088:髪結いの亭主
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「ルヴァイド、居るー?」
「ああ」
「入っていー?」
「…ああ」
「お邪魔しまーす」顔を出して来ずとも、そもそもノックされずとも、誰が来たのかは既に気付いていた。
案の定ひょっこり顔を出して来た少女に、ルヴァイドは読み止しの本をとじ、肩膝に伏せる。少女──トリスはそのただでさえ大きな瞳を更にくるりと見開いて、トットットッ、足取りも軽くこちらへ歩み寄る。「なに、読んでたの?」
「伝記だ」
「誰の?」
「派閥の創始者たちのものだ、ラウル殿にお借りした」
「…面白い?」
「ああ」表紙を見せてやった途端、軽く眉をしかめる。どうもお気に召さなかったらしい。
確かに内容は少し固い文章ではあるからな。苦笑を浮かべたルヴァイドに、トリスがむっと唇を尖らせる。少しばかり過保護過ぎる感のある彼女の兄弟子の気持ちが、なんだか解る気がした。無防備過ぎる。仮にもこの間まで敵であった男にする表情ではない。「…で、何か用か」
「あ。…そうそう、えーっと」しかしそれは自分にも云えた言だ。
さり気なく助け舟を出してしまう自分に息をつきながら、尋ねる。途端、トリスがはっとばかりに顔を上げ、ぱたぱたとポケットをまさぐり出す。そして小さな袋を取り出し、さっとルヴァイドに差し出した。
受け取る。結構重い。中に固くて小さなものが入っているのが判る。「…これは?」
「あのね、とりあえず8,000入ってるから」
「は?」
「それで、明日までに剣を選んで来ておいて欲しいんだ」もし足りなかったら後で渡すから、立て替えといて。そう言い残して、それじゃねと、なんでもないように立ち去ろうとするその小さな後ろ姿を、
…ルヴァイドは堪らず呼び止めた。「ん?」
くるり、振り向く彼女に、
「…いい」
「え?」
「剣なら自分の金で買う」
「…なんで?」
「…何故、……いや、トリス」困ったように眉を顰める。そんな顔のルヴァイドは初めてだったので、トリスは尚のこときょとんと瞳を見開いて、首を傾げた。
「…ルヴァイド。別にこのお金、あたしのお財布から出てるんじゃないのよ?皆が武器とかお薬とか買う用の、共同財産なんだから、なにも遠慮なんかしなくたっていいんだよ」
「いや、しかし、…俺は…」
「居候だからとかこないだまで敵対してたからとか言ったら、怒るからね」
「…む」
「…あのねー」ふう。溜息をついて額を押さえる。
「…簡単に割り切れないのは、わかるけど…そういうとこでは遠慮しないでよ。あなたはもうあたし達の大事な仲間だし、戦力なんだから、きちんと武具は揃えて貰わなくちゃ。刃こぼれのある剣なんかで戦って、ここぞって時に折れたりしたらどうするの?」
「………。」
「わかった?」ことり、と首を傾げ、見上げる。迫力は全くない、…ない筈なのだが。
何故こんなに気圧されるのか、(……、…眼か)
彼女は視線が強い。
言葉をそのまま眼に乗せて、真正面から人を射るからだ。
敵わんな。
自嘲の笑みと共に、ふと息をつく。「…それなら頂こう、ただ」
「ただ?」
「出世払いということにしようかな」ゆるやかに言う。トリスの強い瞳が、ぱっと見開かれた。それがなんだか、…とても心地良い。
そして瞳はにこりと楽しげに細まり、淡い唇は媚びを浮かべず大きく開いて、「あはは、それじゃ戦いが終わったら、ルヴァイドに食べさせて行ってもらおうかなー」
「お前一人くらい、軽いものだ」
「あー、結構あたし食べるんだよ?じゃ、覚悟しといてもらおうかな。…それじゃ、あたし皆のとこも行かなきゃいけないから」
「ああ、…ありがとう」ぱたぱたと駆けて行く少女を見送る、
そしてぱたん。とドアが閉じると同時、
…ふと。気付いたことが一つ。
ちょっと待て。
今、なにかおかしくなかったか。
「………。」
(いい歳をして、こんなことくらいで…)
やにわに赤らむ頬を己の手の甲で冷やしながら、
ルヴァイドはやれやれと肩を落としながら、本を置き、出掛ける準備を始めた。
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