011:柔らかい殻
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俺の好きな人は、本当に意地っ張りだ。だから俺は彼に接する時、まるでゆで卵の上にかかっている薄皮をはがすように、そっとそっと彼を扱わなくてはならない。でなければ彼はすぐに意地を張り、俺を散々何だかんだと罵倒した挙句、耳まで真っ赤になっておきながら急いでどこかへ逃げ去ってしまうのだ。
それは恥ずかしさを誤魔化すための精一杯の虚勢だともう分かっているから、今更いちいち傷付いたりはしないけれど、やっぱりどうせならそっぽを向かれるよりはきちんと向き合って話したり、触れたりした方が断然楽しいに決まっている。だから俺は、今日も彼の柔らかい殻を一枚一枚、ぺりぺりとはがすことを楽しむのだ。
「おい」
「何ですか?」
「お前、毎日毎日懲りもせずに。…楽しいのか?こんな事をして」何を言うんだと俺は思わず、ぽかんと間抜け面で彼を見て、もちろんですと頷いた。楽しい、というのは少し、語弊があるかもしれないが(だってそんな言い方では、まるで俺が彼をおもちゃにして遊んでいるみたいじゃないか)彼と共にあることが嬉しくないだなんて。そしてそれに懲りる、すなわち飽きるだなんて。そんなことがあるだろうか、と想像してみても、すぐにいいやと首を振れるほど、俺は彼を好きなのだ。それなのに、そんな事を言われるだなんて。
まだまだ修行が足りないな。と俺はとなりに座る彼の額を、頭をよしよしと撫ぜながら苦笑した。「これ以上楽しい事はないと、断言出来ますね」
「……馬鹿か」
「ああ、そうですね。殿下に関しては俺は、本当に心底馬鹿なんでしょう」あっさりと認めると殿下はただ小さく、む、と口篭もって、数瞬どう返すべきか悩んでいたようだったが結局諦めてばりばりと撫でられた頭を掻きむしった。つやつやした子供特有の細くやわらかな髪が、そのせいでくしゃくしゃになってしまう。俺はもう一度そこを撫で、きれいにまっすぐ整えてやった。
ふくふくした白い頬が、赤く染まっている。彼の赤く、大きく、まんまるい瞳に匹敵するほどに。それを見た途端、俺は暖かな毛布にくるまれたような気持ちになる。そしてその毛布で、となりのこの子を一緒に包んでやりたいと思う。きっと暖かくて気持ちが良いはずだから。剥き出しになった小さくて丸い肩。勿論戦いとなれば、この肩がどれだけ力強く敵を薙ぎ倒すか知らない訳ではない。けれど、だからこそ、この肩を温めてやりたい欲求に駆られるのは、きっと人を好きになったなら万人に共通の感情だろうと俺は思う。だから悪びれも躊躇もせずに、俺は彼を引き寄せ胸に抱き、俺の熱を分けてやろうとするのだ。
そしてそうすると、事実彼も少し困ったような顔をしながら、それでも静かに息をついたりするので、一度も肯定されたことも抱き締め返されたこともないが、それなりには俺の存在を彼に刻み付けられているのだろうと、思うのだが。「…変態め」
ふん、と鼻を鳴らし呟かれ、さすがに少し驚く。
そんな俺を一瞥し、彼は偉そうに胸で腕を組みふんぞり返り、「知っているぞ。お前がどう思っているか知らんが、俺さまとてもう子供ではないのだ。少しばかりお前より背が低いからと言ってみくびるな。お前のような奴を、しょたこんと言うのだろう」
「…………。」そういう彼の頭のつむじは、俺の肩より10cmは低いところにあるのだが。まあ、それはともかく。
「…成る程」
ふ、と俺は笑み、やれやれと首の後ろを掻いた。
エトナ様、また妙な入れ知恵を。大体が、魔界に生きる種族のほとんどは万をも生きる長命の者がほとんどだ。俺は今年で1972歳、殿下は1315歳になる。故に恋をする時、俺たちはあまり年齢というものを判断基準に含めない。かのクリチェフスコイ様が良い例だ。あのお方が奥方様を娶られた時、奥方様はまだただの人間で、20年かそこらしか生きていなかった。もちろんその後はクリチェフスコイ様のお力で、我らと同じ時を生きることが出来るようになった訳だが。そんな俺たちに、子供も、大人も、関係あるだろうか?
まあ、男が少年を好きになったという点では、言われても仕方がないのかも知れないが…
同じ人型を好きになったのだからまだマシな方なのではとも言いたい。世にはゾンビにしか恋のときめきを感じないという男だって数多くいるのだから。「俺は変態ですか。そうか」
「そうだ。お前はへんたいだ!しょたこんだ!」鬼の首をとったかの如く大いばりで言う彼に、静かに。
「けど、困ったことに俺があなたを好きだって気持ちは変わらないんだ」
言った瞬間。
…ガキリ、と、まるで俺がクールでも唱えたかのように殿下の体が固まり。
そうして、次いで。数秒置いてわなわなと唇は震え、何か言いたげにぱくぱくと開け閉めされ、小さな牙がふたつ覗き、最後にその頬が。首に至るまで赤く赤く染まったのだ。「ばっ…ばっ……!!」
「はい、そうですね」
「き、き、貴様!この、この、非国民!悪魔のくせに、な、何がす、好きだなどと!魔王である俺さまに!あの愛マニアじゃあるまいし…!!」
「愛か。そうですね、いいかもしれないな。愛してますよ、殿下」
「ぐあー!」あろうことか頭を抱え、悶絶する彼に思わず笑んでしまった。何と可愛らしいと、そう思ったからだ。
「貴様!つ、次に言ったら、殺してやる!!」
「そうは言われても、本当の事だからなあ…」
「〜〜〜っ、き、貴様なぞもうクビだ!顔も見たくない、今夜中に荷物をまとめて出て行け!」
「それは困るな。俺、出来るだけ殿下の側に居たいし」
「うるさいうるさいうるさい!魔王命令だぞ、俺さまの命は絶対…!!」
「…ラハール様」ぽつり。言うと、怒号がびたりと止んだ。
「俺が嫌いですか?」
「!!」
「それとも」そっと頬に触れる。びくり、と小さな体が揺れる。指先に触れるそれはとても熱く、俺を芯から焼き尽くす。そっと唇を寄せると、はっと眼を見開き条件反射からかぎゅっと眼を閉じたので、遠慮なく俺はそこに口付けた。鼻筋、額、まぶた。順にゆっくり進む間中、彼は体中をぎゅうぎゅうにして、じっとされるがままになっていて、俺は気付かれぬようくすりと笑い、そっと小さな体を抱き寄せた。
「…………。」
「…そうですか」何も言わない彼に頷いて、そっと髪を撫ぜる。肩口に当たる顔は未だ熱く、俺は、心臓の音が聞こえているだろうなと少し恥ずかしくなり、ふと息を吐いた。あの天使見習の少女が言うことも、あながち真意なものだなと苦笑を浮かべながら。
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