044:バレンタイン

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「うっわ、お前それどうしたんだよ!?」

 紅潮した頬は、明らかに分け前を期待しているからだ。
 喜色満面に自分を出迎えたリッドを(ちなみにいつもはちらりと一瞥して、「おー、お帰り」くらいのものである)反して苦虫を噛み潰した顔で見返しながら、キールは腕の中から十数個もの菓子箱がこぼれ落ちぬよう、慎重にドアを閉めた。リッドの座るベッドにまで歩み寄り、シーツの上にそれらをばらまく。

「うわー」
「…食べたければ食べていいよ」
「マジで!?お前は?」
「僕はいい」

 ただでさえガラスを何枚も重ねたような白い顔が、更に酷い顔色になってしまっている。せっかくのきれいな包装を不躾に破り捨て、中におさまっていた凝った作りの一口大チョコレートを見るや否やばくんとかぶりつき、その甘味がごく普通に店で売られているそれとは一味も二味も駕したものだということなど全く気付かず、がつがつとひたすらに腹に収め…そうして、6箱目でようやく一息ついた頃。リッドはそのことに気がついた。

「キール、お前なんか顔色悪くねえ?」
「………まあね」

 ゆえに、彼が思わず苛立った声で返したのも仕方がないことだ。
 しかして、この時のリッドは大量のチョコレートを前にしてご機嫌そのものだったので、やはりそんなことは気にもとめなかったわけだが。

「ったくか弱いよなー、今度は何だよ?風邪でもひいたか?」
「…少し疲れてるだけだよ」
「疲れたぁ?何で。だってお前、買い出し行って来ただけだろ。どっか寄り道したのか?」
「いや、……リッド」
「んあ?」
「今日は一日、宿から出るなよ」

 憮然とした表情。…が、目元はかすかに赤く。
 リッドの空を思わせる澄んだ水色の瞳が、きょとんと見開かれた。

「…なんで?」
「どうしても」
「俺、剣の手入れに鍛冶屋まで行こうと思ってたんだけど」
「明日にしろ」
「だって明日の昼には出発だろ。またファラの奴怒んぞ?用事はさっさと片付けとけって、大体、いっつも一緒になって怒るのお前じゃんか」
「とにかく駄目なものは駄目だ!」

 至極真剣な顔で叫ばれた。
 リッドはただぽかんと大口開けて、そんな幼馴染の顔を見上げている。
 からん、
 乾いた音をと共に、空いた菓子箱がひとつ、床に転がり落ちた。

「…お前、今日なんかあったのか?」
「……、」

 赤髪の少年は、ため息ひとつ。
 ったく俺よか何倍も頭、いいくせに。
 いつまで経っても、相変わらず。

「相変わらず嘘ついたり誤魔化したり、下手だなー」
「…うるさい」
「何があったんだよ?」
「………。」

 青髪の少年は眉間に皺寄せ、
 こんなこと言えるもんかと、小さく。
 ん?小首をかしげたリッドを見やり、ふん、と鼻を鳴らした。
 頬は焼け付くほど、赤く、

「…つまりはだ」
「おー?」 
「この国では今日という日、女性が男性に贈りものをする習慣を持っているらしい。チョコレートが一般的だが、時にはカードや日用品、花、装飾具などその内容は様々で、なんでも元は宗教上の祭日だったそうだが、ある菓子業者が売上を伸ばすためにそういった習慣を捏造したそうだ」
「…へー」
「………。」
「それって要するによ」
「ああ」
「今日町に出ると、女の子がチョコをくれるってことか?」
「…まあ…」

 そうとも取れるな。などと。
 そんなことを言おうものなら、次の瞬間リッドがどんな行動に出るか、わからない彼ではなかったろうに。やはり、動揺はかなりのものであったらしい。
 案の定リッドの顔は嬉しげにぱあと輝いた。

「すっげえいい日じゃんか!俺、行って来る!!」
「待てーーーっ!!!」

 肩をがきりとつかんだところで、元より体力ではかないようもないキール。情けなくもずるずると引きずられながら、その表情は最早必死だ。

「なんだよ、離せって!」
「お、お前は分かっていないっ!この行事にはどんな含みがあるのかっ…」
「ふくみ??」
「だからつまり…、……その、いや、…」

 ぎゅうと眉寄せ、更に顔は赤く、
 ふと。キールは自身の首にはめられた、純白のチョーカーへ手をやった。

「…僕はこれがあるからあんなに囲まれたりしたのかもしれないけど…でもリッドだって……危険は女性にだけあるとは限らないし………、けどリッドに限ってそんな、…いや、むしろリッドだからこそ…?」
「…あー!ほんっとなんだよもう、ブツブツブツブツ苛つくなあ!とにかく離せっつーの!」
「い、いや、だ、駄目だっ!とにかく今日は一日、宿で大人しくしていて貰う!」

 懐に手を差し入れ、取り出したるはクレーメルケイジ。
 リッドは一瞬はたと唇を強張らせたが、ふん、と鼻を鳴らし、不敵に笑って。
 ぐうと拳をキールの鼻先へ突き付けた。

 

 

 

 

 そうして安宿の薄い壁のむこうでは。

「…誰かに告白されてるリッドなんか見たくないから、やだって素直に言っちゃえばいーのに」
「キールはリッドのことが大好きなー!」

 やれやれと嘆息するファラと、意味なくにこにこ笑顔のメルディが、やがて響き始めた騒音も遠く、義理チョコの失敗作をつぎつぎ口に運んでいた。

 

 

 

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