自販機の隙間/粉雪亭にて/本棚(過去の記述)
粉雪亭にて(不定期日記)

ますます不定期になりつつある、日記というよりもコラム的な散文
2003年12月以前は本棚(1〜4)に収めてます。
コーヒーが好きである
三度の食事にはもれなく付いてきて欲しい

お気に入りの粉雪亭でコーヒーを傾けながら
まったりと過ぎていく時間
ふと思ったりしたことなど
ポロポロと木の葉に書いてみたりしよか

粉雪亭…アタゴオルにある喫茶店
粉雪亭にて

いえらい いえらい(2004・8)
「粉雪亭にて」は完結しました。
毎回更新を楽しみにしてくださった皆様、どうもありがとうございました。
最近の「気になる」記事はリニューアルした「自販機の隙間」をご覧ください。

74)面の皮は厚い(2004・5)
「かゆいな〜」
と顔を掻いた。そして何気なく見た場所にアレを発見し、「しまった!」と後悔が駆けめぐる。
私が通り過ぎたその場所には、赤と黄色のまだら模様の毛虫がいたのだ。
すばやく腕と顔を洗ったが、かゆみを感じた部分は見事に赤くなっていた。腕だけではなく顔まで。しかも口の周りが…。
とりあえず、虫さされの薬を塗る。
翌日、顔の赤味は跡形もなくなっていた。
しかし、腕のかぶれた痕は3、4日も治らなかった。
どうやら、私の「面の皮は厚い」というか、丈夫なようだ。
ニュースによると、今年は毛虫が異常発生しているらしい。
緑の中を歩くときも、周りに気を配らなければならないようだ。

73)もらい泣かされ(2004・3)
年をとると涙腺が緩くなる、というのはほぼ正解。
子供の頃は、ドラマを見て涙する大人をからかったりしたものだが、現在の自分はからかわれる立場になってしまっている。
「ドラマなんて作り物じゃん、何泣いてんだよ」と生意気な子供は言う。子供の頃は自分も平気でそう言えたが、今は作り物と分かっていても泣かされてしまう。子供は体験が無いから泣く状況を想像する事が出来ない。大人になると子供の頃より体験が増えた分、物語の状況を想像するのが容易になり、自分に置き換えて見てしまうのだ。その結果「つられ泣き」をしてしまう。
こんな安っぽい作りで人の涙を誘おうと思いやがって、と腹立たしいのも多々あるが、まんまと乗せられている。悔しいったらありゃしない。

72)想像力で、あわわわわ(2004・1)
自分の傷を見る分には平気なのだが、他人の傷を見ると何だか痛くてしょうがない。
ムズムズしてしまうというか、居たたまれないようなそんな気分になってしまうのだ。
  どのくらい痛いの?
言葉で聞いても体感できないものは自分の中での位置づけが難しい。
そして決して共感出来ない他人の痛さを際限なく想像してしまう。
だから痛い話も苦手だ。
豊かすぎる想像力(あるいは妄想力)は痛くて大変。

71)波長のずれた…(2004・1)
いろいろな人に会ううちに、どうにも波長が合わないと感じる人がでてくる。
この、「波長が合わない」というのはなかなかの曲者で、何かしら居心地が悪さを感じてしまう。喩えるなら、お互い全身にビニール袋をかぶって握手するようで、または別々の水槽にいる魚が水槽のガラス越しに向かい合っているようで、両者の間の空気は決して交わらない。
にこやかに談笑していても、多分、互いの言葉はそのまま体表を流れてしまい、中には届かないだろう。
今までも、多少性格が合わないな、と感じる人はいたのだが、ここまで見事に波長のずれた人には生まれて初めて出会った。悪い人では無いようなのだが。
まぁ、こちらが一方的に居心地の悪さを感じていただけかも知れないが。


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