042:メモリーカード
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獄寺とツナが、ケンカをした。
けれど、誰も心配する者はない。なぜなら、彼ら二人がケンカするのは、別にめずらしいことでもなんでもないからだ。おまけにケンカといってもたいていは、獄寺の無茶を心配するがゆえに彼の反省をうながすため、ツナが無理にふて腐れた態度をとっているだけで、獄寺にいたっては怒っているどころか、一刻も早くツナとなかなおりしなければ息すらうまくできない男であるので、せいぜいもって一日しか仲違いしていない。そんなケンカごっこを毎度、律儀に喰らう犬がいるはずもない。
しかし今回は違った。
さすがに山本もへんだなと思い始めた。なにしろ、二人が口をきかなくなって、三日が経過しているのだ。「お前、一体なにやらかしたんだよ…?」
見るからに負のオーラを背負いまくって、失意の海にどんどろ沈み込んでいる獄寺のつむじへ、手のひらの上でぽんぽんボールをもてあそびながら、山本は問いかけてみた。獄寺は、なにも言わない。むしろ生きているのかどうかすら、定かではない様子だ。蝿がいっぴき飛んできて、ずうずうしくも銀糸の髪へとひとやすみ。
親切にそれを払いのけてやりながら、山本は教室後方の席を見やる。
そこにはもうひとり、こちらはある意味、正のオーラと言うべきかもしれない。おとなしく席につき、ジャンプを読みふける姿はとても静か。けれど、静の中に、あきらかな…怒り、がある。いかなる弁明も釈明も通用しない、鉄壁の憤怒。まったくとりつくしまがない。ていうか、…怖い。
山本はもういちど、視線を戻した。銀糸の頭の蝿が、三匹に増えている。ぺっと払いのけてやりながら、とりあえず生きていることを信じて、もう一回。「なー、獄寺。相談くらいのってやんぞ〜?」
ていうか是非のりたい。この状況は、自分も辛い。だってツナは笑ってるほーがかわいい。
ぽそっと思って、再確認し、思わずうなずき一人ごちたとき、「………死ね…」
銀の頭が口をきいた。
おお、生きてた。呪詛の言葉を右から左へ聞き流しながら、山本は人の良い笑みを浮かべる。「どーしたんだよ。今度はなにやらかしたんだ? ツナんちのガキども苛めたんか? 人いっぱいいるとこで花火爆発させたんか?」
「………。」
「………。…あんまでかい声で言えないことか…」
「何を想像してんだテメーは」
「お。喋れたなー、良かった良かった」黙秘権執行中の銀の頭が、するどい声を出す。山本はうんうんと和やかに微笑んで、べしべしとその肩をひっぱたいた。勢いに押されて、ひたいががんごん机にぶつかる。ぷくぷくタンコブができる、銀の頭が、ピキピキひび割れはじめる。多分、割れると魔人かなにかが出てくるのだろう。山本は即座に止めた。賢明な判断だ。
「で?」
「………。」頭がほんの少し、持ち上がる。頑張れ、立て、もー少し。無責任に声援を送る。
「ん?」
「…おい」
「何?」
「…メモリーカードのデータってのは、…一度上書きしたら、取り戻せねえもんなのか」そのひとことで、すべて合点がいった。
あー、うん、バカだな。山本はあっさりと思いながら、いかにも悲壮感たっぷりに、ゆるゆるとかぶりを振った。そして宣告した。「うん、ダメだな」
途端にタンコブだらけの頭が、ふたたび机に落っこちる。
「ツナ、ゲーム好きだもんな〜。…ちなみに何時間ぶんの?」
「…52時間34分……」
「あ。そりゃー怒るわ仕方ねーわ」相談にのると言っておきながらけろりと諦める。酷い。獄寺の頭に、さらに3Gの重力がかかり始める。今にも机にめり込みそうだ。ちょっと面白いので、もうすこし苛めるのもアリかと思いつつ、けれどもツナのほうもそろそろ、まわりを行くクラスメイト達がおびえて後ずさるくらいにはどろどろになって来ているので、さっさと打開策を講じることにした。ひとまず獄寺のしかばねは放っておいて、すっくと立ち上がり、ツナへと歩み寄る。
「…やまもとお…」
途端に、涙声で、うるんだ瞳で、見上げられた。
あ、ちょっとかわいい。…じゃなくて。「なんだよ〜、獄寺にゲームデータ消されちまったんか」
「……そう。…あと少しで、あと少しで、極められるとこだったんだよ! リボーンとかランボに邪魔されながら、毎日ちょっとずつ、こ、こつこつっ……!」
「うんうん。ひでーのな、獄寺」ごごん、と背後で尋常ならざる物音がした。
どうやら、ついに机にめり込んだらしい。「そんじゃさ、ツナ。今日、オレんち来いよ」
「……ふえ?」きょとん、首をかしげる。あーかわいい。思わずぽんぽんと頭を撫でてやりながら、
「ツナが今やってるゲームっつったら、アレだろ、先月発売の。あれならオレもそれなりにやり込んでっからさ〜。お前ほどじゃないけど、データ移してやるから、そっから競争しよーぜ」
「…え」
「えーと、今、30時間くらいやってっかな。ホラ、あの、裏ダンジョン、40Fまで行ったとこ」
「ほ、ほんと? …すげー、山本!」
「期限は一ヶ月でさ〜。どこまでやれるか、な、面白そーじゃね?」
「う、うん。面白そう」こくこく、頷く、ふわふわの髪がふあふあ揺れる。
山本はにっこり、微笑んだ。「じゃー、オレ、今日部活あっから。7時に迎えに行くわ」
「え…。そんなに遅く、迷惑じゃない?」
「別に、明日、日曜だし、テスト前で今日が部活締めだし。どーせ家帰っても、勉強なんかしねーだろお互い? それに、今日、親出かけてて誰もいねーんだ」ばきん、と背後で尋常ならざる物音がした。
どうやら、無事に魔人が生まれたらしい。「や、ま、も、と……!」
「んじゃ、そゆことで、あとでなー」咆哮と共に(見はしなかったけれど、瘴気も吐いていただろう。たぶん)重々しい足取りで殺しにやって来た魔人をひらりとかわして、山本は教室を出た。てってこ走り去るその背後から、なにやらおんおんと泣き叫ぶ声、そしてそれに困り果て、宥めすかす声が聞こえて来る。
やっぱり犬も食わねえなあ。山本はひっそりと思った。
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