090:イトーヨーカドー

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 魂、抜けてる。
 呆然と立ち尽くす彼の姿を『まさか卒倒したりしないよな』と観察しながら、
 ハヤトはぽつり、密かに胸内で呟いた。

 

 

「ハヤト、ちょっと買い物行って来て。ついでにキール君に案内でもしてあげたら?」

 事の起こりは、そんな母の一言。
 ハヤトは食い入るようにテレビを見つめながら時折、リィンバウム文字で何事かノートに走り書きを…時折ちらほらと、日本語らしきものも見て取れる…しているキールの首根っこを引っ掴むようにして、母の進言どおり買い物に出掛けた。頼まれたものは下着、シャンプー、パジャマ2着。加えて、夕食の材料。

「キール今、俺のパジャマ着てるからつんつるてんだもんなあ」
「…うん」
「…いや。申し訳なさそうにされると、余計傷付くんですけど」

 どうせ俺はチビだよ…。力なく呟きながら、辿り付いた大型デパートの出入り口をくぐる。かすかな機械音と共に、ドアが勝手に左右に開いた。

「ハヤト」
「ん?」

 くるり。呼ばれて振り向けば、何故か立ち尽くしたままのキール。
 自動ドアを間に挟み、互いに向き合う二人の横を、他の買い物客が怪訝そうに横目で見ながら通り過ぎて行く。

「どした?」
「…この建物の中、…全部が店なのか?」
「へ?」

 ぽかん。と瞳を見開いたものの、すぐに我に返り、

「あ、ああ、うん。こっちにはこういう大型店って、結構あるんだよ」
「そうか…。テレビで何度か見ていたが、こんなに近くにあるとは知らなかった…」

 どうやらこういった建物はかなり希少だと思っていたらしい。笑うよりもただ、「そりゃ、リィンバウムにはこんなでかい建物なんて城くらいだもんな」と静かに納得してしまったハヤトは、ぎこちなく彼が自動ドアをくぐり抜けて来るのを待った。どうして開くのか興味津々の様子で、きょろきょろと辺りを観察してやはり、他の客が怪訝そうに見られている。…ただでさえ、いかにも日本人の血筋ではないその顔立ちとすらりと伸びた長身は人目を引くのだ。
 何だかいたたまれなくなったハヤトは、どうやらセンサーに感知されるとこのドアは開くらしい、と気付き感心したように頷いている少年の腕を引き、無理矢理にその場から引き剥がした。

 

 そうして、話は冒頭に戻る。

「ハヤト、地図を見る限りではこの町に漁場はないはずだがこの大量の魚は一体どこから入荷されて来るんだ?」
「えーと…国中あちこちからとか、あとは、外国からかな」
「しかしこの世界には召喚術がないだろう。腐ってしまわないのか」
「凍らせて持って来るから平気なんだよ、冷凍車で。…えーと、次はピーマンかあ…うえ、嫌いなのにな〜」
「冷凍車……」
「キール、トマトとって。その赤くて丸いのが4個入ってるやつ」
「ん、あ、ああ、これかい?」
「…キール、大丈夫?」
「いや、うん、…大丈夫だよ」
「じゃあ次は…パジャマと下着で終わりだな」
「パジャマ。…寝巻か」
「…そう。寝巻。えーと、あ、ここだここだ、キール、どれがいい?」
「えっ?僕のを買うのかい?」
「……ここ来る途中で話してただろ、つんつるてんだもんなって」
「え、あ、…そうか」
「どれがいい?」
「…どれがいいだろう」
「………、…ええと、じゃあこのチェックのとかどうかな…」
「チェック?」
「柄の名前だよ。あ、うん、似合う似合う。どう?他に好きなのあれば、そっちにするけど」
「いや、いい。何でもいいよ」
「じゃあこの花柄にするか。おっ、キティちゃん発見」
「…ごめん、チェックのがいいよ」

 そんな会話を交わしながら、
 たかだかこれだけの買い物をするのに、疲れを滲ませた顔で二人が店を出たのは2時間半後のことであった。

 

 

 

「…はーー…」
「…何だか質問責めにしてしまったな。ごめん、ハヤト」
「いやいいよ。俺もリィンバウムじゃ、やっぱり皆に同じことしたし」

 玄関で靴を脱いで入ろうとして止められ、
 釣った側から魚をさばいてその場で塩焼きにして食べるガゼルにカルチャーショックを受け、
 買い物を頼まれても売っているものがどんな味なのかすらわからない。
 加えて召喚術に関しては、…散々目の前のこの彼に、迷惑をかけた。

「でも楽しかったな」
「うん、…そうだね」
「たかが買い物なのになー」
「ああ」
「今度はどっかちゃんと、遊びに行こうな。遊園地とか」
「ユウエンチ?」
「面白いんだぜージェットコースターとか!こう、空飛んでるみたいな感じでさ。絶対気に入るよ」

 ぱっと顔を輝かせ言うハヤトに、キールは薄く笑んで、
 ふと。ああ、思い出したとハヤトの髪を撫ぜた。
 どうして撫でられるのか判らず、ぽかんと瞳を見開いた彼に、

「こっちでは定番のデートスポットという所だったね。うん、この間特集していた」
「んなっ」
「楽しみにしているよ」

 にこりと微笑み、天下の往来で…たまたま誰もいなかったから良かったけれど…額に、キス。
 ハヤトは彼らを彩る夕焼けと同じくらいに顔を赤くしながら、
 小癪な奴。
 昨夜彼と見た時代劇を思い出しながらぽつり、呟いた。

 

 

 

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