058:風切羽
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トオン。
そんな音が響いた。はっと視線をやれば、既に彼女の姿はそこにない。腰の短刀をキリと引き抜き、敵の只中。頬をかすめる敵の切っ先をくぐり抜け、剣を滑らせ、そうかと思えばその淡いくちびるには術の詠唱。パア、と手のひらの中、光線が走る。轟音と共に、悪魔はその身を闇へと送還された。
…スゲエ。思わず呟いた。「リューグ、ぼっとしてんじゃないよ!来たよ!」
「分かってるよ!」モーリンの叫びとほぼ同時、飛びかかって来たはぐれの腹を縦一文字にずばんと切り裂く。次いで飛び掛って来たはぐれには、兄の槍がぎゅうと伸びた。耳に残る嫌な叫びを上げながら、地に伏すはぐれの絶命を確かめてから、顔を上げた時には、
既に、辺りに自分たち以外に動くものはなかった。
「はい、じっとしていて下さいね」
「うう…ア、アメル、…優しくね…?」
「はいはい」にっこりと天使の笑顔を浮かべながら、アメルはたっぷりと消毒薬を含ませた脱脂綿を、問答無用で傷口に押し当てた。声にならない声を上げトリスは悶絶したが、がっちりと腕をつかまれてしまっているので逃げることは敵わない。情けない顔をして手当てが終わるのを待つのみだ。
仕舞いにぺったんとFエイドを貼られ、「はい、おしまいですよ。痛かったですね」
「ううう…ほ、ほんとに痛かったよ〜〜…」
「単身で敵の渦中に飛び込むなんて、無謀なことをするからだ。これに懲りて次からはもう少し、考えて行動するんだな」
「ネス、冷たい!可愛い妹弟子が痛いって泣いてるのに!」
「ああそうだな。自業自得でなければ、もう少し心配してやってもいいんだがな」
「ううう〜〜!」涙目でむくれる姿は、まるで小さな子供。
…だってのに。
口中のジュウユをしゃくん、噛み砕き、その甘味とは裏腹に表情は硬く息をつく。
彼女は世の調律者。
まだほんのいたいけな子供の頃。力の使い方を知らず、町ひとつ吹き飛ばしたことすら、ある、
自分などとは、…例えどれだけ俺が、ひた走ろうとも、「リューグ?」
「…、う、わっ!?」不安げな声が聞こえた。
はたと顔を上げれば、大きな紫の瞳が眼前、自分を覗き込んでいた。
驚き、思わずのけぞる。カッと頬に朱が差すのが分かった。「な、何だ!」
「や、何だって…。さっきから呼んでるのに返事しないから、どっか痛いのかなって。プラーマ呼ぶ?」
「…いらねえよ、もう治った」瞳と同じ色の石を手に取り、心底なんの含みもない言葉で、トリスは、
…ああ、畜生。
細っこい腕に、その白さにはどこか不釣合いなバンドエイドが一枚。
リューグの口中には、ジュウユの甘味。
憎らしい。情けない、…悔しい、頭が痛い。
「なんて顔してんだい、あんたは」
「…うるせえよ」何でお前ここに居るんだ。いいだろ、どこにいようとあたいの勝手じゃないか。
再開発地区。どちらにしろ叩き壊すもの、どれだけ当たっても咎められないがらくただらけのその場所で。真っ赤な顔で汗だくで、無闇に斧を振り回していたリューグに、モーリンは呆れた声色でそう言った。「ったく、すぐ煮詰まるねえあんたは。今度は何さ?」
「お前にゃ関係ねえだろ」
「あー関係ないけどさ」にべもなく言い捨てようが、顔色も変えやしない。
可愛くない奴。互いに思いながら、それでも会話は途切れることなく。「…しょうがないだろ、…相手は調律者だよ?」
「……っ、…はあ?」何そんなことまで見抜いてやがんだよお前は。
その顔にはありありと羞恥と怒りが浮かび上がる。(全く分かり易いねえ)
思わずくすりと笑んだモーリンも、そんなことを思ったとか、思わなかったとか。
「あたいもさあ、今までそんな話にゃちっとも縁がなかったからさ。助言なんかは出来ないけどね」
「別に求めてねえよ!!」
「とりあえずは、…まあ、頑張んなよ」あの子は自分の方が強いとか、どっちがどうとか、気にするほど退屈でもないけれど、
それでもあんたは。それじゃ納得行かないんだろうから。「望みはゼロでもないと思うよー?」
「う、うるっ…だから違うっ、……俺は別にあんなコドモ女!」
「顔真っ赤だよ。ちったあ頭冷やしな」
「黙れー!」ブオン、風切る斧をひらりと避けて、
朗らかなモーリンの笑い声が青空に響いた。
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