神藤です。
最後まで書いてから、この文章を書いています。
深澤氏の日記指導のポイント。
「ベースは日々の授業である。知識注入・講義形式授業だけでは、こうした子たちは『誕生』しない」
と、深澤氏はコメントしている。
深澤氏は「鍛える」「育てる」という言葉をよく使う(と思う。)
最初から「書き方」「調べ方」を教えるやり方はしないのだと推定する。
この言葉がぴったりだ。
「引き出す」
挑発され、誉められ、突っ込まれる。
それが学級通信上で公開される。
頑張っている子はやる気が出る。
そうでない子は奮発する。
サボっている子は「ヤバイ」と思う。
(神藤なんかしょっちゅう、ヤバイと思っている)
まだ、「こういう方法でこのように」と分類やポイントの抽出は出来ないが、キーワードは見当がついた。
「漢字の書き方なんてここ10年教えていないよ」
「討論のとき、考えをノートに書かせたりする必要がどこにある。」
等の話に衝撃を受けた。
「指導しないで子どもに力をつけるなんて」
と思った。
その秘訣がほんの少しだけ見えてきた。
学級通信に子どもの日記や作品を載せて、よい点を紹介するのは神藤もやってきた。
そのことが他の子どもたちに波及していく様(さま)もこの目で確認してきた。
が、深澤氏の学級通信はその程度のモノではないはずだ。
まだまだ神藤の読みが足りない。
No.17
この日記のどこが凄いか。
ゴミを拾って、
「きれいになってよかった」
「きれいなまちにしてもらいたい」
では、ただ掃除しただけで子どもの成長はない。
自己満足と他人への依存から脱却できていない。
「もっときれいにしたい」
でも、不十分。
なぜか。
原因に目を向けていないからである。
この日記の子は、穏やかな表現ながら原因を作った人間に「矢」を向けている。
曰く、
「大人も子供もゴミについて『考え直してほしいです。』」
※『』は神藤がつけた。
「考える」ではなく「考え直す」である。
原因を作った相手に対して目を向けているだけではなく、考え方の「変更」を求めている。
強い怒りの感情は表現されていないが、人間が成長する要素は「憤」の一字である。
そこまで育っていることが凄い。
No.18
新聞の切り抜き方一つ取ってみても、丁寧な子とそうでない子とがいる。
丁寧な子は、関係する記事だけを切り抜くが、そうでない子は関係無いところまで長方形に切ってそのままコピーする。
少し気のきく子は、記事の部分をマジックで囲む。
が、丁寧な子には及ばない。
この日記の子はそれが出来ている。
細かいことだし当たり前のことだが、それができることは実は凄いことだと思う。
時々いる。
教師の中にもこうした「詰め」の甘い人間が(はい、それは神藤です)。
深澤氏は書いている。
「まだツッコミが甘いのだが」
神藤の予想は次の通り。
@ えさになるカワニナは可哀想ではないのか。「食物連鎖」が視野に入っていない、感傷的な文章である。
A つまり、物事を一面的・一元的にしか捉えていない。複眼的思考が必要である。
B No.17の日記と比較して、「(原因を作った)大人への批判の目」が育っていない
いかがだろうか。
No.19
深澤氏のコメントがいい。
「女性上位」
これで奮発しなければ「男」じゃない。
(神藤はジェンダーフリーには諸手を挙げた賛成派ではないので、こういう文章を書きます)
こうした「挑発行為」は深澤氏一流のアジテーションである。
日記の内容については凄いとしか言いようがない。
よって、神藤のコメントなし。
No.31
音楽祭の深澤氏の動きを保護者に知らせる形をとって、実は子どもたちにプレッシャーをかけている。
通信配布後の子どもたちの練習振りが目に浮かぶ。
それにしても、この日記。
字の丁寧さが凄い。
量の多さが凄い。
なにより、二つを両立させる集中力と持続力が凄い。
No.33
深澤氏が言う「共通すること」とは、これではないか。
「行動しなければ始まらない」
現在の「正義と勇気を育てる」教育そのままである。
子どもたちにそれを要求する深澤氏のハラのすわりようも凄いが、日記に書いてくる子どももよく考えている。
「育って」いると思う。
No.34
繰り返し、出典を書く事の重要さを指摘している。
「出典を書きなさい」という指導はしていないのだろう。
書いてきた子の日記を取り上げて
「こうするのが大事なんだ」
とコメントする。
最初から教えないで、子どもの中から出てきた時を捉えて、クラス全体に波及させる。
そんな指導が「教えない」深澤流だと推察するが、如何に。
また、
「たえまない意識的な努力」
「いっぱい考え、いっぱい書き、いっぱい話す」
とも書いている。
量より質という考えではないようだ。
神藤もそう思う。
「量をこなすと質が落ちる」
と考える教師もいるようだ。
が、神藤はそうは思わない。
「量をこなすうちに質が上がってくる。」
こんなことはスポーツや芸事を学んだ経験の有る人間にとっては常識だ。
創意工夫も必要だが、練習の絶対量が不足している個人・チームは試合には勝てない。
(30年以上昔のスポ根マンガの練習方法が全ていいとは言わない。やはり効果的な練習問うものは存在する)
No.38
「漢字指導はしない」と、焼肉とビールを口に運ぶ合間に深澤氏は神藤に言ったことがある。
No,34で神藤が指摘した方法がここでも行われている。
「教えない」指導とはこのことか。
No.39
男の子の書いた日記は実に面白い。
担任にユーモアがないとこういう日記は絶対に書けない。
子どもが萎縮してしまうからだ。
こういう点は、女子より男子に分がある。