018:ハーモニカ

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 プワア。
 風に乗りやって来たそんな音に、ジョアンはうつらうつらとしていた瞼をぼんやりと持ち上げた。

「…んああ?」

 よだれの垂れかけていた口元を拭い、ぐてりと起き上がる。べたん、べたん。道場の板張りの床を寝巻のまま歩き、窓から見上げれば太陽は既に空の中心を過ぎている。あー、…もうそんな時間か。元より人よりかなり人生を睡眠に費やしている自分でも、さすがに14時間も寝れば外に出る気も起きる。
 やれやれ。がりがりと後ろ頭を掻きながら、着替えをしに部屋に戻りかけたその時、
 プーアア。
 またも先ほどの、どこか間抜けな音色が響いた。

 

 

 

「…お前か」
「あ、ジョアンさん、こんにちは」

 石段の端にぽつんと腰掛け、1人なにごとか真剣な顔の少年。
 まあなんとなく予想はついてたがな。
 思いはすれど口には出さず、ジョアンが呆れ顔でひとこと言うと、歳若き城主…本当に若い、何せこの間ようやく16の誕生日を迎えたばかりだ…トーマスは、はたと顔を上げにっこりと笑った。
 そのなまっちょろい手のひらには、銀色をした小さな箱のようなものが抱えられている。

「…それ」
「あ、はい、ハーモニカです。珍しいでしょう?この間、行商の方に貰ったんですけど」

 子供たちにあげたら、汚して、上手く鳴らなくなっちゃったって。
 だから掃除してみてるんです。言いながら、爪楊枝でコリコリ穴をほじくっている。
 そうして、ふうと息を吹きかけてごみを散らす。
 またもプワア、と呑気な音色。
 肩口にタオルを一本ひっかけたジョアンをちらと見上げて、

「ジョアンさんはこれからお風呂ですか?」
「あー」
「明るいうちのお風呂か。いいですねえ」
「…ジジイかよお前は」

 そんな、ガキみたいな顔してやがるくせに。
 呆れ顔でにべもなく言えど、

「あはは、そうですね」

 呑気な少年は、ただそう笑う。
 ジョアンは言うのも馬鹿らしくなって、どすんとトーマスの隣に腰掛けた。

「? ジョアンさんお風呂は?」
「いいだろ別に」
「はあ、まあ…。あっ、今の音、なんだか良い感じでしたよね?」

 ふと吹けば、こぼれたやわらかな音色。
 ぱあと笑って振り向いた、
 その、小さな顎を、
 ひょい。ジョアンはあっさりとすくい上げた。

 

 

 

 

 

 さて。言いながら飄々と立ち上がる。
 呆然とこちらを見上げている子供に、にいと笑って、

「風呂、行くわ」
「………あ、ハイ…」
「なんならお前も一緒に入るか?」
「っ、え!?」

 ぽかんとしていたその顔が、見る見るうちに朱に染まる。
 我に返ったように唇を押さえる、そのさまを、
 ジョアンはくくくと喉で笑って、
 相変わらずの眠たげな足取りで歩いて行った。

 

 

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