008:パチンコ
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それは全く、運が悪かったとしか言いようがない。
「うわあ!サ、ササライさん!!」
地に降り立ったその瞬間だ。ばちん、と頭の横で、何かが弾けた…と同時、突き刺すような痛みがそこに走り、ばたばたばた、と酷く慌てた様子で駆け寄って来る足音を耳の端で聞きながら、反射的にそこへ手をやった。
ぬるり。生暖かい感触。すいと手を抜き指先を見やれば、赤く濡れたそこから一筋。るるうと線が引かれているところだった。「あーっ…血が出てる!」
駆け寄って来た人物へすいと顔を傾けると、そこには褐色の肌でもすぐに見て取れるほど顔を真っ青にしたヒューゴと、確か…ああ、そうだ、聖ロア騎士団…だったっけ。とササライは、同じく真っ青な3人の子供を見ながら思った…が、居た。手元には荒削りの棒。二股に分かれた先に、ゴムが一本だらんとぶら下げられている。
「ああ。パチンコ遊びかい?」
浮かんだ感情は怒りよりも、町の子がよくやっているのを見たなあとか、そんなほほえましい思いだった…のだが、石を打ち込んでしまった彼らはそうはいかないらしい。エリオットなどはもう半分、泣きが入ってしまっている。ササライは指についた血をズボンのすそでぬぐいながら、ゆったりと笑んでみせた。
「泣かなくてもいいんだよ。これくらいすぐに治せる」
「で、でも…!ああ、僕、お薬…さっきまでポケットにあったのに!」
「私が転んだ時、最後のを使っちゃったんだわ…ごめんなさい、ごめんなさいササライさん!」
「わあ!血がほっぺたまで垂れて来ちゃってる!」エリオット、アラニス、メルヴィル。三者三様おろおろと叫ぶが、浮かんで来た涙は皆同じだ。それを見て尚のこと、ササライの笑みが深くなる。
「いいや。君達はちゃんと、人があまり通らない場所で遊んでいたんだからね。いきなりテレポートして来た、私が悪いんだよ。気にしないでくれ、本当にすぐに治せるから」
言いながらすいと立ち去ろうとした、その時だ。
突然腕をばっと掴まれ、ササライの切れ長な瞳が少しまるみを帯びた。ぽかんとして見やれば、ぎゅっと唇噛み締め、こちらを更にぎゅうと見据えるヒューゴの顔。「…?ヒューゴ、殿?」
「医務室!行きましょう!!」
「え?う、わっ」返事をする前にもう、ヒューゴの体は自分の前を歩いている。腕を捕まれたままだったササライの体が、まるでダンスを踊るようにくるりとそちらへ反転した瞬間メルヴィル達の足元の地面にパタタと血が数滴散り、あう、とエリオットがついに涙をこぼす声が聞こえた。
「ちょ、ヒュ、ヒューゴ殿」
「………。」
「待ってくれ。止まってくれ、…傷に、響く!」
「!!」ほとんど小走りになっているほどの速さでずかずか歩いていたヒューゴの足が、その一言を発した瞬間ビタリと止まり、ササライはやれやれと息をついた。
「…医務室には行きたくないんだよ」
「ど、どうして。だって、血が」
「人に、…」つろ、と血があごを伝った。
「体を見せるのは。…好きじゃないんだ」
「………。」ヒューゴの喉が、まるで自分の言葉を飲み込んだかのようにごくりと動いたのをササライは、困ったように微笑みながらじっと見つめていた。透き通るような緑の瞳が、くしゃくしゃになっている。思わずふっと吹き出すと、彼は一瞬ぽかんと瞳を見開いて、そうして。
ササライの腕を、そっと放した。「…いいんだよ、気にしなくても」
離れた小さな手のひらが、痛々しいほど握り締められている。褐色の肌が更に濃く、赤く染まるのが何だか遠く見えた。…何を、そんな、感傷的な。馬鹿馬鹿しい、こんなのは別に。今に始まったことじゃ、ないじゃないか?
右手の人差し指にはめられた、指輪の石が淡く光る。そう、こんな傷、自分はすぐに治せるんだ。ただこれで一言、「修復せよ」と。ぽつり、呟けば。「…ササライさん!」
ぶわ、と。
突如上げられたその声に、呼び止められた。はっとして顔を上げると、顔を歪めたままこちらを見下ろす力強い瞳。思わずぽかん、瞳を見開きながら、真正面からの子だなあ。呑気にも、そんなことを思った。「あ、あの、おれ知ってるんです!」
「…は?な、何を」
「ちょっと待ってて下さい!すぐ、すぐ戻りますから!!」
「あ、ちょっ…」呼び止める間もなく、子供はあっと言う間に城下町の人並みを駆け抜けて行った。思わず呆然とその背が豆粒になって行く様を見つめながら、ふ、と、息をつき、崩れた城壁の一角に座り込んだ。
ずくん、ずくん、傷が鳴る。「…痛いな…」
しかしそれでも。ついには首まで垂れて来ている血の感触がどうにも気味悪くとも、何故か、右手をそこへ差し伸べようとするたびヒューゴの顔が、その緑の瞳が目の前にちらつきササライは結局そのままじっと目を閉じた。太陽の光が、白くまぶたの中を埋め尽くす。眩しい。痛い。痛い。
鼻に、良い香りがした。
ふ、と、顔を上げる。まぶたも上げる。ぜえはあぜえはあ息を荒げ、真っ赤な顔を汗だくにし、こちらへぐいと数本の花を突き出しているヒューゴの姿が映り、ササライは尚のこと目を丸くした。少し震えるその右の手の甲に、炎がゆらゆら揺らめいている。「あ、あの。薬、草…」
「………。」
「これ、凄く効くんです。あの、傷、痛いし。おれ…水魔法できないから…その、手当て」荒げた息の下、必死になって言う彼の頬から汗がしたたり落ちる。
それが何だか、とても。
突然笑いがこみ上げて来た。くっくっと喉の奥で、次いでは耐え切れなくなったように大きく笑い出すササライの姿にヒューゴの目がぽかんと大きく見開かれる。額から血を流しながら笑い続ける彼の姿は一種異様で(ましてやヒューゴはササライが、こんなにも大きく笑っているのを全く初めて見たから)思わず、…どこか打ち所でも悪かったんじゃ。などという失礼極まりないことを思ってしまったのも、仕方がないと言えば。「サ、ササライさん…?」
「あ、ああ、ごめんごめん…ただね」嬉しかった、だけだよ。
ぽつり、静かに言った彼の手が、かすかに震えていたことは本人も気付いていないことだった。
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