053:壊れた時計
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バキン。
そんな音がして。
オレの左の手首にはめられたそれは、見る影もなく瞬時に岩壁に叩き潰された。
「…………。」
「…仕方ないじゃないか、ナップ?」大きな手のひらがオレの頭を撫でる。よしよし、よしよし、宥めるように。実際、宥めているのだ。オレがあんまりにもへこんでるから。だって、
「気にすることないよ。…形あるものはいつか壊れるものなんだから」
「けどっ…」一生大事にしようと思ってた、宝物、だったのに。
大事にするって約束して、貰ったものだったのに。
なのにオレが油断して、大した敵じゃないなんて思って、不意を突かれなんかしたから、
オレはぶん殴られて、弾き飛ばされて、岩壁にしたたか体を打ち付けて。
それだけならまだいい、オレのせいでそうなったんだ、痛くたってがまんできる。だけど。
あの日、先生から貰った異界の時計。
先生のお父さんの、形見の品だというそれを、…オレは今日、まんまと叩き壊した。
「〜〜〜…」
喉の奥がつんと塩辛い。手のひらの上の、ぐしゃぐしゃになった腕時計がじわあと滲む。大人用でオレの腕には大分大きかったから、アルディラに調整して貰って。毎日毎日飽きずにはめ続けて、少しずつ傷がつき、少しずつ皮の色が褪せ。それが嬉しかった。何度も見ては服の袖で拭って、きれいにして。
…大事に、してたのに。
ぼろ、と、
オレの瞳からついに耐え切れず。大粒の涙がひとつこぼれて、銀盤にぱちんと弾けた。
慌ててごしごしと腕で擦る。この上、泣き出して更に先生を困らせるようなこと、したくない。「ナップ、…そんなに強く擦っちゃいけないよ」
先生の腕が伸びて、やんわりとオレの腕を取った。鼻をすする。きっと物凄く情けない顔をしてるに違いない、オレは俯いて先生から顔を隠した。心臓がやたらと高鳴る。先生、先生のお父さん、ごめんなさい。せっかく貰ったのに、オレ、大事にできませんでした。
先生がふと、息をついたのが、聞こえた。
そして、次いでカチリ、と肩から剣をとめる帯を外す音。
少しだけ顔を上げた。
その瞬間、ふわりとオレの肩を赤が包み込んだ。
驚いて顔を上げる。先生の白いシャツが目に入った。見るとオレの肩には先生の赤い上着、一番のお気に入りで、いつもいつも着ている、あの。「…せんせい…?」
「やっぱり大分大きいね」苦笑しながら言う、確かにオレと先生とじゃ体格がまさに大人と子供ほど違うから、赤い上着は肩の位置からしてまったく合っていない。先生の意図がわからなくて首を傾げると、先生はそれでも無理に上着の前を合わせて、オレを赤いテルテル坊主に仕立て上げた。そしてぽんぽん、ともう一度、頭を。
「時計の代わりっていうのも、変だけどさ」
「………。」
「大事にしてくれよな?」にっこり、笑って。
オレの頬を撫でて。そのせいでまた涙が落っこちたので、先生は慌てて親指できゅっと拭いた。
(…大人になったら)
そうしてオレの箪笥の中には、いつの日かの出番を待つ赤い上着と、箱に収めた壊れた時計がひとつ、静かにのんびり眠っている。
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