010:トランキライザー
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「はー…落ち着くなあー…」
「……………。」肩口で盛大にため息を吐かれ、ぞわりと背中が粟立ち喉奥にぐうっと暑苦しいような、暖かいような、くすぐったいようなよく分からない感情がこみ上げてくる。瞬間、ダークは自分を抱き締めてすっかり悦に入っている男を突き飛ばしたくなった。何が落ち着く、だ、俺は全く落ち着かないぞ。
しかし困ったことに、力いっぱい抱き締めて来る二の腕はその感触とは裏腹に、母親にすがる小さな子供のように頼りないのだ。聞くまでもない。その腕は、ダークダーク、大好きだ、と如実に呟いている。そしてそんな風にされると、人との触れ合いだの友好的感情だのに全く不慣れなダークは、それを拒否することが出来なくなってしまうのだ。「うう、俺、やっぱりお前が居ないと嫌だ」
「…俺は別に構わんがな、お前が居ようが居まいが」ふん、と鼻を鳴らそうとも、
「いいんだ、俺がこうしてると幸せだから」
などとあっさり肯定されてしまう。
「…次は2ヶ月は来れないなあ…」
「それは結構だな。静かになる」
「………、…。」
「おい。背中を撫でるな…気持ち悪い。止めろ!」
「だって、今の内に覚えておきたいだろ」
「覚えてどうする。とにかく止めろ。それからもういい加減離せ」
「やだ」
「…………。」
「冷たいよダーク…俺が毎日どれだけお前のことばっか考えてるか、分かってる?」
「…そもそも別に頼んでいない」
「飯食っててさ、それが美味いとお前に食わせてやりたいって思うし、寒いとお前が風邪引いたりしてないかなって思うし、面白いことあってもお前が居ればもっと楽しいのになって思うんだよ。はー…このまま持って帰れればいいんだけどなあ」つらつらつら、語られた台詞の内容に耳が段々と熱くなって来るのを感じながら、更には何やら不穏な台詞を付け加えた男を真剣に張り倒し逃げるべきかと考える。だが、肩にすがる腕はいつの間にか髪を心から愛おしそうに撫ぜていて、…ダークは唇を噛み締めた。
突き飛ばせ、突き飛ばせ。この男を向こうへ。でなければ。俺は。「ダーク」
「…何だ」は、と息を飲み、いつの間にか顔を上げこちらを見据える瞳を…真正面から、至近距離で受け止めてしまってくらりと頭の芯が凪いだ。突き飛ばせ。また、声が聞こえる。でなければ俺は、お前は。
「俺さ、ほんと、お前のこと、好きだよ」
「…………。」危険だ危険だと、瞬くのだ。こいつは危険だ。『入り込む』。ただでさえ隙間だらけで空っぽなうつわに、遠慮なくずかずかと上がり込み、穴を塞ぎ、それを満たそうとする。一滴も他に混じりけのない場所にこいつを満たして、そうして、ああ…そのままなら。どんなに暖かなことか。けれど、もし。
俺達はまだ17で。
知っている事よりも、知らない事の方が多過ぎる。
だから、もし。新しく世界を知り、お前がその事を、『過去』にしたなら。
うつわは途端にがたがたと揺れ割れ。
びしゃりと、中身をぶちまけるだろう。「嘘を吐け」
「嘘じゃないよ」
「嘘だ」
「どうして」
「信じない」
「何で?」
「お前なんか、信じない…」言いながら目を逸らした。カーグの瞳はどこまでも突き抜けるように澄んでいて、ダークは自分の醜い血の色の瞳が恥ずかしくなった。だからこそ、声は掠れたのだ。手が震えた。伝わり体も震えた。腕を上げ、ぐいとその腹を押す。肩にかかる、なめらかな白い肌を持つ腕。それなのに、俺の肩にある角はその腕を突き刺そうとする。
それなのに。
カーグはその手を捕らえ、そっと包み込み、むずがる子供を諌めるように何でもない動作でそれを外してしまった。
何をするんだと睨み付ければ、優しい笑みがそこにある。「嘘じゃないよ」
「何故そう言い切れる」
「だって本当だからね」
「………。」「信じない、か。難しいな。俺の胸半分に割って、中身見せてもきっと赤いばっかりで、やっぱり形にしては取り出せないものな」
それ見ろと思った。けれど奴は笑ったまま、
「でも、まあ、人生長いから」
「…は?」
「ゆっくり行くさ。だって俺、さっきも言ったけど、お前が居ないと嫌だから」当たり前の顔をして、言ったのだ。
ダークは思わず黙り込み、彼の顔を真正面から見据えた。何故か今度は逸らそうとは思えなかった。指の震えが止まり、代わりにちりちりと妙な痺れが走る。訳が分からず、不安になる。けれどカーグのゆったりと笑んだ瞳と唇、幸せそうに染まった赤い頬を見るとそれが何故だか治まるのだ。どうしてか分からない。分からないけど。
うつわに、ゆるりと。
奴が流れ込み始めたのを、今度は不快とは思わなかった。
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