永遠のマリア・カラス
監督:フランコ・ゼフィレッリ
見終わってから時間が経つにつれて、オナシスに腹が立ってきた。世界中の嫌われ者で下衆なヒヒオヤジのステレオタイプそのものなヤツが、人類の至宝の寿命を短くしてしまったのだ。
僕はまだ、なんちゃってオペラファンの段階だから、カラスの凄さについて齧った程度だし、録音を聞き込んでもいない。「カラスカラスっていうけど、デッカが評価したようにテバルディの方がいいんじゃないの」とか思っていたくらいだ。しかし。この作品を見て、完全に考えを改めましたね。こんなラブレターのような、濃厚な愛情に溢れた映画を観たら、考えが変わらないほうがおかしい。
巨匠ゼフィレッリが、どうしても映画として残しておきたかった個人的な想いが詰まっている。酒を飲んで「あの時こうだったらこうなったかもなあ」と夢想するような事を、見事な映像に定着させている。観客は、その執念のようなゼフィレッリの熱い想いに触れて、どうしようもなく感動するのだ。もちろんカラスになりきったファニー・アルダンは素晴らしいし、カラスの生きざま、カラスのオペラへの情熱、「美」への想いの激しさに興奮し、感動するのだが……この映画はあくまでゼフィレッリの個人的想いだけで成立した、敬意と愛情の発露なのだ。
死して25年、巨匠にこんな映画を作らせてしまうマリア・カラスの凄さに思い至る。
現在の技術なら、完ぺきなリップシンクは可能だが、77年当時の技術は、かなり原始的だった。「今の技術なら完ぺきに合わせられるんだ!」ということはない。音優先にして画面を強引に合わせるしかない。コマを抜くか伸ばすか。それをオプチカル合成でキレイにごまかす、という意味か。
それにしても、「これはまやかしよ」とカラスが思うだろう事は想像に難くない。観る側も、結局はそうなるんだろうなあと判ってみている。だからこそ、劇中の「カルメン」がなんとも素晴らしく、光り輝いて見える。完ぺきな幻だからだ。求めても絶対に得られない、最高の幻。
が、ゼフィレッリは、アルダンの力を借りて、その幻を映画と言う形あるものにしてしまったのだ。
それだけ、ゼフィレッリの想いが強かったのだろう。その事にも、深い感動を禁じえない。
今のような近代的なスタジオではなく、古ぼけた場所。それがリアルだ。アルダンがちらと垣間見せる目線。目と鼻と口の感じがカラスそっくりで、僕のようなものですら「うわ」と驚くほどだ。しかし、そういうソックリさんを使ったソックリショーではないのだ。アルダンが凄いのは、「一世一代の仕事としてカルメンを演じるカラスを演じる」ことをやり遂げているところだ。
時代を画した女性はパリに引き籠る。カラスもそうだしディートリッヒもそう。たしかガルボもそうではないか?衰えてしまった自分を見られたくないが、華やかな場所の近くには居たい。そういう心理がパリを選ばせるのか。しかしカラスはまだ若かった。もっと後進を指導して欲しかったし、演出でも指揮でも、いや、女優として活躍出来たろうに。いや、声のないカラスはカラスではない。それは本人が決めることだから。
美を追い求め、表現するために、いかに大きな犠牲が必要なことか。激情がなければカラスは美に肉薄出来なかったのだろうし、自分の生活、人生を捧げた結果、カラスだけが表現出来たことはあまりにも巨大なのだろう。
声は録音が残っている。しかし演技者としてのカラスを伝える映像のあまりの少なさは残念だ。あともうしばらく現役であれば、オナシスと空費した時間がなければ……と思うと、やはりあの下衆男が憎くて堪らなくなる。僕でさえそう思うのだから、カラスの信奉者ならどうだろう?
劇中の「カルメン」は本当に素晴らしい。ゼフィレッリの夢を再現したようなものだから、本当にこの世のものではないくらいに美しくて素晴らしくて、ため息が出る。この「カルメン」の部分がここまで素晴らしいから、この映画は強い説得力を獲得し、そして、カラスの物凄さをこれからの世代に伝えられるのだ。
なんだかゼフィレッリの遺作になるような気がしてしまうのだが、そうならないことを祈りたい。
撮影、衣裳、美術の素晴らしさについては、なんと表現していいか判らない。ラテンの天才は、限界を超えた仕事をする。
そして……ジェレミー・アイアンズ。カラスの良き理解者で美のなんたるかを知っている男が出来るのは、アイアンズだけかも知れない。ホモが似あうし。
とにかく、歴史の振るいに残っているものは、とてつもなく素晴らしいものばかりだ。オペラの魅力に触れてまだ数年の僕だが、際限もなくはまっていきそうで、怖くもある。美といものは、そういうものなのだろう。下手をすると取り殺されてしまう。
タイトル部分が超下品で、なんでこんな馬鹿な事をしたんだ、と憤慨した。ロックを流すのは話の展開上、アリだろうが、タイトル文字がズームで現われる下品さは、どういう狙いだったのだろう?