オルガンを弾こう
のんびりとね!
’01/09/16
幼稚園の頃に、「音楽教室に通いたい」
と言ったのが私の音楽の始まりでした。
「どうせすぐやめるからだめ」と言った父親に内緒で母が近所の音楽教室に通わせてくれました。
幼児向けのいわゆるYAMAHAの音楽教室です。
たった1年で音楽教室は終了し先生から「次はピアノを習うといいですよ」と勧められました。
ピアノの事は知っていましたがあの"楽譜に決められた通りに弾かなくてはいけない "
というのに耐えられず"そんなの音楽じゃない"と幼心にピアノ教室を拒否したのでした。
何年か経ったある日、冨田勲氏が壁のような巨大なシンセサイザーの前で映っている写真に出会いました。
「惑星」とか「展覧会の絵」とかを聞いたと思います。
感動!!!でした。
「これ!これやりたい!!!」
その背後にある物体が何かもよくわからないまま、そう心に決めました。
よくわからないけれど、とにかく穴と穴とケーブルで繋いでいくといろんな音が出る。
・・・ということは理系の知識がいるかも?
・・・これが私が己の能力を省みず(^^;)理系を目指した唯一最大の理由でした。
小学校も高学年のある日。
どういういきさつだったかエレクトーンに出会いました。
そりゃもう、見るや否や習いたい!に決まってます。
幼稚園の頃と違い、すでに多くの習い事を始めては止め、始めては止めしていた私は、
またしても「どうせ続かないだろう」の壁に当たりました。
またしても密かに習い始めたエレクトーン。
赤・黄・白の3段レバーがついている程度の当時のエレクトーンは、
今から思えばたいして多くの音が出たわけではなかったと思いますが、
もう、夜も寝ずに、ご飯も食べずにひたすらヘッドフォンをかぶって向かっていました。
だって、自由に弾かせてくれるんだもん!
やがてグレード試験がはじまると、エレクトーン教室は実につまらなくなってしまった。
だって、どう弾いたらグレードに受かりやすいかという指導になってしまったから。
中学の時、チューリップの「僕が作った愛のうた」(定かでない(^^;))という曲に出会った。
実はこの曲、聴いたことは一度もなかったのだけれど、「明星」に付いていた"歌本"にあったのだった。
何となく弾き始めてすぐに、はまった!
なんだか、メロディーがどんどん出てくる。
イメージがどんどん湧いて、勝手にアレンジ出てくる。
すでにエレクトーン専用のレコーダーを手に入れていた私は、せっせと出てくるものを録音していった。
生まれて初めて満足の行くアレンジ曲が出来たのは、あとにも先にもこのときだけ。
嬉しさあまって教室へ曲を持っていった。
先生が一言。
「自分でやったとは思えないわね。何からコピーしたの?」
耳コピーできる能力のほうが当時の私にはうらやましかったのに・・・
私のアレンジはそこで終った。
転勤俗の子供だった私は、高校も転校した。
引っ越した先でハモンドオルガンに出会った。
すでにエレクトーン7級(当時5級保持者なんてそう居なかった)を持っていたにも関わらず、
ハモンドは駆け足で一から習った。
すでにエレクトーンの音色と楽譜パターンに飽きていた私には、
この上なく新鮮だった!
なんと言っても、好きだったDeep PurpleのJohn Roadだって弾いてるんだ!!
ELPだって使ってる!松田昌氏や****氏(あぁ忘れた!)がジャズの楽譜を出し始め、
ちょっと雰囲気にはまり始めていた私に、
ハモンドのジャズの楽譜は理論がわからなくてもかっこよかった!
土曜日の最後の生徒だったこともあってか、先生がよくコンサートに連れて行ってもくれた。
これは今思っても最大の感謝!
どんなに楽譜に向かっても、やっぱりコンサートで実際に聞くに勝るものは無いのだ。
面白がる私を先生も面白がり、一応グレード受験させながらも、
田代ユリ氏の楽譜を持ってきてくれる。
私の痒いところを良く知ってくれていた。
そりゃもうはまって、大学受験をものともせず通い詰めた。
大学からまた引っ越すわけだが、ここでもハモンドは続く。
日本はモンドのこの頃がピークか、
ついに日本製のハモンドオルガンを発表した!
日本製のハモンドで念願のフルベースを手に入れた私は、
部屋が狭くなろうが寝る場所がなくなろうが、
寝る必要さえない気分で向かった。
一方、教室ではもっと色々なタイプの曲を自由に弾きたいのに、
先生はひたすらグレード試験対策に走る。
グレード試験は受けなくていいので、好きな曲を好きにアレンジして弾きたいのですが。
何ていっているうちに、足が遠のき始めた。
就職して時間がなくなったこともありしばらくオルガンに触れない日々が続く。
が、2年もするとそのときはやってきた。
オルガンって、ストレス解消にいいんだ!
ムショウに弾きたくなってくる。
ところが人間贅沢なもので、
あれだけ気に入っていたハモンドのオルガンサウンドも、
それしか出ないとちょっと飽きてくる。
しかも、しばらくご無沙汰してしまったものだから指が思うように動かず、
そうなると実力がもろに音に出るハモンドは楽しみにくい。
ふと横を見ると、エレクトーンはずいぶんと様変わりしていて、
なんだか楽しそうだ。
ちょっとどんなのだか見に行ってみよう。
と5-6年ぶりにエレクトーン教室へ行く。
ををを!なんだかシンセサイザー見たくなっているぞ!
ヤマハ以外の楽譜を持ってきてもいいという先生に、
こっそりハモンドの楽譜を1曲だけコピーして持っていく。
聞いた途端に「このアレンジは田代ユリだね」という先生に、
あぁ、ヤマハにもそういう先生もいるのね!とちょっと嬉しくなる。
でもなぜだか2ヶ月くらいで行かなくなった。
仕事も遊びも忙しくなってしまって、
オルガンにはさっぱり触れない日々が続く。
家を引っ越す時に、とうとうどう考えてもフルベースのオルガンは入りきらないことになった。
まぁ、どうしても欲しければまずそのスペースを確保するわけだから、
つまり心理的にもういらない気分になっていたのかもしれないね。
かれこれ10年も弾いていないオルガン。
もう弾かなくなるかもしれないなぁと、手放すことを決心。
ところがどっこい!人間無いものねだり(^^;)
大のお気に入りだったハモンドを手放して1年。
やっぱりオルガンは弾きたい。
手足をばらばらに動かすあれがいいんだよね。
音楽もさることながら、あのばらばら運動が心理的にも物理的にも
人間に及ぼす影響は凄いような気がしてきた。
でも、日本はモンドは数年前に閉鎖してしまったし、
結局エレクトーンしかないのかなぁと、
ショップへ見に行く。
「体験レッスンが一番早いですよ」
久しぶりに目にしたエレクトーンは、
私が最初に持っていたエレクトーンとは似ても似つかないものになっていた。
何処をどう操作すれば音が出るのかさえわからない。
言われるがままにその場で体験レッスンに。
いきなり発売して半年のEL-900に座らされ、説明とデモを受ける。
いや〜〜〜!こんなことになっていたとは!!!
「楽しいやーーーーーーーーーん!」
安くは無いが、前のハモンドとほぼ同じくらい。
贅沢だけどどうせ買うなら・・・
欲しくなるといてもたってもも我慢できない性格がいけない。
とっととEL-900を手に入れた私は、
家のすぐ近所にあるエレクトーン教室に通い始めた。
とりあえず、そのときはまっていた
LA'rc〜en〜Ciel の曲を一通りやる!
「侵食」「花葬」はかなり満足な出来!
でもFD付ね(^^;) う〜む・・・
好奇心旺盛な私は、インターネットでもいろいろ探し始めた。
そこで"鍵盤倶楽部"というメーリングリストに参加。
今をときめくトッププレイヤーという加祖利氏のコンサートで、
同じ神戸のメンバーと会うことに。
世間は狭いとはよく言ったもので、
ここで出会ったさとうさんは全く同い年。
さらに隣町。
この人に出会うために私はエレクトーンに戻ったのかな?
そのころMLで"アトリエのCMがテレビに流れている"
という話が出ていた。
「え?エレクトーン以外に電子オルガンを作っているところがあったの?
しかも、ローランド!!!? 」
早速ホームページを見に行く。
いや〜〜〜、昔懐かしい暖炉の横に置いたらよさそうなオルガン。
いい感じ〜〜
しかもこのメーカー、パイプオルガンも作っていたとは!?
え?パイプオルガン風の電子オルガンでクラシックオルガンも教えてくれるの?
知らなかったよ〜〜〜!
知らなかったけれど、知ったからにはじっとしてられない(^^;)
早速電話してクラシックオルガンの体験レッスンに。
いきなり弾かされちゃって、フルベースのしかもカーブのついたあのペダルには参ってしまった!
確かにハモンドのフルベースも放射状だけど、
あんなふうに内側にカーブはついてなかったぞ。
弾きやすいけど慣れないと難しい。
クラシックオルガンはあこがれだしやってみたいけれど、
神戸から堂島まで通い続ける自信は無い。
そうこうしていると、うわさの”アトリエ”のコンサートがあるという。
行くっきゃないよね!
ご近所のさとうさんを誘ってでかける。
このとき、MLのさらに他のメンバーとも出会う。
ローランドの趣向は面白くて、
大きなホールでしっかりとコンサートをした翌日に、
ショールームの一室でそのコンサートを開いた本人が、
弾いた曲の音作りなどをレクチャーしてくれる。
これは凄いよね。
2日続けて行くしかないのだ(^◇^)
行くしかないけど、行っちゃったのだ (なに言ってんだか・・)
知らなかったよ、聞いてないよぉ!
こんなオルガンがあったなんて。
どうして後半年早く言ってくれなかったの?
買っちゃったよ、EL-900(;_;)
いいじゃんいいじゃん!でも高いしなぁ〜うぅ〜〜
予約すると堂島センターで好きなだけ弾かせてくれるというので、
行っちゃう。
音作りはちょっとコツがいるかも。
鍵盤は適度に柔らかくて、指が動きやすい。
エレクトーンはどこかギクシャクしていたんだけれど、
あの堅さが無いんだなぁ。
ベースはやはり放射状になると多少位置が変わるので慣れは必要。
でも、とにかく、触っているだけで嬉しい!楽しい!
なんだ?この気分は?
多分、そのまま日本に住んでいたら、
まだ迷っていたかもしれない。
いやいや・・一緒だろうな。
おりしも、オーストラリアへ移住の予定が。
引越しの荷物は最低限に抑えないと・・・
というなかで、エレクトーンをどうしようか、
運送屋に、エレクトーンありとなしの両方の見積もりを取りながら、
迷いの日々。
やっぱり娯楽はあった方がいいし。
でも、電圧が違うし。
教室はあるのかな?
ヤマハに問い合わせてみる。
海外赴任の方は結構皆さん持って行かれますよ。
・・・でも私は帰ってくるかどうかわからない。
そんな迷いの日々のある日、
試弾した時の営業の方から電話が入る。
「先生どうですか〜?」
「いえ、わたし先生ではありません」
「いや、実は海外へ・・・」
と言うと、いろいろ調べてくださった。
実はその前にも、海外部門へ問い合わせの電話をしたところ。
電圧がかなり違う(日本100V オーストラリア240V)ので、
変圧器は使わないほうがいいと思いますよ。
という回答を頂いて、シドニーの楽器店の紹介を頼んだところだった。
なんだか話しているうちに、
どうせ持っていくならアトリエがいいなぁ!と思い始めた。
海外で弾くなら、なおのことエレクトーンよりアトリエでしょう!!!と。
問題は持っていくか?現地調達か?
ローランドの営業の方がとりあえず話をしにいらっしゃるという。
んじゃその前にと、 紹介していただいたオーストラリアの楽器店へFAXで値段を問い合わせる。
いや〜〜!、驚いたのなんのって、やっぱりローランドはオーストラリアでは"輸入品"
日本で買う倍程度の価格が出てきた。
それでなくてもけた違いの商品。
倍では手が出ない。
それならいっそ運んでも安いくらいかも!と、
ローランドの営業さんと一緒にいらした楽器店さんと話を進める。
運送業者にも一言。
ここで、問題!
新品だと関税が23%くらいかかるかも!
23%!!!
それは大きい!大きすぎ。
なんとしても避けなければ!
3人寄れば文殊の知恵。
この件は裏技で見事クリア。
とうとうアトリエを持っていくことにした。
とにかく引越しまで時間が無いので、
静岡の倉庫から木箱のまま神戸の運送業者の倉庫へ納品。
そこからシドニーの家へ運ばれることに。
その間シドニーの楽器店からFAXが来た。
「その後どうなったか?」
「高すぎて買えない」
ところが、話が全部決まった夜、再度FAXが届いた。
なんと、最初に出してきた値段の半分で出してきたのだ。
うそ〜〜〜!(^◇^)
それなら、どうして初めからその価格で出さないかなぁ。
もう決まっちゃった後だ。
シドニーへは、全て決まったことをFAXする。
その後この楽器店からは、何の連絡ももらえなくなってしまった。
だって、君らが悪いのだ。
かくして、アトリエはまだ見ぬままオーストラリアへ向かった。
シドニーの家は到着の朝。
アトリエは他の船便とは別に大きなトラックでやってきた。
箱を見ると、なんとアメリカのオーランドから静岡へ納品された経緯が記されている。
この箱はそのまま神戸を経由してオーストラリアまで来てしまったのだ。
なんと、ほぼ地球を半周してきたのだねぇ、君は。
それもななめにね!(^.^)
そんなこんなで、私の3代目のオルガン、アトリエ。
我が家の、多分元暖炉があったであろう壁に向かっています。
シドニーのオルガン事情はほとんどわからりません。
アトリエ人口がどのくらいいるのかも。
何かを目指して!
ではなくて、
凄く上手
でもないけれど、
ぼちぼちと、弾きたい時に自分なりに楽しめて、
いくつになってもいいパートナーで居てくれたらなぁ
と、そう思っています。