043:遠浅
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ふと、
呼ばれた気がして顔を上げたレックスは、
…驚きのあまり、その場で卒倒してしまいそうになった。
「ウィ、…ウィル!?」
水面に、立っているように見えたのだ。
見渡す限り一面のみなも。底に沈む石のこまかな形まで見通せるほど澄んだ水の上、彼はなんのことはなくすうと立ち尽くしながら、笑ってこちらに手を振っている。一瞬動転しかけたが、「…あ、そうか、…ここ、遠浅…?」
打ち寄せる波間まで寄ってみて、はたと気付く。
かなり遠くまで、それも相当に浅い。なるほどこれならなあ、と苦笑し、頬を掻いてから、レックスは迷うことなく靴を脱ぎ、ズボンの裾をまくり上げた。マフラーを外し、腰に下げた本も全て浜辺に置いて、準備万端。珍しくも歳相応に、頬を紅潮させ子供らしい笑顔を浮かべる、彼のもとへ。「びっくりしました?」
「うん。びっくりした」素直に頷けば、素直な笑顔が返る。燦々と降り注ぐ日の光の下、いつもは聡い顔ばかりしている少年が、はだしで水に浸かり、上着も脱ぎ、帽子も浜辺に置き去って。
レックスは意味なく、嬉しくなる。
その手のひらに、大きな貝が2つ、握られていることだとか、
やわらかな髪が風になぶられるそのさまが。幸せだな、
小さく、小さく、そう思う。「先生、」
「うん?」
「今日は暑いから、平気ですよね」
「は?」何が、と問う暇もなかった。
ウィルは手のひらの貝を放り出すと、ぽかんとしているレックスの顔目がけ、思い切り水を蹴り上げた。「うわっ!?」
「あははは」
「やったなこの!」
「わあ、テコ、逃げろ!」
「ミャミャー!」ばしばしと水を蹴り逃げ惑う子供を追い、走る。
ジリジリと肌を焼く日の光が胸を追い上げる。
すっかり濡れねずみで、足は砂だらけ、乾かさなくては帰れない。
木陰で服をしぼりながら、途端に浜辺を濡らすその水の量に苦笑を漏らす。「はは、すっかり濡れちゃったな」
「そうですね。…ごめんなさい」
「いや、たまにはいいよ?それに服着たまま海で遊び回るなんて、今までしたことなかったし」
「…はい」
「面白かったね。またいつか、そのうち…」
「先生、あの」
「ん?」
「…あの」
「うん」
「…キスしてもいいですか」
「………。」
「…あ、あの、…だめならべつに」
「ウィル」
「えっ?…う」上げられた顔は耳まで赤く、
ポツンと、
ついばんだ唇は塩の味がした。「……、〜〜せ、先生ずるいですよ!」
「なにが?」
「だっ…だって言い出したのは僕なのに!」
「うん」
「うん、じゃないですよ、もう…」はあ、溜息ついて、濡れた髪をかき上げた、
その手を掴み、小さな額を撫でてやると、途端に力の抜ける体。
レックスはにっこりと、少し困ったふうに笑んで、
その頭をそっとこちらへ引き寄せた。
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