ラスト・サムライ

監督:エドワード・ズウィック

 日本人よ、自信を持て!と言われているようだった。日本はこんなに素晴らしい。元気を出せ!とも。
 この作品と同じことを日本人が作ったら国粋主義と言うか民族主義と言うか右翼と言うか、ちょっと素直に聞けない感じになる可能性もある素材だ。ガイジンに言われれば、まあ、あんたらがそう思ってくれるのなら、という気になるのは、「ガイアツ・マインド」なんでしょうかね。
 とはいえ、僕はかなり感動した。
 この作品は、本気である。日本におもねて日本のチャンバラをネタにしてトム・クルーズを出せば商売になると思って彼の目を惹くように高級にしたのではない。
 脚本チームや監督のエドワード・ズウィックが、本気で「武士」について思いを巡らせて作ったのだ。借りてきた知識だけででっちあげたものではないことがよく判る。
 お話を判り安くするなら、官軍に追われる幕府側(会津の白虎隊とか彰義隊とか)のような武士の一群を描いた方が、と思うが、「同じく天皇を奉じる者同士の価値感の違いによる対立」のほうが『滅びゆく武士』を描けると判断したのだろう。モデルというかケーススタディの対象にしたのは西郷隆盛と西南戦争か。
 国家を近代化して行くには、「大村」のように武士を否定して軍事力は「軍隊」を編成して近代的な武器を与える事が不可欠だと思う。「大村」に反抗する「勝元」には将来へのビジョンはない。伝統を守ると言うか、自分たちのアイデンティティを主張するだけだ。
 なので、勝元たちのような武士団は、描きようによっては「ワイルドバンチ」や「明日に向かって撃て」「砂漠の流れ者」「ロイ・ビーン」みたいに描ける。つまり、「遅れてきた連中」として。急速に近代化と言うか工業化する社会についていけないオールドタイマーとして。
 しかし、「武士たる事」(武士道)はそう簡単に捨てさるべきものではない。
 恥ずかしながら、この作品を見て、それを認識させられた。21世紀の現在、祖先が武士だったと公言する者は極く少数。武士だったからなんだと言われたら何も言い返せない。そんな程度の価値しかない「武士」。
 この作品がうまいのは、日本人ですら縁遠く感じる「武士道」というか「日本古来の生活」を、主人公であるアメリカ人に理解させるのに、アメリカ先住民を持ってきた事だ。
 60年代後半まで、アメリカ・インディアンは「悪役」で、白人ガンマンや騎兵隊に殺され征伐されるべきものとして描かれてきた。
 しかし、「ソルジャー・ブルー」が、カスターを残虐な虐殺者として描き、先住民の平和な暮らしを丁寧に描いて以降、先住民を悪役に出来なくなった。
 その後「小さな巨人」が出来、極め付けはあの「ダンス・ウィズ・ウルブス」だった。あの作品で先住民を征服したのは「開拓民」でありアメリカ政府だと言う事をはっきり描き、失われて行く民族・滅びゆく民族を惜別の念をもって描き切った。
 その記憶を巧く利用している。主人公オールグレンはカスター第7騎兵隊の生き残りであり南軍生き残りの勇者。しかし、自分がやった事を正当化出来ず、罪も無い先住民部落を皆殺しにした事がトラウマになっている。
 そんな彼が、自然と共存して生きる日本の農村を先住民にWらせることは自然だし、言われてみれば、日本人の文化とアメリカ先住民の文化には大きな共通点があったのだ。
 贖罪の気持ちもあって、主人公は日本の暮らしにのめりこんで行く。
 すでに多くの日本人、都市で生活する日本人が忘れてしまった「日本流スローライフ」が、そこには溢れている。先人から受け継がれた知恵は、自然と共存して調和して暮らす術だ。(日本人が撮れば、季節の移り変わりや四季おりおりの自然の美しさを盛り込むだろうが)
 「鉄腕ダッシュ」や「田舎で泊まろう」などを観て感動するのは、そういう(忘れていた)日本流スローライフの素晴らしさに触れ、憧れ、回帰したい気持ちの現れだろう。
 そういう風土が、「武士道」を作り上げて行ったのだが、「己を律する」「己を抑える」ことは、困難なだけに素晴らしい。『明治の男』にはそれがあった。明治の元勲ならずとも、明治に生まれた男には、我々が失ってしまったものの片鱗をもっていたのだ。サムライの末裔でなくても、農民でも漁民でも、明治の男にはあったもの。それが広い意味での「武士道」であり、古い美徳ではなかったか。
 小松左京の「日本沈没」に、日本国民の居留地の提供を求めるためにオーストラリアに派遣された老人のエピソードがあるが、その老人の描写がとにかくもの凄くて圧倒され、感動する。抑えに抑えた感情を、「日本のためにどうか」と頭を下げて懇願するその一瞬に爆発させるのだ。剣豪の剣の閃きのような、万感を込めた感情の発露。これぞ武士、と僕は思った。それが僕の「武士」の原体験だ。
 この作品を見て、武士とは、日本人とは、日本の文化とは、ということを考えさせられた。
 「武士道」と言っても、理不尽な事を感受して自分を抑えるだけのものではない。本来の武士とは、かなり合理的で理にかなった行動をしていたらしい。
 ひたすら美化された武士道はカッコイイが、そうではなくて、実践的な武士道と言うものを学んでみたい。それは多分に明治の男にはある「己を律する」背筋がぴんと伸びたものを含んでいるはずだから。
 
 いろいろな事を考えさせられる作品なので、単純な間違いやミスをあげつらう気が起きない。
 渡辺謙は、素晴らしい。トム・クルーズを食う勢い、いや、完全に食っている。真田広之は脇に回ってしまったが、あのサムライをもっと見たいと思った。
 小雪はも素晴らしい。子供達も素晴らしい。トム・クルーズのボディガード役の、ラストで身を挺して彼を守る侍がこれまた、ため息が出るほど素晴らしい。
 しかし……勝元は、もしも戦いに勝った場合、日本をどうするつもりだったのだろう?それを考え始めると、僕が感動したのは「失われた古き良き日本の風景」に、であって勝元のようなサムライに、ではなかったのかもしれない。