063:伝染
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「…全く、伝染りそうだよ」
「なにが?」へらへらへらへら、しまりのない顔で笑いながら膝の上の子を撫でたりぎゅっとしたり時折そのまま頬にキスしたりを繰り返す弟分を殴り付けたい衝動を、俺は必死に堪えていた。
別にその結果こいつが怪我しようが泣こうがわめこうがそんなことはどうだっていい、ただ、膝の上の子は驚いて泣くかもしれない、…いや、十中八九泣くだろう。それは嫌だ。だからじっと我慢している、このバカの所業を黙って傍観している。不味いコーヒーを行儀悪くずるずる啜りながら。…ホントに不味ィよこれ、誰が淹れたんだ…ああ、こいつか。多分俺の飲むコーヒーの味なんかどうでも良かったんだな、それなら仕方ない。やっぱり後で一発ぶん殴ろう。この子の見てないところでこっそりと。「……お前、せっかく遠路はるばる遊びに来てやってんだからちったぁもてなせよ」
「もてなしてるだろ、椅子に座らせてコーヒー出してるじゃねえか」
「………。」
「あ、あの、ジタン…ブランクお兄ちゃん、可哀想だよ。皆でお話しようよ、ね?」おろおろとバカの膝の上の子、──ビビが言う。
ジタンはそれにとろけそうな笑み…そう、嫌なことに俺にも解るくらい甘ったるい顔だ、を浮かべて、ビビの髪をよしよしと撫で、梳いた。「優しいなあビビは。いいんだよこんなツギハギパンツ、気にしなくても」
「…お前な…」ぐったりと肩を落とす。なんか怒る気力もなくなって来た。
そんな俺を見て、ビビは尚のこと更におろおろとしている。そしてじたばた暴れてジタンの膝から逃げ出した。トテテ、とおぼつかない足取りで俺に駆け寄る、ジタンは呆然としている。どこか色合い自体が褪せた様子で。「ごめんねお兄ちゃん、あの、ボク、お茶淹れなおしてくるよ。それ、もう冷たいよね?」
「…ああ、ありがとうな、ビビ」懸命に言う。可愛い。そのやわらかそうな髪をぽんと撫でてから、クソ不味いジタン製コーヒーをビビに素直に手渡した。
確かに可愛い、文句なしに可愛い。このバカがめろめろになるのもちょっと、いや大分解る、…やべえなほんとに伝染して来ちまったか。
こぼさないようしっかりと両手に包み込んで(なにしろあまりの不味さにほとんどカップ満タンほども残してしまった)そろそろとキッチンへ。その小さな肩が見えなくなった瞬間、「…ビビに触ったな」
待ち構えたようにジタンがタンカを切った。
「あー。お前の後ってのが気に食わねえがな。汚すなよ、あんな可愛い子を」
「そりゃこっちの台詞だ、宝貝人間!」
「訳の解らねぇ呼称で呼ぶのはやめて貰おうか」冷静に言った。それが尚のこと気に食わなかったらしい。ジタンは鼻息も荒く俺を睨み付けた…おー、尻尾が膨らんでやがる。怒った時のこいつの癖だ。ああ、面倒臭ぇ。俺はわざわざこんなもん見にこんなとこまでやって来たのかよ?
「はい、お兄ちゃん、お待た………ジタン?しっぽ、ぶわーってなってるよ、どうしたの?」
トテトテ、ビビが茶を持ってやって来る。そしてきょとん、首を傾げた。
途端にジタンの尻尾は元どおりになり、相貌も甘ったるいそれに変わった。
…器用な奴だ。俺はむしろ感心してそのさまを眺めた。
茶を啜る。…美味い。「美味いよビビ。茶、淹れるの上手いんだな」
「あ、ありがとう。あの…288号に教えて貰ったんだ」
「288?…ああ、あの一人だけ頭良さそうな黒魔道士な」
「うん、本当に色んなこと、知ってるんだよ。お話してると、すごく勉強になるんだ」嬉しげに言う、頬が淡く染まっている。きっと本当に好きな近所の兄ちゃん、なんだろう。ジタンはそんなビビを見て、怒りはしないものの不貞腐れてはいる。そして拗ねても。…わかり易い。お前、一応この子より7つも年上なんだろうが。
「ブランクお兄ちゃん、今日は泊まって行くよね?」
ことり、と首を傾げビビが言う、
ビキリ、とジタンの額に青筋が走る。
…確かにそのつもりだったんだが、…なあ?どう答えたものか。俺は頭の中に選択肢を二つ用意した。
一つ、可愛い弟分の意思を尊重し、またこの遠距離を夜通し必死に帰る。
一つ、可愛いビビの言葉に甘え、バカはほっといて美味い料理と暖かなベッドにありつく。
考えるまでもなかった。
「ああ、そのつもりだ」
「…帰れ!」
「嫌だね」俺はジタンににっこりと笑いかけ、そしてビビの頭を再び撫でた。
今度はもっとゆっくりと、梳くようにやわらかく…「ウガーーー!!」
「おお、トランス」閃光と共に異形の姿に変身したジタンをせせら笑い、俺は剣を抜いた。
辺りはようやく夕闇に落ち始めた時分。時間はまだまだたっぷりとある。
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