13デイズ
監督:ロジャー・ドナルドソン
今年初めての映画。オープニングからハイテンションの、がちがちに緊迫感溢れる出だしで、もう映画の世界に引きずり込まれる。
作品としては、ケビン・コスナーは脇にまわってケネディ兄弟を全面に出す構成が成功した。この作品は、コスナー自身も言っているが、補佐官が主役ではありえないのだ。
こういう映画を作ると、登場人物のプライベートな面を描いてしまって締まりがなくなる事が多い。ロン・ハワードの「アポロ13」など、その最たるものだ。宇宙飛行士のホームドラマなど見たくない。アポロ13の中でコントロールセーターの中で何が起こり、男たちはどんなふうにこの絶対の危機を全身全霊で切り抜けたのかという苦闘と彼らの勝利を見たいのだ。
その意味で、アポロもキューバも、男のドラマなのだ。すべてが決定する場所に女はいなかった。今後この手のファクト・ドラマが作られると現場には女がいる事が増えてくるだろうが、ハリウッド文法で言う『女』とは家庭であり愛であり感情だ。ハリウッド文法において、『男』はそれらを守るために戦う。感情を排してぎりぎりに論理を追及し「これしかない」という正解を求めるのだ。
彼らが守る象徴という意味で、コスナー(というか、ケネス・オドネル補佐官)の家庭だけが出てくるが、この構成は大成功だ。これしかないだろう。岡本喜八・橋本忍の「日本のいちばん長い日」では家庭すら出て来ないが、この映画においては、最良の選択だったと思う。
ほとんどディスカッション・ドラマなこの作品は、人類破滅が大きく口を開けて迫りつつあるという異様な緊張感を最初から最後まで画面に漲らせつづける。パンフを見たら上映時間は2時間25分だった。これは物凄い力業だ。どこか緊張が抜ける場面がほしかった気もするが、それでは史実に反するのだ。この13日間、彼らには息を抜ける瞬間はなかったはずだから。
史実としても、この13日間は、第三次世界大戦にもっとも接近した、その地獄を誰もが垣間見た、悪夢のような日々だった。
のちにケネディは「我々はダモクレスの剣の下で暮らしている」と言ったが、それを言わしめるだけの、危機的状況だったのだ。
アメリカの軍部は、日本の関東軍が戦火をどんどん拡大していった、あれと同じような手法で、とにかくキューバ空爆と侵攻を主張しつづける。挑発的な演習を勝手に始めてしまうし、戦いをしたくてウズウズしている。戦争の火蓋を切るのに、あらゆる理由を用意する。
全軍の最高司令官である大統領が、全軍を掌握できるか。これも大きなサスペンス。
この作品ではキャスティングとメイキャップで表現されているが、ケネディ政権は、主力がみんな、若い。ディーン・ラスクの51才が年寄りに見えるほど、若い。新聞の写真ではオヤジにしか見えないマクナマラが軍上層部の中では本当に若僧に見える。きっと、当時はこんな風に見えたのだろう。今まで若くて50、政権主力は60代だったのだから。
若僧に何が出来る、と思ったのはアメリカ軍部だけではなかった。フルシチョフもそう思った。ケネディ政権発足後はじめての会談のあとフルシチョフはそのような感想を漏らしている。そもそもキューバ危機は、老獪なフルシチョフがケネディに脆弱さを感じて勝負に出たのが発端だ。たしかにケネディはこの未曽有の危機をこれ以上はないと思えるほど素晴らしい手際で回避したが、選挙でニクソンが勝っていたら、フルシチョフは同じ事をしたろうか?ニクソンはピッグス湾事件を起こしたろうか?という疑問も出るが、ケネディだったからこそキューバ危機が起きた、と言えない事もないのだ。
ソ連の指導者にチョッカイを出すにさせるほど、ケネディ政権は特異だった、という事が出来る。今までは漠然としたイメージでしか囚えられなかったが、この作品を見て、その印象はハッキリした。
アイルランド系でカトリックで若い。叩きあげというよりハーバードの秀才の集まり。若い理想主義の結集。不安もあるが無限の可能性を感じさせるものを持つ集団。
これゆえ、ケネディは今でも(数々のスキャンダルが明るみに出たのを乗り越えて)永遠のヒーロー足りえるのだ。ロンドンブーツ1号2号がアメリカの大統領といえば?と問われて「ケネディ!」と答えるのだ。
たしかに、ケネディ兄弟は、輝いていた。眩しいほどに、この世の全てを救ってくれるんじゃないかと思えるほどに輝いていた。
彼らが際だって異質な存在である事を、映画はヴィジュアルに見せてくれた。これではっとした。ただ若いだけじゃなく、「オレたちには何か出来る」という熱い思いで政権に集まってきた若いインテリたち。下積みを経ないで、いきなり自らの能力を発揮し、自らの手あかにまみれていないピュアな考えを広く問う機会を得た『若者』たち。
これは、日本ではまず考えられないだけに、その眩さは、まったく夢のようだ。
だから、よけいにそれを怖れる勢力も出来る。
開戦の口実を作ろうと、いろんな伏線をしかけてくる軍部。彼らは彼らなりによかれと思って考えている。しかし、軍人には核戦争になった暁の悪夢を想像する頭脳はない。
繰り返しスクリーンに現れる水爆実験の映像。地獄の劫火のように真っ赤だ。
みんな「それ」は思ったろうが、ケネディ兄弟やケネスははっきりと頭の中で見たのだろう。それはアメリカ人には限らない。フルシチョフも見たろうし、ミコヤンも見たろうし、ドブルイニンも見ただろう。
なんとか第三次世界大戦は回避しなければ、という必死の思いが、胸を打つ。なんせこれは実話だからね。
みんなカタストロフを避けたいのに、事態は大きな波に流されてしまい、悪い方向に向かっていく。
「みんなが望んでいないのに、何故!?」
ソ連の真意は何か?この申し出は嘘なのか真実なのか。ソ連内部でクーデターが起こったのではないか?もしも開戦する場合を考えて、有利な状態で開戦しなければならない。
「何か出来ると思っていたし、やってやろうと思っていたのに」と絶句するケネディたち。
海上封鎖でソ連の船が引き返したのをもってキューバ危機が終わった(フルシチョフが引いた)ように見えるが、しかしキューバのミサイルが消えたわけではない。ぎりぎりの腹のさぐり合い。しかし戦争に脅え平和を求めるのはソ連も同じなのだという事を、さりげない描写で見せる。さりげないから、効く。演出の勝利だ。
最後の勝負たる、ロバートとドブルイニンの会談。ドブルイニンも平和を欲していた。この駐米大使を演じた役者の抑えた演技が、いい。
また、ひ弱だといわれつづけた前の大統領候補アドレイ・スティーブンソン国連大使が安保理事会でどーんとぶちかますこの小気味よさといったら。水戸黄門的だが、「古狸だから出来る事もある」彼の活躍もいい。
トルーマン時代のアチソンが出て来たりして、さながら戦後史の勉強のようだが、ケネディたちが若さゆえの経験不足を自覚していたこともよく判る。
ケネディは、父親の金となんでもありの選挙をして大統領になった。しかし彼と彼のチームの資質はずば抜けていた。彼らの考えていた事と選挙で応援した各グループの思惑はズレていた。それがJFK暗殺に繋がっていくことは事実なのだろう。誰が実行させたかは異論があるとしても。
たしかに、キューバ危機を見事に切り抜けて、「ただ若いだけじゃない、輝く才能を持った無限の可能性を感じさせる集団」である事を全世界に誇示したケネディ政権は、それゆえに、短命に終わった。人類史的に見れば、ケネディ兄弟は、トリックスターだったのだろうか。
この「キューバ危機」を契機に、ルールがなかった冷戦に一応のルールが持ち込まれ、管理された冷戦となった。核戦力の均衡という恐ろしいバランスは一応保たれ、人類は破滅を免れて今日に至る。
で、考えられるのは、『現場の暴走』だ。とくにこんなひりひりした緊張高まる状況下で、「おれがやればソ連はやっつけられるんだ!」と思うリッパー将軍のような人物が現れなかったのは、奇跡と呼んでいいのだろうか。アメリカ軍は、そこのところはきちんと管理され、暴走などあり得ないものなのだろうか。同じくソ連軍は。たしかに冷戦が集結するまで幾度となく核戦争勃発の危機はあった。コンピューターが誤作動したこともあった。
……しかし、なんとか破局が起きなかったのは、米ソ両国が、基本的には、全面核戦争だけは絶対に避けようという硬い決意があったからではないか。そう思いたい。この映画を見た今、本当にそう思いたい。
「キューバ危機」のあと、これに刺激されて数多くの最終戦争映画が出来た。その中でも最高傑作は、なんと言ってもキューブリックの「博士の異常な愛情」だろう。これは映画としても奇蹟的に完璧な作品で、文句のつけようがない。この映画の主人公が、『暴走する将軍』だった。以前は、何らかのミスで『偶発核戦争』が起きる可能性のほうが高いんじゃないかと思っていたが、「13デイズ」を見たら、最前線の現場において、この緊張の凄さに堪え切れない、ないしは「ウチの兵力を動かすだけで突破口になりえるんだ」という悪魔の囁きを聞いた誰かが、コトを起こしたかもしれないのだ、という可能性を強く感じた。
それはキューブリックの直感でもあったのだろう。映画の出来は、狂気をブラックユーモアとして描いた「博士の異常な愛情」が、理性的に描いた「フェイル・セイフ(邦題:未知への飛行)よりも比較にならないほど、核戦争の恐怖を直截に描ききっていたと思う。
ケネディ兄弟とマクナマラを演じた俳優は、見事だ。ケビン・コスナーも、久々に彼のイメージを裏切らない誠実で理想主義的な役に巡り会えて、その持味をフルに発揮して感銘を受けた。
そして……抑えた演出で、2時間25分を緊張させっぱなしだった見事な演出。さりげない小技が効いていた。ロジャー・ドナルドソンも、この作品で格をあげた。
そしてそして、脚本の見事な事。元になる特定された原作もなく、膨大な資料と格闘して、真実に到達しえた(んじゃないか)上に、娯楽映画としてもドラマティックで、見せ場もあり(国連大使の場面、ドブルイニンの場面での感動の名台詞!)、感服した。
自分も、いい仕事をしなければ、と強く感じた。