多羅尾伴内 七つの顔の男だぜ

監督:小沢茂弘

 以前テレビで見て、あまりのスゴさに飛び上がった。タイトルにもなっている探偵・多羅尾伴内は「変装の名人」らしいが、どんな変装をしても片岡千恵蔵 以外の何者でもない。まあ、体形は換えるけどいつもデ・ニーロ、みたいなものか。アレック・ギネスやピーター・セラーズみたいにメイクの達人になってしまうと、このシリーズの場合、かえって客が混乱してしまうかもしれない。
 で、普段から初老の冴えない探偵・多羅尾伴内のメイクをしているこの男は、もしかして変装フェチなのかもしれない。
 
 この作品は、なんと言っても悪役が超豪華。当時の日本映画で得られる最高の悪役を並べているといっても過言ではないかもしれない(この頃の東宝の悪役は誰だったろう?)。やはり、悪のボスは溝口健二に鍛えられた進藤英太郎が最高だろう。当時の日活の金子信雄ではやはり、地方にアミューズメントセンターを建設する程度のボスだ。僕としては、進藤英太郎といえばテレビの「おやじ太鼓」の愛敬ある鬼親父の印象が強いので、この悪のボスにも愛敬を感じてしまうのだが。
 その手下に、安部徹。関連した悪役で東野英治郎。で、いつもは悪役の山形勲が刑事だが。
 勘兵衛の右腕でザ・ガードマンの一員でもあった稲葉義男がギャング団の一員でピストルを撃っているのは困っちゃうのだが。
 
 お話は、さる名家の令嬢が誘拐され、早速、多羅尾伴内が登場。警視庁はこの私立探偵に頼りきっている様子なのが困るのだが(しかし、山形勲の部下のひとりは、多羅尾伴内が図々しく入ってくると露骨に嫌な顔をして「なんだコイツは」と言いたげなので許す)。
 で、現場にも参上するこの探偵は、実はすべてお見通し(「先に台本を読んでるんだろう!」と言いたくなるほどの神のごとき名推理ぶり)で、証拠などはすべて彼が作ったストーリーの補強でしかない。だから彼は、節目ごとに「この恐るべき事件の全貌が見えてきましたぞ……いえいえしかし、すべてが判るまでにはまだ幾多の冒険を経なければなりませんがな」などと言って焦らす。
 多羅尾は、自分の鋭すぎる頭脳を持て余し、自分になかなかついてこられない警察にいらつく気持ちを抑えるように、変装に精を出し、そのあげくに意味のない犠牲者を出してしまう。
 わざわざ片目の運転手に扮してドライブ・クラブ(今のレンタカー屋か)の東野英次郎を脅して偽ナンバープレートの件を聞き出し、事務所にあった暗号メモを自己流に解読する。
 香港丸の頭が弱そうなマドロスに扮して、街娼(進藤英太郎の手下・江原真二郎の身を持ち崩した姉)を会し拳銃を売り捌くのだ(実弾入りだから、これは犯罪を奨励しているぞ)。で、このマドロスは、ハーポ・マルクス級の特技を持っていて、服から無限に拳銃を取り出す。服が拳銃で膨らんでいないのに!
 このマドロスは、金を受け取ってギャングの事務所から帰る時、その階下にあるバーで、貴夫人の姿を見る。
 一方ボスは払った金を惜しんで(怪しんで?)マドロスを消そうとするが、一緒にホテルに入ろうとした街娼を射殺してしまう。マドロス殺害に失敗した悪漢は、そのままマドロスを放置して逃げてしまうのは如何なものか。
 この件は、多羅尾の『猿も木から落ちる』類のミステークなのだろう。暗号を誤解したのだから。このシーンはあまり意味がなかったし、街娼の死はほとんど無駄であった。人権が今より叫ばれていない時代の産物なんだろうなあ。
 
 ここで特筆すべきは、劇用の新聞の紙面。「令嬢、誘拐さる」とか「夜の女、殺害」という記事が載っているのだが、紙面のほかの記事がまたすごい。「浅草でめった切り」とか「ガス爆発殺人」とか「集団暴行致死」とか、みんなすごい記事ばかりで、どれがこの映画のためのものなのかにわかには判らない惨状。その面すべてがひどい事件ばかりで、これじゃ今より昔が平和で安全だったとは決して言えない。とにかく、すごい事件の中に埋没して、肝心の事件がどこに載っているのか判らないのだから。
 
 で、次に多羅尾は、白塗りの気障な紳士に扮して、先のバーに現れて、「私は手品をしないと酒を飲みたくないんだ」と、無理やり手品を見せるところがイカス。注文も「琥珀の水をくれないか」「琥珀の水?」「ハイボールだよ!」というこの会話のセンス。タクシーに乗って「巷まで」と言い放ったのに準じるメガトン級だ。
 ここでホステスたち(佐久間良子と久保菜穂子だと思う)に派手にチップを手品で出してくれてやり、進藤英太郎にカモと認識されて秘密のカジノに案内される。
 このあたり、片岡千恵蔵 の神経質そうな一面が目つきに現れていて、これが実に面白い。
 「ああ、詰らんねえ! もっと刺激はないものか」という辺りの目の芝居は、白塗りと相まって、本当に愉しい。
 で、カジノでこの気障な紳士は簡単に大儲けしてしまい、またしても進藤英太郎に目をつけられ、殺されそうになる。多羅尾というかこの紳士が乗るのは外車だが、悪漢が乗って追跡するのは当時のセドリックだ。
 そこで紳士は殺されそうになったくせに、ついてきた手下・江原真二郎に儲け話を持ち出す。進藤英太郎もその話を聞いてホイホイ乗ってしまう(一応裏をとる……花沢徳衛が典型的中国人の扮装でワンカット出るが、中国人の芝居は日活の面々の方が格段にうまい。なんせ藤村有弘がうまいのは当然としても、西村晃や小沢昭一、そして草薙幸二郎も実にうまいのだ)。
 多羅尾は、今度は『戦前横浜の南京町を牛耳っていた大人』になって、不幸な息子(すごい顔をして映っている写真をちらと見せるがこの写真が猟奇的ですごい)のために日本人の花嫁を用意してくれと進藤英太郎に依頼する。
 この大人が滞在しているのは横浜のニューグランドなのだが、安っぽい「HAMA HOTEL」という板がニューグランドの張り出しテントに貼られているのが実にトホホな眺めだ。よくまああの格の高いニューグランドが許したものだと思う。
 で、用意されるのが、誘拐してあった令嬢(中原ひとみ)、殉職した警官の娘で進藤英太郎のアジトがあるキャバレーに潜入していた?美女(佐久間良子)、江原真二郎のスケ(久保菜穂子?)。みんな非合法に香港に連れて行く画策をする。
 香港からヨットで横浜に入港したはずの傴僂の息子だが、そんなヨットは入港していない。しかし傴僂に扮した多羅尾は、美女受け取りの場所である進藤英太郎の自宅(セットがホテルのロビーの使いまわし)に現れる。
 ここで、主要な人物が勢揃いするから、傴僂男は扮装を剥ぎ取り、リュウとした紳士に変身する。
 ギャング団(映画の中では「犯罪団」)の連中は全員ピストルを持っているのだが、傴僂男、ないしは「正義と真実の人・藤村大造」のピストルの前には手だしが出来ない。これはもう、ヒーローの圧倒的な存在感ゆえの事だろうか。
 で、例の有名な「ある時は……」の名乗りがあるのだが、律儀に6つの変装すべてを説明する。まあ、これが売りだから、やらなきゃね。ここからは完全に時代劇のノリである。
 藤村大造は、一堂を前にして事件を暴いていくが、いつどこで調べたの、という「新事実」が次々に明らかになるのは、これ、アリなのか?令嬢の会社の不正経理の隠蔽のために令嬢が誘拐されたなんて伏線、まるでなかったぞ(設定を考えると大いにアリだけど)。
 で、この会社関係の説明をとうとうとして、話が進藤英太郎に戻ると、進藤英太郎は忘れていたかのように「はっと驚く」。多勢に無勢なんだから、悪漢共はなんとかできないものかと思うのだが。まあ、日活映画でもアキラが一曲歌い終わるまで、宍戸錠以下の悪漢は中腰のまま待機してなきゃいけなかったのだから、こういうお約束をついてはいけないのだな。
 で、銃撃戦。ヒーロー藤村大造は百発百中。自分は絶対に撃たれない。のろのろ逃げても絶対に掴まらない。ガラスは割れるが壁に穴は開かない。進藤英太郎は悪代官のように手をバタバタさせてのけぞりながら後退。この大芝居がなんともヨイ。
 ほどなくトラックに乗った警官隊が到着して、悪漢は一網打尽。
 藤村大造は、意味がよく判らない書き置きを残して(いつ書いたんだ?書いてあるものを持ち歩いているのか?)、一番カッコイイ外車に乗って、何処へと去って行く。
 
 多羅尾伴内は警察とつるんでいる私立探偵だから、まだ判る。しかし、この藤村大造というのは、ナニモノなのだ? 変装フェチ・多羅尾伴内が、「一番の見せ場の時のために用意してあるとっておきの変装」なのか?
 そう考えなければ、藤村大造はあまりに不可解な人物だ。なんのために事件を解決するのか判らない。正義の遂行のため?どういう資格で拳銃を所持し、傷害致死せしめても罪を問われないのか判らない。特命秘密捜査官なのか?大金持ちの道楽(金持ちなら何をしてもいいのか?)なのか?
 多羅尾伴内も藤村大造の変装なら、どうして映画は「藤村大造」シリーズと呼ばれないのだ?
 ラストの「麦の一粒は……」という意味深だが意味不明の書き置きを、ガングロギャルが「なにこれー」とか言って手にして「ワカンナイー」とくしゃくしゃにしてしまったらコメディとしていいオチになるんじゃなかろうか、とふと思った。
 
 変装フェチで、妙な強迫観念のある男の異様な話として完全リメイクしたら、多羅尾伴内はまた違った面白さを再発見できるかも……。
 
追記:
 調べたら、この作品は東映東京撮影所の作品であった。キネ旬の「日本映画作品全集」は間違ってるぞ。

 それと、『正義と真実のひと・藤村大造』という人物は、かつて東京中を荒らし回った怪盗が、心を入れ替えて、今までの悪事の罪滅ぼしに、ロハで善行を続けている、らしい。なるほど、これは素晴らしい設定である。

 また、小林旭のリメイクは1978年に二本作られ、最初のものはヒットしたが、第二作はグロが過ぎてコケたらしい。