085:コンビニおにぎり
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しとしとしとしと、外では飽きずに雨が降り続いている。口を開けてもいないダンボールの山の中に埋もれながら、ハボックはその様子を飽きもせずにじっと眺めていた。否、飽きるだとかそんな感情すら沸き起こらなかったといった方が正しいか。
「……、…ンさん…」
パンツ一丁、シャツを引っ掛け心なしかやつれ青褪めた顔でぽつり、呟く。
そして言葉が音になって外に漏れ出すと同時、町を濡らす雨さながらさめざめと涙をこぼす。
毛布もシーツもぐちゃぐちゃに絡まったベッドの上で枕を抱き締めしくしく泣き続ける成年男子。
エドワードは問答無用でその背を蹴り飛ばした。「いっでえ!!」
「なあにやってんだよ、あんた…」そして蹴り飛ばされて悶絶する男を見下ろしながら、げんなりとため息をついた。
がばりと身を起こし、なんとかして蹴られた背を撫でようとまるでストレッチでもしているかのような妙な体勢でじたばたしながら、ハボックは涙目でエドワードをきっと睨み上げた。「そりゃこっちの台詞だ!…どっから入って来やがった!?」
「何回チャイム鳴らしても出て来ないから」すいと背後の壁を指差す。
見事に開いた大穴の向こうで、雨がばしばし地を濡らしている。「ちょっと軽ーく、道作らせてもらった」
「…ノオーーー!」頭を抱えて、どこから出て来るんだその声は、と言いたくなるような金切り声で叫ぶ。当然エドワードはしれっとして耳にきっちり栓をはめている。
ひとしきり叫び終え、どうしようもなくなったらしくまたも床にうずくまってしくしく泣くハボックに、エドワードはゆっくりと、子供をあやすように言った。「大佐に頼まれたんだよ。どんだけ電話しても出ないし、今頃部屋の隅でキノコの一本くらいはやしてっかもしんないから様子見て来てくれって」
「それで部屋に大穴開けんのか!どーすんだよ入ったばっかなんだぞ条件合うとこ見つけんのスゲー大変だったんだぞー!!」
「大丈夫だって、あとで練成しなおすから」
「…直るのか?直らなかったら弁償しろよなお前!」
「平気平気、ちょっとくらい模様とか形とかおかしくてもきっと誰も気付かないだろうし」
「気付くわぁーーー!!」
「なーんだでかい声出せるじゃん。元気になって良かった良かった」
「良くねえぇーーー!!」既に、流れる涙は血の色をしている。
すっかり元気を取り戻したハボックが殴りかかって来ようとするのを軽やかにかわしながら、エドワードは持っていた小さなビニール袋を、ぽんとその手の中に押し付けた。そしてくるりときびすを返し、自ら開けた大穴のまわりをじっと丹念に調べ始めた。「…なんだよ、こりゃ」
「差し入れ」がさがさと袋を探る。
出て来たのは、「…こんな、傷心の、ハートブレイクな人に、コンビニおにぎりって大将、お前」
「いくら醤油と鮭ワカメだ」ぱぁん、と手を打ち鳴らす。弾けるような音がして、電流が両手にほとばしる。間髪入れず、バシンと瓦礫だらけの床へ押し付けた。先ほどとは比べ物にならぬほど眩い閃光が一瞬、部屋を満たし、次の瞬間には。
「一個220円もした」
「…どうも…」正直に言って、カビも汚れも崩れもなくなり元より数段美しくなった壁が、そこにあった。
「おまけにアロエジュースとプリンもつけてある。どう?」
「最高です」
「そりゃ良かった。えーと、雑巾どこ?」
「んあ?」
「雨、部屋ん中入っちゃったから。拭かないとさ」
「あー…えーと…」
「ないの?」
「…たぶん」
「掃除とかしないのかよ…。まあいいや、じゃあ、どうでもいいTシャツとかあったら一枚くれ。そして服ぐらい着ろ」ん。とぶっきらぼうに手を差し出し、呆れたように言う。
ハボックはじっと、その顔を見た。
エドワードは怪訝そうな顔をして、なんだよ早くしろよと言わんばかりに差し出した手をぱたぱた振ってみせる。けれどハボックは動かなかった。そして相変わらず、呆けたようにエドワードの顔を見つめ続けていた。
なにか、寒気が背筋を走った。
そうエドワードが感じると同時だった。「…お前さ…」
「な、…なに」
「お前、意外と、いいやつだな」
「い、今頃気付いたのかよ。俺ほどのいい男もそういないぜ」
「うん」
「うん、って………気持ち悪いな…なんなんだよ」
「ていうか」
「へ?」
「むしろ可愛い」
「…は?」眉間の皺が通常時の三割増で刻まれる。ハボックは心なしかもじもじと体を──縞模様のトランクスにシャツ一枚の格好でだ──揺らしながら、やにわにぽっと頬を染めて、
「見舞い、来てくれてありがとな。…エド」
「なっ名前で呼ぶな!!てか、うわ気持ち悪、そっと歩み寄るな!なんだその手!」
「なにってなに」
「動きが気持ち悪いんだよっ…ギャー!なっ、なにすっ、離せ、離せ離せ離せマジで離せよこの野郎!」
「あーちっちゃくて抱きごこちいいなあー」
「誰が豆粒ドチビか変態野郎!…今すぐ離さないと実力行使に出るぞこの野郎、いいんだな、よしいいんだな!…あっ!?こ、こら、練成陣結べねーだろ手ェ離しやがれコラー!」
「ありがとうございます大佐……」おかげで俺、明日からは元気に出社出来そうです。
幸せのあまりハボックはうまく立っていられなくなり、よろめき、倒れ込んだ。
そして倒れ込んだ先は丁度良いことに、…多少シーツはぐしゃぐしゃだったものの…ベッドの、上。
7秒後。
「…いやぁああぁあ────!!!」
いっそ清々しいほどの断末の悲鳴が、辺り一帯に響き渡ったという。
そして、
「確かに様子を見にやらせたのは私だ」
「はい、ありがとうございます大佐!おかげで俺、もうすっかり……」
「だが」
「へ?」
「…何も手を出して良いとまでは言っていない!」
「…ぎゃああああ!!」次の日、突如として炎上したロイ・マスタング大佐執務室から、見事丸焦げとなった男の焼死体が発見されたとか、されなかったとか。
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