001:クレヨン
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幼い頃、それは憧れだった。ダドリーのように馬鹿でかい革のかばんに30色だの50色だのも意味なく詰め込まれたものを欲しいとは思わなかったが…何故かって、どう見たって体にペンキを塗りたくられたミミズが必死にのたくったような絵しか描けなかった彼がそんなご立派な物を持ったところで、逆に間抜けにしか見えなかったからだ…隣の席に座っていた女の子が持っていたそれは、彼女がとても絵が上手かったことも含めてとても魅力的な宝物に見えた。
青色。むらさき。緑色。
ぞうげに桃色、黄色にオレンジ。「ねえ、いいね。それ」
「いいでしょう」彼女はにっこり得意満面に微笑み、それを差し出してみせた。
「あんたも使ってみる?」
「いいの?」
「うん。赤なんかきれいよ。はい」手渡された赤色のそれは、大分ちびていたけれど。嬉しくて嬉しくて、真っ白なままだった画用紙に急いで先を押し付けた。やわらかな圧が手に伝わる。
なにをかこう。なにをかこう。
そうだ、花。花壇に咲いてたチューリップ。すごくきれいな赤だった。
ぐるり、曲線。頭にかんむりを抱くように、ぎざぎざと尖らせた。ぐるぐる塗りつぶす。赤が広がる。女の子が、じょうずねと笑ってくれた。自分の口元にも、うっすら笑みが浮かんだ。笑ったのなんか本当に久し振りだった。
ぐしゃん、と。
赤色を握り締めていた、小さな手が薄汚れたスニーカーに踏み潰された。「いたっ!!」
「おやおやハリーちゃん、女の子と一緒にお絵かき?」とっさにスニーカーの下から手を引き抜いた。ぎゅっと握り込んでいたはずの色は、今や手の中で原型すらとどめていなかった。ばきばきに割れて手のひらを汚し、きれいだったチューリップは薄汚れた血だまりになった。ハリーに近づくなって言っただろ。言いながら、ダドリーが女の子を突き飛ばす。わぁん、女の子が泣き叫び、たくさんの色の詰まった宝箱の中身はちりぢりになった。
「ハリー」
呼ばれて、はっと目が覚めた。驚きもあらわに起き上がると、呼びかけたロンの方も驚いた顔をしてこちらをぽかんと見つめていた。どうやら肩に触れていたらしい手のひらを、所在なさげにゆっくりと握り込む。
「…え、あ」
「ご、ごめん起こして…すごくうなされてたからさ」言われて頬に触れてみると、じわりと熱くつめたい汗が広がっていた。額は髪が張りつくほどだ。何だか妙に恥ずかしくなって、でも安心して、息をつきつつもへらりと笑った。
「だ、大丈夫…うん、ちょっと悪い夢」
「…そう」
「もう平気だから。起こしてくれてありが」言葉は最後まで、つむがれなかった。
腕を取られぐいと少し乱暴なほどに、抱きしめられる。同い年なのに自分よりずっと広い胸の向こう、何故かどくどくどくどく、酷く心臓が脈打っていた。
胸が、ぎゅうと言った。「ロン」
「僕がしたいだけだから。こうさせて」
「…ごめ…」
「違う。僕が君を抱きしめたいだけだ」
宝箱の中身は、ちりぢりになってしまった。
でも今僕には。あれよりずっときれいな色の詰まった、素敵なクレヨン箱を持っている。
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