052:真昼の月

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 じっと見つめ合う、まんじりともせずにただ、ひたすら。静まり返った室内に響くのは、カチカチと剣呑に鳴る時計と、時折吹く風と、そしてこんな状況でありながら──いっそ大物だと言うべきか。すっかりきっちり眠りに落ちたナップが、すうすうと安らかな寝息を立てるその音のみ。

「…先生」
「…なんだい、ウィル?」
「一体、今、なにをなさろうとしていたんです?」

 レックスが、すう、と透けるような笑みを浮かべた。
 ちなみに目がちっとも笑っていない。
 且つ、ナップに覆い被さったままの体はかちこちで、腕が特に激しくぶるぶる震えている。

「なに、って、…ただ俺はナップの上掛けが乱れてたから直してあげようと…」
「上掛けを直すのに、額にキスをする必要性は全くないと思いますが」

 ずばんと切り捨てられる。
 実際に刃が体を突き通したわけでもないのに、レックスが胸を押さえる。窓から差し込む月明かりが、その額に浮かぶ無数の汗のつぶを晧晧と浮かび上がらせている。

「更に言うなら、髪や首筋を撫でたり頭を撫でたりじっと寝顔を見つめたりあまつさえ唇に」
「わーわーわー!」
「…静かにして下さい。ナップが起きてしまうじゃないですか」
「…すみません」

 闇夜の中でも一見してわかるほど頬を染めて、ばたばたと腕を振り回す。ウィルはむっ、と明らかに顔をしかめて、けれどあくまに冷静に、言った。慌ててぱっと自身の口を押さえて、レックスはしおしおと項垂れて心底情けない声で、言った。

 

 

 

 レックスとナップが二人で暮らすこの家に、無事、軍学校を卒業したウィルが戻って来て共に暮らし始めたのは2週間前のことだ。
 島を出て行くときには確かにナップと変わらぬ年頃、同じくらいの背丈で華奢な子供であった彼だが、まさに見違えるほど背も伸び、相変わらず細身ながらも体格も大人のそれに近付き、物腰やわらかな理知的な青年へと変貌を変えていた。時の流れの違いとはこれほどかと、少し物悲しさもあったがそれはそれ、二人にとって可愛い教え子と旧友には変わらず、仲良く三人でやって行けるものと思っていた。
 ただ、しかし、
 事態は、昔とは違っていたのである。

「………。」

 息をつき、不意にすいと立ち上がり軽く上着を羽織ったウィルに、外へ行こうと言うのだとレックスも慌てて上着を羽織った。日中はぽかぽかと暖かく、常に温暖な気候のこの島だが、さすがに夜ともなれば寝巻のみでは肌寒い。
 外は、木漏れ日の月明かりが白く美しい、静かな満月の夜だった。ゆっくりとウィルは井戸の端に腰掛け、目で隣りに座れとレックスに命じた。レックスは素直にそれに従い、恐る恐るそこへ腰掛けた。

「回りくどいことは不要ですね。単刀直入に言いましょう、…合意ですか?」
「えっ…あ」
「つまり…」

 ふう、とひとつため息。そして少し考え、

「…既に先生とナップは、…そういった関係にあるのかと聞いているんです」
「う……」

 レックスは今や、いっそ哀れなほどに狼狽し切っていた。このままふらりと倒れ込み、井戸へと投身自殺してもおかしくないほどに、真っ赤になって、生まれたての仔やぎの如くぶるぶると震えていた。けれど、ややあって、決心を固めたのかぐびりと唾を飲む音が聞こえて、

「……そうだ、うん、…そうだね、合意、いや、相手は寝てた訳だから完全にとは言えないけど、でも、その、…」
「…常日頃からああいった行動に及んでいるから今更、ということですか」
「べっ別に、つ、つねひごろってそんなにいっつもしてるわけじゃ!」
「…ふうん」
「………。」

 ウィルはまた、もうひとつ息をついた。
 そして特に整えている訳でもないのに、きれいに整った眉を人差し指の横腹で押さえて、何事か黙々と考え込んだ。
 ひゅう、と風が吹く、
 かさかさかさ、二人の足元を落ち葉が巻かれて飛び去って行く。
 一体どれだけの間、黙ってそこにそうしていたのかあまりに張り詰め過ぎていてレックスにはわからなかった。だから不意に、ウィルがすいと立ち上がった立ち上がった時、突然時間が動き出したように感じ、危うく本当に井戸の中にひっくり返りそうになってしまった。

「なっ!」

 慌てて腕を取られ、引き戻される。

「何をしているんですかあなたは!危ないじゃないですか!」
「ごっ、ごめっ………、…ああ、あー、び、びっくりした…」

 息をつく。よれよれと顔を上げると、月明かりの下透けるような、ウィルの緑の瞳があった。
 思わず息を飲む、
 確かに昔は、一回りも年齢の違う子供だったというのに、今は。
 見た目だけなら、レックスとそう変わらぬ歳に見えるのだ。

「…そんなにびくびくしなくても、僕は別に…責めている訳じゃありませんよ」
「え…」
「ただ」

 ぐいと助け起こす。立ち上がり向かい合ったその顔は、ほぼ真正面にあった。

「…すこし、…頭に来た、だけですよ」

 その、静かで、ひやりと冷えた切れ長の目が。
 やにわに、ゆらりと。
 熱を帯び、吐き出した息はかすかに熱く。

「…ウィル」
「…なんですか」
「それって…どういう」

 目をしばたきぽかんと尋ねる、

「…それくらい、自分で考えて下さい」

 ゆっくりと瞬き、ウィルは踵を返した。
 呆然と立ち尽くし、それからたっぷり2分も固まった後、レックスは慌てて自宅へと駆け込む。
 山あいがうっすらと白んでいた。

 

 

 

 

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