041:デリカテッセン

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「アル、お前、どれ食べたい?」
「えーとね…フライドチキンとじゃが芋のサラダ」
「おじさん、それ二人ぶんー」
「ああ、よし、チーズも二切れおまけしといてやろうな」
「わあい、やったあ!」

 ぴょんと飛び上がる子供二人、惣菜屋の気の良い主人はそれににっこりしながら、かなり厚めに切り取ったチーズを二切れ、それにこっそりとバターを二つ袋に忍ばせて、兄の方にそれを手渡した。ありがとおじさん、言って、二人が駆け出して行く後ろ姿を見つめながら、ふと溜息をついた。

 

 

「おじさんとこのサラダ、うまいよな」

 ばくばくとスプーンですくっては口に放り込む。その合間にバターをたっぷり塗ったパンをかじる。フライドチキンは既に骨だけになっていた。そんな兄に対し弟も負けじとがつがつ食べる、彼の皿にはチキンがひとかけらとサラダが少ししか残っていない。

「兄さん、牛乳は?」
「…おれは水でいい」
「だめだよ、ほら、あっためてはちみつ溶かしておいたから」

 そこまでされて差し出されては飲まない訳にはいかない。エドワードはまるで母親のような顔の弟からカップを受け取ると、イヤイヤながらもこくりと飲んだ。程好く冷まされたそれは甘くとろけるようで、それでも多少は残る牛乳の風味さえ無視すればなんとか飲むことが出来る。

「何でそんなに嫌いなのさ」
「…このうっすらかかった膜がむかつく」
「…冷たいときにはないじゃない、それ」
「鼻につく匂いがむかつく」
「えー?…んー…匂いなんてある?」
「雑巾につくと最悪だ」
「別にそれを食べるわけじゃないだろ」
「……やめてくれ、今一瞬想像しちまった…!!」

 うがが、と悶絶する兄を白い目で眺めながら、アルフォンスは残った夕食を一気に片付けた。
 必死にはちみつミルクと格闘する兄は兄と言っても小柄で細っこく、とても近所の友達の兄さんたちとは同じ称号を持つとは思えなかった。ぱっと見は自分と双子、…下手をすると自分の方が年上に見られる。
 まったくしかたのない兄さんだなあ。
 そんなふうに思いながらも、アルフォンスは兄のことが嫌いではなかった。むしろ逆に、そうして世話を焼かせて貰えることが、意地っぱりで我の強い兄が結局自分には甘かったり弱かったりすることが、心から嬉しく、時折そんな兄を可愛いとすら思った。…やはり世間一般の兄弟の感覚としては、どこかずれたものではあったけれど。
 どうやら兄は息をとめて一気に飲み干す作戦に出、そして勝利したようだった。どっと疲れた様子でカップをテーブルにごつん、落とすように置く。
 その顔を見て、アルフォンスは吹き出した。

「に、兄さん…!!」
「なっなんだよ?」
「ヒゲ!ヒゲが生えてるよ、牛乳で!」

 鼻の下にうっすらと生えた産毛に牛乳が乗り、まるで白いヒゲが生えたようになってしまっている。あははは、腹を抱えて笑う弟にエドワードはかっと耳まで赤くなり、慌てて手の甲で口元を拭った。

「あっ、だめだよ兄さん、はちみつが入ってるんだからべたべたになっちゃうよ」
「へ?…うげ!汚!!」
「あーもうしょうがないなあ。ちょっとじっとしてて、…ほら、」

 小さな手を取る。ナプキンで拭き取る。
 少し日に焼けたやわらかな手。
 アルフォンスの胸内に、どこか、
 なにか、
 …こそばゆいような感覚が満ちた。

「……?」
「? どうした、アル?」
「えっ?…う、ううん、なんでも…あっ」
「ん?」
「まだ口のまわりついてるよ、じっとして」

 かすかに残るそれをきゅっと親指でこすり取る。
 指の端に触れた、温かくやわらかな、湿った感触、
 アルフォンスは何故か拭き取った手が、腕が、びりびりと震えて、
 指先に残る白い水玉を、…ゆるりと舌先で舐め取った。

 甘い、
 甘い甘いはちみつ味。

「………。」
「…アル?」

 きょとんとエドワードが瞳を見開く。
 自分と同じ、けれど酷くきれいな青。

「……あれ…?」

 アルフォンスは自身の胸の内に育ち始めた妙な感覚に首を傾げながら、
 ともかくは汚れた食器を持ち、キッチンへ向かうべく立ち上がった。

 

 

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