024:ガムテープ

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「兄さん」
「何だ弟よ」
「いくらなんでもこれはないんじゃないのって思うんだけど」

 一仕事終えた顔でさわやかに額の汗を拭いつつ、フウ、と息をついたエドワードに、アルフォンスは淡々とした…実に感情の篭っていない、静かな声で言った。兄はそんな弟の言葉を聞き、まるで自身の心臓をえぐらんとせんばかりに上着の胸元を掴んでみせ、

「言うな弟よ、兄も辛いのだ」
「…物っ凄いあからさまに演技だよねそれ」

 これまた静かな声だ。ましてや彼の姿は…色々な事情があって、現在、いかつい鉄の鎧騎士姿。当然表情も変わらず、声は高い少年のものながら妙な迫力がある。
 エドワードはそれまでの苦しげな表情を、一瞬で捨て去った。

「んなこと言ったってしょーがないだろ!俺は今練成が出来ねーんだから、まともには直してやれないんだってこと、お前だってわかってるだろ!?」
「わかってるけどこれはないよ!」

 怒号と共にビシリ、と指差された先には。
 …テープで明らかに適当に固定された、彼の右半身があった。
 多少貼り付けてあるだとか、可愛いものではない。まず、胴を囲うようにぐるりと何周も。更に首筋から肩にかけて5往復。とれた指先も3本、…どうやら完璧に破壊されてしまったものはそこらの鎧から失敬して来たらしい。大小、長さすら不揃いなものがべたべたと貼り付けられ…まるでその姿は包帯のかわりにテープを使った巨大なミイラのようであった。
 正直、素直に感想を述べるならば、…子供の工作以下である。

「返って不自然じゃないかこれ!」
「仕方ないだろ、何かの拍子に中身が見えて、もし練成陣が見つかったら大変なことになるんだぞ!?一応目立たないように、黒のビニールテープを使ってやったじゃないか!」
「返って目立ちまくってるよ兄さん!」
「うるさいうるさい!兄の2時間の努力を無にするつもりか!」
「ていうか意地になってるだけでしょそれ!…素直に布で覆っておけばいいじゃない」
「風ではためいたら、中身がないことバレるだろ。それにそのまんまじゃ村まで行けないし」
「…とりあえず村に着くまでに、憲兵さんに10回は捕まる方に3000点」
「古いぞアル」
「ツッコむとこそこじゃないよ!現実を見て、兄さん!」

 弟は必死だ。何しろ全身真っ黒ミイラ、その上ところどころ簡単に外れないよう、沿え木…そこらで拾って来たただの棒きれだ…がはみ出している。確かに形としては人間のそれに近くはなっているが、これでは外に出た瞬間、いきなり通報されてもおかしくない。
 そんな弟の切なる訴えを受け、さすがにエドワードも唸りを返さざるを得ない。
 ようやく分かってくれたか。…アルフォンスが安心したのも束の間。

「よし分かった。それじゃあお前にぴったりのマントを買おう。それなら問題ないだろ?」
「…どーしてもこの方向で行きたいんだね兄さん…」

 アルフォンスは血の気も失せた顔で、ぐったりと呟いた。
 否、…それでもやはり鎧騎士の彼は、ただ無表情に兄の得意げな顔を見つめていた。

「さてそれじゃ、何色にしようか?俺と対で青とか、シックに黒とか、思い切って金色なんかもカッコいいよなー」
「…なんでもいいよ別に…」

 どうせ僕なんて壊れたハリボテなんだから。自棄気味に呟きながら、一歩踏み出した。
 その瞬間。

「「あ」」

 ばきょん。
 そんな間抜けな音をたてて。
 ビキッ、がしゃしゃ、…どすがらがたーん。
 …アルフォンスの膝がくず折れ、彼は物凄い轟音と共に床へと見事にひっくり返った。

「………。」
「………。」

 でろり、とはがれたテープが無様に膝にこびりつき、
 ばっきり半分に折れてしまった棒きれが、かららん、と床に転がり落ちた。

「…体重かけ過ぎなんだよお前!」
「えー何僕のせいなのコレもー!?」

 弟は床に転がって動けぬまま、ギシリ、と兄を見やり。思わずその横っ面を張り倒したい衝動に駆られた。
 ぎゃあぎゃあと互いにののしり合い、次第にその内容は現在の問題…もちろん、いかにしてこの姿で怪しまれず村までたどり着くかということだ…からどんどんとかけ離れ、フンドシだの豆だのと言った、互いの逆鱗へと触れて行く。
 つまり単なる子供のケンカを繰り広げていた兄弟は、
 バタン!と力強くドアが開け放たれるまで、彼の仰々しい足音にも気付かなかった。

「騒がしいぞエルリック兄弟!!」
「…あ」
「…げ」

 ピタリ。と、途端言い争いを止め、その巨体を一方はぽかんと、一方は心底嫌悪もあらわに見返した。
 アレックス・ルイ・アームストロングはそんな二人の子供らをギロリと鋭い眼光で見据えながら、

「何だ、喧嘩かね!いかんぞたった二人の兄弟だというのに!」
「だって兄さんがこんな酷い格好で村まで行けって言うんですよ少佐!」
「っアル!裏切り者ー!」
「…一刻も早く出発しなければという時に、君達は…」

 むう、と腕を組むと尚のこと屈強さが目に付く。なんだか急に室内の密度が上がった気がして、その圧迫感にエドワードは思わず窓を開け放した。
 数秒、アームストロングは何やら考え込んでいる様子で、自慢の髭を指先でするりするり、撫でていたが、やがてどんと自身の胸を打ち、

「よし、名案が浮かんだぞ。その件に関しては我が輩が何とかしよう」
「「…えー?」」

 兄弟は声を揃えて、そんな声を出したが。
 …でもどっちにしたって、これ以上最低なことなんてないような気がする。
 アルフォンスはすぐに、そう思い直し、

「えーと、じゃあお願いします…」
「なっ!?」
「うむ!全て我が輩に任せておけば万事解決!」

 床に転がったまま、こくりと、小さく礼をした。
 エドワードが何やらぎゃあぎゃあと叫んでいるのを、敢えて聞こえないふりをした、彼だったが。

 

 

 その後。やはりそれと同等…いや、それ以上手酷い扱いを受けることになるということは、
 既に言うまでもないことなのだった。

 

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