026:The World

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「どう、その魚…食べられる?」
「ああ、妙な汚染もなさそうだ。そっちの果物はどうだ?」
「僕のも平気。…よかった。食べ物はなんとかなりそうだね」

 ゼロとアベルが文字どおり世界にたった二人きりになった時、最初に心配したのは、やはり衣食住のことだった。
 丘の上に二人だけで生活していた頃にも、ほぼ自給自足の生活だったので畑を拓くのは手馴れたものだが、これだけ世界に大規模な事変が起こり、壊滅した状態で、以前と同じ手法で上手く作物が育つかはわからない。それは後々色々と試していくとしても、まずは、しばらくを食い繋ぐ食の確保が必要だった。幸いにしてエデンの園のまわりはあれだけの大事変だったというのに植物は生きていたし、海には魚が泳ぎ、木々には果実も実っている。恐る恐る食べてみても、特に問題があるとも思えない味だ。

「さっき探索した時、川も見つけたしな。水も大丈夫だろう」
「…うん」

 ゼロの言葉に、アベルは微笑んで頷いたものの、その笑顔にはあきらかな影があった。ゼロは頬についた泥を指先ではらいながら、自身も眉をひそめた。仕方がない、あんなことがあった後なのだ。ゼロの他に、初めて、仲間と呼べた人々を自らの手で葬らなければならなかった心の傷がそう簡単に癒えるはずもない。
 まだ赤く涙のあとを残した瞳をじっと見つめて、息をつく。

「…辛いか」
「…そりゃ…正直に言えばね」

 アベルは爆発で埃まみれになった二人分の上着を洗いながら、小さく答えた。
 水から上げ、広げてみせる。いつかの光景と同じその仕草に、ゼロは少し笑ったが、またすぐに表情を戻しアベルの足元にしゃがみ込んだ。

「だけど、…だけどもう、この世界には僕たち二人しかいないんだ。それならせめて、いつか皆が転生した時、喜んでくれる世界を作りたい。…そうしなきゃいけないんだ、…そうだよね、ゼロ?」
「…そうだな」

 頷いた横顔には悲しみが満ちていたが、それと同時に、真っ直ぐ前を見据えてもいた。ゼロと二人だけの頃には見ることのなかった顔だ。アベルが成長したことを、嬉しくも、そして辛くも、申し訳なくも思う。彼の成長は、すべてゼロを助け出したい、その一心のみゆえだったのだ。神となったのは言わば成り行きのようなものだった。
 そして同じく成り行きで…もしアベルが新しい神でなければ、そんな役、世界のためと言われても蹴っていたに違いないから…第2のアダムとなったゼロは、軽く頭を掻くと、今出来る精一杯の笑みを浮かべて、まだ激しい戦いの傷が残る肩をそっと抱いて、その頬に口付けた。

「いっぱい子供作らなきゃな…」
「うん…」

 神妙に頷いたアベルだったが。
 はた、と気付き、怪訝そうな顔でゼロの顔を覗き見た。

「……ゼロ」
「ん?」

 ゼロの指はいつの間にか、アベルの顎のあたりをさ迷っている。くいと上向かされて、キスされる、と咄嗟に気付き慌てて尻で逃げた。せっかく洗った上着がべしゃりと土に汚れる。
 むっ、とゼロは眉をひそめ、しかしめげずに、逃げるアベルの腕をぎゅっとつかまえた。アベルの顔が引き攣る。ゼロは少なからず傷付く。

「…アベル、オレとキスするのが嫌か?」
「そっ、そういうわけじゃないけどっ……そうじゃなくて! ……こっ、こどもって!?」
「だから…この世界には今、お前とオレしかいないんだから、早いとこ子供作りまくって人口増やさないと、世界を立て直すことも出来ないだろって話だろ」

 なにを当たり前のことを言ってるんだお前はとばかりに眉をひそめられ、仕切りなおしとばかりに唇を奪われた。二人だけになったとわかった時にも交わしたが、やはりこれまでの愛欲の渇望はそう簡単には埋められないもので、それは深く、そう簡単には離してもらえない。どころか、はっと気付くとゼロの手のひらはアベルの腰を撫ぜ、更にはいつの間にかズボンのジッパーは下ろされている。

「ちょっ、ちょっと、ま、待ってってばゼロ!」
「イヤダ」
「い、いやって、ここ、外だしっ」
「どうせ誰に見られる心配もないだろ。…お前な、何ヶ月ぶりか分かってるか?」
「わっわっ分かってるけどっ、は、話がまだ終わってないだろ! 子供ってどういうことだよ! 僕もゼロも男なんだから、そんな…」
「…お前、母さんの話ちゃんと聞いてたか?」

 はあ、とため息をつきながら、いかにも仕方ねえなもう、と眉をしかめて一旦離れる。しかし既にアベルのシャツはゼロの後方に投げ捨てられており、アベルは辛うじて、中途半端なところで絡みつくズボンでのみ身を守っている状態だった。とはいえ、ゼロにしてみれば、それがかえってという意見もあったりするのだが。

「お前は神になったんだ。神には性別がない。お前の場合、元々生まれた時が男の姿だったから、今も外見はほとんど変わらないがな。つまり、両性具有……、…ヨハネとかいうお前の仲間のじいさんも、そのはずだぜ。知ってるだろう?」
「………。」

 アベルは思わずやわらかそうなふくらみを両胸に持ち、且つ、下半身にはきっちり男性としての証を持つヨハネの姿を想像してしまい、慌てて頭を振って、打ち消した。…あまり気色良いものでは決してない。

「だから、つまり…」
「つ、つまり」

 ごぐり。生唾を飲み込み、じっとゼロを見つめる。ゼロは何故か、ぽっと頬を染めて答えた。

「お前は、オレの子を身篭ることが可能になったってことだ」
「………………。」

 アベルの顔から、血の気が引いた。
 そして蒼白の顔のまま、よろりと倒れこみかけ、しかし足にズボンが絡まり、バランスを崩してうっかりゼロの胸にダイブしてしまった。
 息を詰まらせてももう遅い。
 ゼロは満面の笑みでアベルを出迎え、愛をこめてぎゅっと強く抱きしめた。

「ゼッ、ゼロは!? ゼロは、その…っ、あ、赤ちゃんを産むことは」
「出来るわけないだろ。オレはアダムであり、人類最初の男であり、父となる運命なんだぞ。父親の腹がでっかくなってガキが出てきたら、気持ち悪いだろ」

 元・男の腹から出てくるのだって十分に問題だ!!
 アベルは声にならない声で叫んだが、ゼロは聞いちゃいなかった。おっと、このままじゃお前の背中が痛いよな、などと中途半端な優しさをみせて上着を脱ぎ、地面に敷いてくれる。

「ま、信じられないのもムリないけど」

 ちゅ、と、鼻筋にキス。

「…それなら実地で理解させてやるからさ?」
「………いっ…イヤァアアアァア!!」

 悲鳴は澄み切った空に吸い込まれ、誰の耳にも届くことはない。
 ぼとり、と、側に咲いていた花の頭が落ちた。

 

 

 

 

 

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