009:かみなり
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白と黒の世界にそれはただひたすらに美しく、ダレンは飽きることもなくそこにじっと座り込み、世界が二つに一瞬、裂け割れる様を眺めていた。初めの内は地にそれが落ちるたび、うわーだのおおーだの叫んではしゃいでいたが、その内に座り込みただ見るだけになった。もちろん、今自分がいる洞窟の出入口を奥へと進めば仲間のバンパイア達がたくさんいることは頭では、わかっている。けれどここにこうしていると、何だか今この世界には自分ひとりしかいないような気分になって来て、ダレンはひざを抱えふと息をついた。
と。
ぽーん、と突然肩を叩かれ、ダレンは文字どおり驚いて座ったまま飛び上がった。その勢いで、山の斜面を転がり落ちてしまいそうになった彼の腕をを不躾な誰かが慌ててぱっと掴む。「…カーダ?」
「な、何もそんなに驚くことはないだろう!…ああ良かった、もう少しでまっさかさまに落ちて行くところだ…」言いながら、ぐいと力任せに引っ張り上げられる。とは言え腐ってもバンパイアである彼にしてみれば、子供の体を持つダレンの体重などペットボトルを持ち上げるほどの負荷もない。するりと元の場所へ戻って来たダレンの体を抱きとめて、全くとつむじにため息を漏らした。
大げさだなあとふっと笑んで、礼を言いながらその胸を押す。離れた熱が、どうもすっかり冷え切っていたらしい自分の体をかすかに温めていたらしいことに気付き、少しもったいなかったような、変な気持ちになった。それとカーダがその時、なんだか少し寂しそうな顔をしていたのでそのせいもあったのかもしれないが。「どうしたの、こんなところまで」
「それはこっちの台詞だ。元に戻る道、分かっているのか?」
「うーん…なんとなくは」「何となくって、お前な、バンパイアマウンテンの道が迷路のように枝分かれしていること、分かっているだろ。こんなところまで一人で登って来て、迷子になって遭難したらどうする。俺だってお前の足跡と匂いを追って、ようやくここを探り当てたんだぞ」
「…さあ、どうしようかな」
「…どうしようかなって」
「雷の音がしたから」
「は?」呆れて肩を落とすカーダ。それにふと、子供の顔には似つかわしくない笑みを返しながらダレンは連なる山岳の向こうを見る。ピカッとその横顔が光に照らされて淡く光った。
満天の星空の向こうに立ち込めた暗雲と、それを貫く稲光。「きれいだよね」
「…変な奴だな…君は」
「カーダこそ。わざわざこんなとこまで探しに来てくれるなんて、充分変だよ」前を向いたまま、笑いながら言った。
だから、気がつけなかった。
すいと近寄った顔。ようやく気付き、えっとそちらを見やった時にはもう遅かった。すいと唇に熱が乗りかかり、大きく見開いた瞳の向こうに閉じられたカーダの瞳と金の睫毛があった。更に目を見開き、腰の力が抜けよろりと壁に寄り掛かる。ごん、と鈍い音がした。
ん?とまぶたを持ち上げたカーダの、青い瞳。
ぶつけた後頭部の痛みも相俟って、…物凄く恥ずかしくなった。
どがん、と音がしそうな勢いでその体を突き飛ばし逆側の壁に激突させた。あいてて、と背中をさすっている一見優しげでかっこいいお兄さん、な男を力の限り睨みつけながら、真っ赤な顔で、ぶるぶると拳を震わせる。何しろバックミュージックには天を引き裂く雷鳴のとどろきだ。子供ながら、なかなかの迫力でカーダがへらりと笑いながらも尻ごと一歩後ずさる。「カ、カー…ダ…何、なに、考えてんだよバカ!変態!」
「いや…雷の轟音に隠れてなら、勘弁して貰えるかと思って」
「……〜〜〜…!!」ぐるり、と踵を返し、ずかずかと洞窟内を降りて行く小さな後ろ姿を慌てて追いかけた。
「おーい。道、知ってるのか?」
「うるさい!ついて来るな!!」
「そんなこと言ったって、帰る所は同じだしな」
「ついて来たらぶん殴るぞ!」
「それでキスさせて貰えるなら、なんべんでも」
「なっ…」絶句し、立ち止まり、振り向いたその顔は。
真っ赤で、困惑して、困り果てて。
はあっ、ため息をついた彼の振り向きざまの額ににっこり、笑顔を突き刺す。「…何考えてんの?」
「…知らなかったのか?」トン、トン、トン。岩肌を蹴り、彼に歩み寄る。
憮然とした顔をしながらも、差し出した手を、髪を梳いた手を、そこに口付けた唇を、避けようとしなかったのは。
自惚れても良いと、言うことなんだろうか。「俺はずっと、こうしたかったんだけど」
「…知らないよ…」きゅっと伏せた睫毛が微かに震えたことは、見なかったことにしておくにはあまりに惜しい出来事だ。
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