監督:(総監督)庵野秀明
「やっと見てきたようですが、感想は?」
「……ノーコメント」
「でも、なにか言いたい事はあるでしょう。顔に書いてある」
「……論評は差し控えたい」
「これだけ騒ぎになってる作品じゃないですか。まさか、まったく理解も何も出来なくて茫然自失状態だとか」
「んなことあるかい。そこらの低能なオタクより深い理解をしとると思っておるよ」
「じゃあ、なにか」
「……碇シンジが大嫌いだ」
「は?」
「あの碇シンジというガキが大っ嫌いだと言ってるんだ!まったくウジウジしやがって。アスカに助けまで求めやがって。相手は昏睡状態で寝込んでるんじゃないか。もー、飛び蹴り食らわして往復ビンタしてやりたかったぜ」
「しかしシンジ君もいろいろ辛い目に……両親に受け入れられず……子供の頃に誰かに全面的に受け入れられないと人格的に……最後にはレイとカヲル君がその役目を」
「あの二人は結局使徒なんだろ。つまりシンジは人間には受け入れられないハンパモンなんじゃないか」
「そんな……身も蓋もない……アダルト・チルドレンに対する理解がないんですね」
「でもアスカはばしばし頑張ってるじゃないの。あれじゃアスカに徹底的に嫌われておちょくられて、父であるゲンドウに『お前には失望した』といわれても仕方ない。以前、ゲンドウってなんて外道なヤツなんだろうと思ってたけど、無理もない。わしゃ今じゃゲンドウの気持ちがよく判る。その上、アスカの首まで締めて殺そうとしやがって。いくら14歳とはいっても少年審判で済ませてはイカン。モテないからって相手を殺そうってのはストーカーじゃないか。まったく見下げ果てたヤローだ。『気持ち悪い』と言われても仕方ないぞ。同情する事なんかない。みんなアイツの身から出た錆なんだ。もっとしっかりせい!」
「うーん」
「んで、この作品は、観る側が自分の幼児期の不幸さ加減を威張る傾向にあるのも気持ち悪い。作る側と観る側がお互い傷をなめ合ってればいいんじゃないの。わしゃそういうのには付いていけないし、仲間にもなりとうない。そりゃわしは裕福で何不自由ない幼児期を過ごしたし、親の愛情もゲップが出るほど浴びたけどな、だからってこの作品を理解出来ないとか受け入れられないとかっていう『資格論』みたいになるのは心外じゃ。そりゃわしは他人とうまくやっていけるし、コミュニケーションに不自由を感じた事はあまりないが、わしだってそれなりにいろいろと克服してきた事があるのよ。しかしこのシンジはウジウジしてるだけじゃないか。あーもう、イライラする。ま、今まで理解されず相手にされて来なかったオタクたちの開き直り・反撃・オタクの優位を誇る逆襲、と考えてもいいけど……。しかし、シンジの殺人未遂は許せん。なに?心神耗弱状態だということで無罪だと?」
「問題の本質から外れているようですが……」
「はっきり言って、物凄く病んでる感じを受けるのよ。作ってる方も観て喜んでる方にも。精神病者に絵を描せて、それを分析して患者の人生の中で何に問題があったのか知ろうとするじゃない。あんな感じ。ガイキチの描いた絵を覗き込んでしまったような、居心地の悪さを感じるんだよねえ。FBIの心理分析官が、シリアルキラーと面談して相手の狂気に当てられて自分もおかしくなっちゃう例があるそうじゃないの。あたしゃそういうものを感じたね」
「じゃあこの作品を全面否定するんですか?」
「いや。演出センスは抜群だと思う。庵野監督は、実写でも成功すると思う。あの構図の切り取り方、アップとロングの切り返しの呼吸、静寂の生かし方(少ないアニメ経験じゃが、これだけ静寂を大切にしたアニメ演出はなかったんじゃないのか?)は見事。もしかして実写でこそ庵野監督の才能は生かせるんじゃないか。彼にはたっぷりと製作費を与えて大規模なスペクタクル映画を撮ってほしい。彼には状況を大づかみにしてダイナミックに描き出す希有の才能が有ると思うぞ。これは、貧乏な日本映画界ではほとんど皆無な存在だと思う。かつての黒沢、山本薩夫と言ったスケールのデカい活劇が得意だった監督を髣髴とさせる。ああ、ガメラの樋口さんもいたな。すっかり斜陽化してしまった日本映画界では、チマチマした恋愛とかなんとかは描けても、こういう大規模な壮大なイメージを喚起させる映像を作れる人はほとんどいない。ハリウッドでパニック映画を撮ってほしいなあ」
「……しかしアニメ作品がここまで熱い論争を巻き起こし、裏読みや監督のメッセージの読み取り合戦になったことはないのでは」
「そうなの?まーわしは、そういう裏読みとか過度な意味の分析というのは嫌いなんだがね。60年代にそういう嫌らしい映画の観方が流行って、その功罪は判ってるはずじゃないの」
「しかし、この作品にはいろんな監督のウィンクが隠されているようですが」
「まあねえ。死海文書とかなんとかかんとか……パンフを読んだら、いやもう、驚くほどチマチマした設定とかテクニカルタームが湧いて来るのに驚いたよ。こういうところがオタク心を刺激するんだろうな。でも、わしゃゴメンだね」
「美少女アニメとしては?アメリカ人はアスカが好きで、日本人はレイが好きなようですが」
「レイは巨乳だとか14歳にしては驚異のボディだとか言われていたが、彼女の全裸を見たら、普通の14歳らしい身体つきだったじゃないの。ということは、あのプラグスーツが『寄せて上げる』効果があったんじゃないの?あれはワコール製か」
「実写部分は……」
「それより、予告編のあの女の子たちは誰なの?なんかぞくぞくするような可愛い娘が出てきたじゃないの」
「うーん」
「それと、これは映画館のせいだと思うんだが、セリフが聞き取れない。分解能が悪いというか音の抜けが悪いというか。安いスタジオを使ったからこうなったのかと思ったけど、きちんとテレセン(東京テレビセンター。日本有数の映画録音スタジオ)を使ってるじゃないか。ただでさえセリフでややこしい設定の説明を喋るんだから、モゴモゴ音じゃ困るんだよ」
「じゃ、それは映画館が悪かったんでしょうね」
「まとめると、これは、ティム・バートンが『マーズ・アタック』を撮ったのと同じなんじゃないの。偉大なるプライベート・フィルムを作ってしまったのよ。バートンは有名俳優とワーナー・ブラザーズを取り込んで、あんな壮大なハチャメチャ映画を作ったけど、庵野監督は観客と一部マスコミ関係者を取り込んでしまったのよ。映像イメージは凄いし、観る側を煽動させる何かがあるけれど、中身というか、いちばん大切なテーマの部分では、両者ともに極めてプライベートな内容を持っていて、理解を拒絶してくるのよ。判ってるつもりになっても、本当に判ったかどうか判ったもんじゃない」
「判ったか判らないのか、どっちなんですか。あんたの頭が悪いから判らないだけなんじゃ……」
「ふふふ。みんなそう言われるのが怖いから、判った顔をしたり、したり顔で解説するんじゃないのかね。ま、しかし、そういう意味では、精神医学者とか心理学者から説得力のある解説を聞いた記憶があんまりないけどね」
「調べてないからでしょう」
「エヴァ解説本にもハマれというのかね!ま、映像のセンスとか映画的な感覚は極めて洗練されているし、このクオリティに並ぶものはそうそうないと思う。その意味で、このエヴァというのはテレビアニメとしては破格の贅沢さを秘めたものであったのだし、敏感なファンはそれを察知して飛び付いた。で、だんだんとその内容が明らかになって来るにつれて(これってゼーレみたいじゃないか)、不幸な生い立ちのアダルト・チルドレンたちはまさにどろどろ状態になってハマっていき、異様なほどのシンクロ率を示し、一方、幸福な幼児期を過ごした連中は、内容に反発しながらも作品の完成度に惹かれていった、と。しかしテレビ版の25・26話の完成度は彼らの期待に反するものだったので、世界的な大論争になり、ファンは熱く語ったのではないか。わしはというと、あと一歩でどちらにも参加できないで困惑しとる転校生みたいなものだよ」
「しかし、アニメファンでもなく幸福な幼年期を過ごしたのであれば、どちらにも参加できないでしょうに」
「そんなね、100%幸福な幼児期を過ごしたヤツがどれほどいるというの。幸福というのは一様なものだが不幸というのはそれぞれに不幸だとアンナ・カレーニナも言うとる。わしの場合も、いろいろあってな。利発な子供だったから親の弱みを掴んでかなり利用したしな」
「それって、総会屋的親子関係……」
「親子補完計画に成功したと言ってくれ。それにわしはアニメより怪獣、怪獣より特撮、特撮よりSF、SFよりスペクタクル、スペクタクルよりギャグ、という変遷を辿ったのでな。精神的に解脱しとるのじゃ」
「そうは思えない……」
「巨大アヤナミに特にショックは受けなかったし……ま、この夏エヴァの感想をちょっと見ると、いたいけないファンが意外に多かったと言うことに逆に驚くが」
「それだけ、傷ついてるオトナコドモが多いということでしょう」
「傷ついてるからどうの、という論調には荷担したくはないが、それはそれで痛ましい事ではあるの。人間を幸福にしない日本というシステム、というヤツじゃな。最後に一つ。シンジになるよりアスカになれ、とわしは言いたい。ウジウジして誰かを頼りにしても、そんな人物を探し求めるだけ無駄というものじゃ。結局、頼れるものは自分だけなのよ。だから、シンジという奴は……」(以下略)