091:サイレン

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 確かに今朝から、やけに背筋が冷たかった。
 今思えば、あれは警報だったんだと思う。
 …今更気付いても遅すぎるけれど。

 

 

 

「やっ、久し振り」

 爽やかな笑顔と共に現れたその男の姿を認めた瞬間、
 エドワードは床に崩れ落ちた。

「ど、どうしたの兄さん!?」

 突然床にもんどり打った兄にアルフォンスがビクリとその巨大な体を震わせながら言う、が、当のエドワードもそして来客も、彼の質問には答えなかった。エドワードは数秒の間、ただ指を彼に突きつけてみたり口をわななかせてみたり、…とにかく言葉が出て来ずにひたすら狼狽し切っていたが、ようやく。

「なっ…んで、お前がここに居るんだよ!!?」

 言うべき台詞を引っ張り出し、声高に叫んだ、

「だってエドに会いたかったからー」

 けれどあっさりと斬り捨てられた。

「…兄さん、誰この人?」
「こいつはっ、……、…?」
「エンヴィーだよ」
「名前なんか知るか!第五研究所スライサー兄弟の弟にトドメ刺して、俺の腹にケリ入れやがった野郎だよ、妙な女とヘソ出しスパッツ男が居たっつったろ!」
「あ、うん…って、ええーー!?」
「…ヘソ出しスパッツ男って、酷いなあエド」

 言いながらもアハハハ、と朗らかに笑うその顔は崩れることはない。事情を知らぬ者が見たなら、同じ年頃の少年二人がじゃれ合って遊んでいるのを鎧の騎士が諌めているようにしか見えないだろう、…そう、一方の少年が以前、一方に殺されかけたという事実を知らずにいたなら。

「と、とにかく!…会いに来たってなんだよ、また俺をどっかでボコる気か?」
「うーん、それも楽しいんだけどねー」

 にっこり悪魔の微笑み。

「でも、今回はそうじゃなくて、…こないだ会った時改めて見るとほんとに可愛くて未だに惜しいことしたなー、逃がさなきゃ良かったなーとか後悔しちゃってるもんだから」
「…は?」
「今日、やっちゃおうかなって思ってさ」
「…何を」

 じっとりと睨み付けながら問う、エンヴィーは邪気もなく笑って、

「だから具体的に言うと(※申し訳御座いません、放送禁止のコードが入りましたので割愛させて頂きます)…なことをしちゃおうかなと思って来たんだけど」
「……………。」
「まあ一言で言うと君を犯しに来たんだよ」

 わかった?小首を傾げて言うさまは、どことなく可愛らしくさえあった。
 エドワードは沈黙し、弟も同じくじっと貝のように黙り込んだ。どれだけの時が経っただろう、10分、20分、…いや、そう感じただけで実際はほんの数秒だった。永遠に停止するかと思われた世界は、エドワードの両手を打ち鳴らす音で突如目覚めた。
 バシッ、エドワードの手の間から、金色の閃光が走った。そう思った時には既にエンヴィーの頭上には巨大な一本の槍を携えた騎士が、彼の頭上に向け白刃を突きつけていた。

「おー」

 エンヴィーはそれを呑気に見上げた。
 そして、ポンと前に跳んだ。
 瞬間、たった今まで彼の立っていた場所に槍が物凄い轟音と共に突き刺さった。

「チィッ」

 舌打ちと同時にエドワードの手が再び打ち鳴らされる、そして両手を地面につく。金の閃光、さながら雷鳴がそこに生まれたかのようだ。それにえぐられるようにして、地面がビキビキと裂け割れエンヴィーを飲み込まんと追いかける、土が波のように跳ね、彼に覆い被さった。そして更にはアルフォンスが怒号と共にそこらの岩を持ち上げ、問答無用にぶん投げる。
 が、エンヴィーは、

「あははは、おっと、そんなんじゃ当たんないよー」
「…ウガー!!!」

 彼にとって重力は意味のないものなのか、もしくは足元にトランポリンでも練成しているのか。
 まさに飛んでいるかのような人間離れした(実際に人間ではないが)素早さと跳躍力でもって、それらすべてをあっさりとかわしまくった。それも実に楽しそうな笑顔で。
 ちなみにこの時、エンヴィーの脳内ではいわゆる、

『アハハハハ、待てよエンヴィー!』
『ウフフフ、捕まえてごらんよエド!』

 …という図が浮かんでいたのだが、素直に伝えるとエドワードの血管が一気に3本ほど切れる恐れがあるため懸命にもエンヴィーはそれを黙っていることにした。ちなみにアルフォンスは、最初から視界に入っていない。
 しかし本懐はそこにはない。エンヴィーはふわりと中空へ飛び上がると、エドワードの眼前に着地した。鼻と鼻が触れ合いそうなほど近い。エドワードは慌てて身を引きかけたが、

「目標物捕獲、直ちに撤収!」
「…うぎゃああああ!!?」
「にっ、兄さん、兄さーーーーーーーん!!?」

 あっさりと肩にかつぎ上げ、目にも止まらぬスピードで現場を離脱した。
 そしてそれより、軍も巻き込んでの必死の捜索も空しくエドワードは発見されず、
 4日後。町はずれで何故か制服(ブレザー)を着用した姿で発見された。

 なにがあったのかどれほど問い詰めても、彼は4日間の出来事を一言も語ることはなかったという。

 

 

 

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