074:合法ドラッグ
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「…スバル様」
「ん?」
「一体、…なにをなさっているのですか」
「…んー」きょとん、とただでさえ大きな瞳をこぼれそうなほど見開いて、スバルはころり、と布団の上、寝返りをうった。恐らく布団の乱れ具合から察するに数十分はここでこうしていたに違いない、…そう、自分が風呂からあがって自室に戻るまでの間、ずっと。
更にはの証拠に枕もとには読みさしの本が一冊、キュウマが障子をくぐると同時に投げ捨てられ憐れにも打ち捨てられている。
そんな粗末な扱いをするものではありませんよ。
常ならばすかさず言うところ、
…が、今の彼は全くそれどころではなかった。「だって」
「…は、あ」
「別に、…たまには一緒に寝ようかなって、思っただけだよ」
「…は、い?」
「ダメ?」起き上がり、こくん、首を傾げる。母親ゆずりの烏の濡れ羽色の髪が、やわらかくゆらり、揺れる、何度もころころ転がったものだからすっかりはだけてしまったくしゃくしゃの寝巻の合間から、真っ白な足が胸元が、のぞく。
キュウマは。
今すぐ脱兎の如く逃げ出して、崖から投身したくなった。
が、常日頃からして表情の固い彼はそれを上手く表現することができなかった。ただぴくりと眉を跳ね上げて、眉間に深く皺を刻んだ。そして石のようにその場に立ち尽くしていた。障子を半分開けて一歩部屋へと入り込んだ、その体勢のまま。「…おいら、いたらジャマ?」
当然、スバルはしゅんとうなだれた。
キュウマは引き付けでも起こしたかのようにビクンと一度大きく痙攣し、「い、いえそんなことは!では、もう一組布団を貰って来ましょう」
慌ててそんなことを言い放った。
スバルは一瞬ぽかんとして、そしてすぐにむっと頬を赤くすると、すっくと立ち上がりぺたぺたとはだしの足でキュウマへ歩み寄った。同じくぽかんとしてその様子を見守っていると子供はぷいと彼の横をすり抜け、「じゃあいいやい」
「…え?」
「一緒に寝るの、いやならいいよ。おいら、部屋戻る」うぐいすの廊下へキュッと踏み出した。
驚いたのはキュウマだ。
先ほどまでの鉄面皮もどこへやら、あからさまにおろおろとして目元へさっと朱をのせて、行こうとする…しかし明らかに歩みが遅い、スバルを…さっと右腕で押し留めた。「ス、スバル様。なにも自分は嫌などとは一言も言っておりません」
「でも布団とってくるんだろ。一緒、じゃあ嫌なんじゃん」
「それは……」色んな意味で安全を確保するための。
…などと言ってもこんな幼子には分かるまい、いや、自分と同じ年頃の男に言ったところでも理解はされ難いだろうが。ましてや主である鬼姫に知れたら瞬時に風に巻かれそうなものだが。
とにかくキュウマはぐっと口篭り、ただひたすらかあと浅黒い肌を朱に染めた。
スバルはじいい、と、怪訝そうな顔でそんな…彼にとっては父替わりの青年を見上げ、「…やじゃないの?」
こくり、と首を傾げる、
キュウマはいっそはぐれ召喚獣の群れに身を躍らせたくなる。「………勿論です」
けれどなんだかんだで、所詮は彼とて一介の、ごくごく普通の恋する男、
その対象に問題はあれどもこんな千載一遇のチャンスを逃すはずもなかった。大丈夫、…大丈夫、
この間なんて一緒に風呂にまで入っただろう、きっと、…あれ以上の地獄など。キュウマはすいと跪き、ふと、笑みを浮かべてみせた。
きっと上手くは笑えていないだろうけれど。それでも、少しでも。「怖い夢でも見ましたか」
「…そんなんじゃないけど」
「では?」
「ナップにいちゃんがさあ」
「…? ナップ?」何故今ここに、その名が出て来なければならないのか。
キュウマが首を傾げた瞬間、スバルはなんの鬼無しにぽろりと言った。「先生とさ、いつも一緒に寝てんだって。だからおいらもキュウマと寝たいな、とおもって」
「……え…?」──ちょっと待って下さい。
…いや、でも、確かあの船では、…二人の部屋は別々だったような……「先生といっつも一緒なんていいなあって」
「…そ、れは、」
「あっつくないのかっていったらそりゃ暑いけど、って真っ赤になってた。でもさあ、今夜なら割と涼しいし、おいら一緒でもキュウマ暑くないよな?」
「そう、…ですね」ああ、お優しい子に育たれて。
そんなことを思って、無理矢理に脳内から今の情報から意識を逸らそうとしたが、あまり上手く行ったとは言えなかった。最早その顔は下世話な想像で角まで赤くなってしまっている。キュウマはすっくと立ち上がり、ともすれば震え出しそうな体を押し留めながらつい、今頃は同じく小さな手を握り締めてやっているのだろう青年のことを思い浮かべた。
すうと障子が閉じる、
──男二人がある意味での親友となるのは、そう遠くない未来。
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