群馬の神藤です。
 深澤学級の通信をどんな心境で読んでいるかを書きます。
 はっきり言うと「グチ」です。
 お忙しい方は読まずに削除してください。


 市販テストの平均点全単元90点突破。
 今、コンスタントに実現しています。
 が、思うのです。
 「子どもが育っていない。」
 理想が高すぎると言われますが、深澤学級(佐野小運動会を見た限りですから、正確には「深澤学年」)を見てしまったのが最後、それを目指さ
ずにはいられません(ねっ、羽鳥先生、土作先生)。
 国語教科書の音読が100回を超える子が出ています。
 数日おきに実施している漢字テストはほとんどの子が100点。
 一年生なりに討論(もどき)もできるようになってきた。
 でも、育っていない(と、思う)。

 青少年赤十字の目標に有りますね。
 「自ら気付き、考え、行動する」
 スローガンに惑わされ、指導しない教師を多く見てきました。
 (指導から支援へ、の時代でした)
 指導とは名ばかりの自分の「思い付き」を押し付ける人もいました。
 当然、子どもたちに力をつけられません。
 「気のきく子」が一部活躍できるだけで、出来ない子は出来ないままでした。
 一番ひどいのが神藤自身でした。
 這い回る活動じゃ行けない。
 指導をキチッとしなければならない。
 子どが力をつけていけるような、指導者としての技量をつけたい。
 そう思うようになりました。
 
 その後、ご縁があって様々な講座に参加したりサークルで学ばせていただいたりしました。
 初任者の頃に比べれば少しはまともな授業が出きるようにはなったと思います。 
 が、佐野小で見た子どもたちの姿が焼き付いて離れませんでした。
 比較するのは子どもたちの差ではなく、指導者の差です。
 
 教えた範囲内では確かに力をつけていると思います。
 が、それ以上には子どもが育っていかない。
 裏を返せば、教えていないことは出来ない。
 当たり前と言えばあたりまですが、
「漢字の指導はここ10年したことがない」
という深澤先生の言葉が忘れられません。
 「教えないのに抜き打ちテストでほとんどの子が90点以上取れるのはなぜ?」  
 「どうしたら、『教えない』のに子どもたちが自主的に学習するようになるのか」

 作文なら作文の「書き方」を指導します。
 漢字なら漢字の「書き方」を指導します。
 音読なら「音読方法」を指導します。
 様々なバリエーションでの指導。
 ステップを踏んでの指導。
 教育技術は若い頃より少しはかじって知っています。
 教育技能は年数を経た分、若い頃よりは上がっているんじゃないかと思います。
 
 が、子どもが育たない。
 「自ら気付き、考え、行動する」レベルに育っていない。
 
 深澤実践はうかつに追試すると火傷をするといわれていました。
 神藤も火傷をした一人です。
 「これは名人芸だから別の方向を目指そう」
と、思ったこともありました。

 が、やはり佐野小で見た子どもたちのことが頭から離れません。
 「あんな子どもたちに育てたい」
 「あんな学級(学年)集団を育てたい」 
 そんな思いうを抱いたまま悶々としつつ、9年前の深澤先生の通信を読んでいます。
 (当時の深澤先生の年齢まであと2年