人だということがわかり、脚本もかなりの変更をしたといいます。世界中の戦災孤児にささげられた作品。主人公の少年は、撮影後アフガニスタンに帰郷したということですが、その後消息が不明とのことです…。

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Last Update : 24 Jun 2002