黎明期
ロッソ熊本の前身であるアルエット熊本の生い立ちと、全国デビューまでをまとめます。
■ 生い立ち
ロッソ熊本の前身アルエット熊本は、1969年、熊本電話局管内の同好会「日本電信電話公社熊本サッカー部」として産声を上げました。
その後電電公社の民営化やNTTの分社化に伴い、1985年にはNTT九州サッカー部、1999年にNTT西日本熊本サッカー部とチーム名を改称してゆきます。
戦績面では、1983年に九州社会人リーグ(通称:Kyuリーグ)に昇格後、じわじわと力をつけて行き、ライバルの東亜建設工業サッカー部(今は亡きブレイズ熊本の前身)とともに常に優勝争いに顔を出し、Kyuリーグでは実に6度(ロッソ熊本時代も入れると7度)の優勝を数える強豪に成長します。
1998年には全国社会人大会において初優勝を飾り、念願の全国タイトルを手にしますが、2007年時点ではこのタイトルがロッソ熊本(アルエット熊本)にとって唯一の全国タイトルとなっています。
■ JFL昇格前夜
Kyuリーグ屈指の強豪に成長したNTT西日本熊本サッカークラブが、次に目指すのは当然「日本フットボールリーグ(JFL)」です。しかしながら、日本一過酷な大会「地域リーグ決勝大会」の壁に跳ね返されつづけ、JFL入りはなかなか実現しません。
2000年、この年の地域リーグ決勝大会でも3位となり、JFLへの自動昇格は果たせませんでした。しかし当時のJFLは拡大路線をとっており、地域リーグ決勝大会出場チームでJFL入りを希望するチームを昇格させるという措置をとっていました。その制度を利用し、NTT西日本熊本サッカークラブ(後のアルエット熊本)は、念願の全国リーグデビューを果たします。
なお同じ制度を利用して、愛媛FCも同期昇格しています。ロッソ熊本が、愛媛FCのJ2昇格のおかげでJFL入りを果たせたのも、何か因縁めいたものを感じますね。