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【1】
獄寺隼人は、同じクラスの沢田綱吉のことが心の底から大好きである。
綱吉がどこかへ行くといえばそれがどこでも一緒に行きたがり、何かをするといえば一緒にやりたがり、休日も何やかやと理由をつけては家に上がり込み、十代目十代目、と盲目的に主人を敬愛する犬の如く綱吉の後をつけ回す。
その行為はすでに友人のカテゴリを軽く飛び越し、うっかりとストーカーの域に突入しつつある。
中学二年生、十四歳。思春期真っ只中であり、それなりに女子に興味を持ち、恋だ部活だと忙しく青春すべき年頃に同い年の男子にばかり熱狂的にかまけてばかりの獄寺隼人を、彼がまだ幼いみぎりから知るシャマルは、自身、恋の素晴らしさに身を焦がす日々を送っているがゆえに尚のこと、さすがにちょっと心配だった。なので言ってみた。「なあ、隼人。お前、ボンゴレ坊主に忠誠尽くすのも悪いことじゃあねーが、女の子と付き合ったりしねーの? おじさんが言うのもなんだがな、この学校はなかなか良い物件揃いだぜぇ?」
こう、最近の子は発育もいいしな〜!などと実に下世話な手つきで話すシャマルを、ところがどっこい獄寺は軽蔑で絶対零度に凍った視線で射抜き、
「別に。女なんか興味ねー」
と、硬派に言い捨てる。
軟派代表のシャマルは信じられないものを見るような目で獄寺を見た。
なにしろそのときの獄寺の顔ときたら、軽蔑のほかにこうまで書き込まれてあったのだ。「オレのすべては十代目のものだ。オレは十代目のために生きている」。
ちょっと本当に、シャマルは彼が心配になった。「お前……アタマ大丈夫か? 女なんか、だと? 女より素晴らしいことがこの世に存在するか! ぶっちぎりで女のあとにようやく音楽、美味い酒でワンツーフィニッシュが世の習いだろ!」
「シャマル、テメー……」
「何だ」
「可哀相な野郎だな」あ、ダメだこいつ。脳味噌イッちまってる。
憐憫の情にあふれる獄寺の瞳をひどく遠くに眺めて、早々にシャマルは彼を諭すことを諦めた。だってもーこんな頑なな奴説き伏せられる気がしねーし。もうすぐデートの時間だからそろそろ出なきゃいけねーし。「ま、いーや、お前がそれで幸せなら。ともかく、あんまり坊主に無理は強いるなよ。男同士でもそのへんのケアはしっかりやれ。妊娠しないからいーってもんでもねえからな」
「はあ? ……なんの話だ」
「あ?」耳の裏に香水を吹きつけながら、シャマルは振り返った。
獄寺が、心底から怪訝そうな顔をしてこちらをぎろりと睨みつけている。「そのへんのケア? 十代目とオレに、なんでそんなもんが必要なんだ。テメー、ナンパのし過ぎで脳に虫でも沸いたんじゃねえか」
「……」シャマルはさっと財布をスラックスの尻にねじ込み、時計を腕に巻いた。
「そーかそーかならいいんだじゃあオレは行くからお前も早く帰れよな、オラ早く出やがれ鍵閉めっぞ!」
「お前が呼び出しだんだろーが。ったく、十代目が補習でお帰りが遅れてなけりゃ、来やしなかったのによ」ぶちぶちと言いながら保健室を出て行くその後ろ姿に、シャマルはそっと合唱を贈った。
祈りを込めて。
* * *
「十代目、おはようございますっ!」
「う、うん……おはよう、獄寺くん」
「今日もいい天気っすね! あ、鞄お持ちしますよ」
「えっ、いいよ! 自分で持てるから」
「いえいえご遠慮なさらず」
「いやいや遠慮じゃなくて」今日もいつものとおりの会話。獄寺隼人の尊敬すべきボスは、たとえ相手が他ならぬ右腕たる彼であっても、気遣いを忘れない奥ゆかしくもお優しい方なのだ。結局それからしばらく押し問答したあと、いつものとおり獄寺が十代目の意思を尊重するかたちでまとまり、二人はようやく、沢田家玄関を出発した。
季節はちょうど秋口に差しかかったところで、ようやくのことあの忌々しい夏を抜け出すことができ、獄寺は良い気分ですがすがしい朝の空気に満たされた通学路を歩いた。もちろん、たとえそこがサハラ砂漠のど真ん中であろうとも、こうして隣に十代目がいて下さるなら暑い・寒いなど瑣末な事柄ではある。だが、どうせなら程良い環境であるに越したことはない。生まれも育ちもイタリアである獄寺は、あまり暑いのは得意ではなかった。
だから、空の高い場所からヒュウとすこし冷たく感じるくらいの風が吹きつけて来たときもむしろ心地よく思ってそれを受けていたのだが、隣の十代目が不意にぶるりとその身を震わせたので、慌てて眼下にあるその小作りなお顔を覗き込んだ。「十代目。寒いんスか?」
「うーん……」十代目は微妙な顔をして、腕を手のひらでそっと擦った。
「なんか昨日の夜から、ちょっと調子悪くってさ。風邪ひいたのかも」
「だ、大丈夫ッスか? 熱は? 寒気は? いや、風邪なんて生ちょろいモンじゃねーかも知れねえ、もしかしたら良く似た症状の重大な疾患である可能性も……! 十代目、すぐに病院に行って精密検査を受けましょう!」
「うん、絶対に大丈夫だからそんなにオオゴトにしないで。ちょっとだるくて、微熱が出てる程度だよ。ほんと、どーってことないからさ」
「そ、そうですか……?」
「そうそう」まったく獄寺くんは相変わらず心配性だなあ、なんて苦笑しながら、十代目は証明してみせるようにスニーカーの裏を地面で軽く打ち鳴らして走ってみせようとした。だがその瞬間、足もとのアスファルトにできていたほんのわずかな割れ目に器用に足先を挟めて、ぐっと前面につんのめった。
「う、わっ」
「十代目、危ない!」獄寺は即座に腕を伸ばし彼をつかまえた、が、間に合わなかった。二人は絡まり合うようにして、地面にもんどり打って倒れた。
「あいててて……獄寺くんごめん、大丈夫?」
「……」
「獄寺くん?」それでも上手いこと獄寺が胸に抱き込むようにして倒れたので、綱吉に怪我はなかった。胸にぐるりと獄寺の腕を巻きつけたまま、綱吉はぱちぱちと目をしばたいて、かなり近い位置にある獄寺の顔を見上げた。
彼は沈黙している。
いつもならばこんなとき、「十代目、お怪我は!」、「オレがお側についていながら、すんませんっ!」などとぎゃーぎゃー騒いでたいへんやかましいはずなのに、じっと沈黙したまま、綱吉の顔と、巻きつけた自分の腕と、綱吉の胸もとだけを凝視している。「どうしたの獄寺くん。どこか痛くしちゃった?」
「……十代目」
「ん?」
「ちょっと、あの、えー……。……失礼します」
「へ? ……うわわわ!」綱吉が驚きに声を裏返した。
獄寺が突然、綱吉の右の胸を手のひらでぐっと押すようにしてまさぐったからである。
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さてさてフフーン!つづきます
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