025:のどあめ

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「……はー」
「…よう…やく、追い詰め、たぞ、009っ…!!」

 しゃらしゃらしゃら。
 二人の頭上で、春風にやわらかくなぶられ新緑の葉が静かに揺れる。
 その合間からこぼれる幾筋もの光が、彼らの頬をつたう汗をきらきらと波打たせ、まるで燃えるような色合いのアポロンの髪が光に揺れるのを、ジョーはきれいだなあと思って見返した。…もちろん現実逃避以外の何にも他ならない。
 追いかけっこも開始してから、既に1時間。
 さすがに上がった息を肩でなんとかぜえはあ、整えながら、アポロンはその金の瞳をギリと細めた。

「さあ、っ、勝負して貰おうか!逃げ回るのはっ…」

 ビシリ、と鼻先へ指を突きつけて来ながらも。
 何しろ息が引き攣れて、どうにも上手くタンカを切れない。ぐっと口篭もり、眉間に深く皺を寄せる。

「ちょ、ちょっと待って、…少し休憩してからにしようよ。…僕、もう限界…」
「戦いを始めようという時に、何を呑気な…!」
「…ふう」
「こ、こらっ、勝手に休むな!おいっ!」

 けれど生来、それほど好戦的でもないジョーは(というより、世界の命運が掛かっているなどでもなければ別に負けたって構わないとすら思っている)彼の怒号もどこ吹く風。そよぐ新緑の下、やれやれとへたり込んだ。いくらサイボーグだとて、元は生身の人間であり、疲労はきちんと存在する。どくどくとこめかみまで忙しなく流れて来る血の巡りを感じながら、ジョーはゆっくりと目を閉じた。
 そんな間抜けなライバルを、アポロンは数秒、実に不満げに見下ろしていたが、
 言っても無駄だと悟ったらしい。どっかと舌打ち混じりにその横へと、腰を下ろした。
 驚いてぱちりと目を開けたジョーが、こっそりと口元に笑みを浮かべたことも、見て見ぬふり。

「全く…これくらいで限界だなどと、軟弱者め」
「仕方がないよ。僕の加速装置は君のよりだいぶ旧型だからね」
「………、〜〜…」
「? 何?」

 じろり、とこちらを見据えて、きょとんと見開かれた茶の瞳とぶつかると、鼻を鳴らしてそっぽを向く。
 ジョーは何故、彼がそんなに難しい顔をするのかわからずに、こくり、首をかしげる。
 少し考えたがやはりわからなかったので、ジョーはあっさり諦めて雲ひとつない青空が、葉擦れのむこうに広がるそのさまを、黙ってゆったりと見上げた。
 気持ちのいい日だなあ。
 思いはすれど、口には出さない。
 隣に座るのがジェットやフランやハインリヒならいざ知らず、彼を相手にそんな言葉を言おうものなら、…2秒とかからず空気は殺伐としたものになるに違いない。
 けれど決して、それが嫌ではないのだから。
 変だよね。誰に言うでもなく、ジョーはなんだか笑い出したい衝動に駆られるのだ。

「…ゲホッ」

 不意に咳込んだアポロンに、ジョーははたと顔を向けた。

「喉、痛いの?」
「…どうでもいいだろう、そんな事」
「えーと、あっ、ちょっと待って」

 相変わらず視線も外したままの、そんな彼の一言に、ぱたぱたと全身を探る。
 上着のポケットに目的の物を見つけ、あった、と薄く笑む。
 訝しげにこちらを見た、その瞳にぐいと突きつけられたもの。
 薬用のどあめがちょうど3つ。

「…何だこれは」
「のどあめって言うんだ。走り過ぎで喉が枯れたんだろう?ちょっとはいいかも、食べなよ」
「いらん」
「今朝、フランに貰ったんだ。僕は梅味を貰うね」
「人の話を聞け…!」

 ぽん、と手の中に落とされた飴玉を、すぐさま叩き返そうと牙を剥こうとも、
 ジョーは自分の飴の包装を外す最中で、既にこちらを見てもいない。
 カア、と頬が赤く染まったのは、怒りゆえか。

 

 

 

 がり、ばり、がり、
 静かな森に、不躾な音。

「…アポロン、のどあめは噛んじゃダメだよ」
「うるさい、…それならもう一つ寄越せ」

 

 

 

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