天晴れ一番手柄 青春銭形平次
監督:市川崑

 偉くなる前の、「俊英」「異才」時代の市川作品。ゆえに、この作品だけは見てみたい、とずっと思っていた。
 巻頭、いきなり、『現代』(昭和28年だが)のカーチェイス。追われる車が店に突っ込んだところで、「おっといけねえ、間違えた」で、平次の時代に。駕籠かきが追っ手に追われて店に飛びこむと、岡っ引「三ノ輪のなんとか親分」が手柄を立てる。我らの平次親分は、親分になったばかりで(「あんなきれいなひとが岡っ引だなんて、いやねー」「岡っ引なんてヤクザみたいなものですもの、イヤよねー」などと女たちが髪結いに集まって喋っているのもおかしい。その口調が完全に山の手ザアマス奥様の口調だし)、平次親分の映画なのに、のっけに『岡っ引の実体』を暴くのだから、人が悪い。
 平次親分は押しかけ子分の八五郎とともに、修行中で、正業は飴屋。子供から貰った銭で投銭を思いつく、というアイディアは秀逸。
 で、事件発生。現場に行ってみると、伝七親分はいるわ人形佐七親分はいるわ若様侍(こういうヒーロー、いたよね。小林桂樹がやっていて、おかしい!)はいるわで、平次親分は、自分の出る幕はないんじゃないかとビビる。
 で、妙にリアルに岡っ引と与力と奉行の関係を描くので、これもギャグになる。与力が南町奉行からのお手当を渡す時に「雀の涙だが、ま、くれるというんだから貰っておけ」といい、捜査経費はきっちり精算しろよ、と言って平次が書いてきたメモを元にソロバンを弾いたり(この与力がベランメエなのが妙に感心)。
 事件は、偽小判。いろいろあって、元大坂勘定奉行・現江戸勘定奉行の九鬼様の配下のなんとかが真犯人なのだが、平次親分がうっかり入った長屋がその悪党の巣窟で、「ええい見られたからには仕方がない。拙者は九鬼様配下のなんとかと申す者。偽金作りの下手人と知られたからには生かしておけぬ」、とよくあるパターンをギャグにしている。これが最高におかしい! 時代劇はもちろん、推理ドラマを見ていると、だいたいにおいて、よせばいのに、ラストシークエンスで真犯人が自ら犯人であることを名乗り、犯罪の経緯を説明するというナンセンスをギャグにしているのだ。このパロディ精神!
 で、どっちが追っ手なのか判らないドタバタの追っかけ捕り物があって、南町奉行の手勢の加勢もあって、寺の境内での大捕り物。黛敏郎の音楽は、ここで完全に昔懐かしチャンバラ・ミュージックに。画面もバンツマの「雄呂血」か「血煙高田馬場」かというべき大モブシーン。息を呑むほどの大量の追っ手がわっと押し寄せ、それをクレーンがぐーっと上がっていきながら撮るショットはスペクタクルだ。
 で、平次親分は大きな初手柄をたてて、めでたし、めでたし。
 
 わざと「サイン」とか「アジト」とか現代語を使って言い直させたりする言語ギャグもあるが、なによりも捕物の見事で秀逸なパロディなのが爆笑だし、嬉しい。
 
 たしか品田雄吉だったか、川島雄三〜市川崑〜森田芳光の系譜、ということを提唱していて、それはたしかだなあと思ったものだ。しかし森田は途中から方向が変わったように思うが。
 諧謔味溢れる発想。これはこの作品ではパロディやギャグになっているが、文芸作品の映画化においては、プロットの解釈・人物像の評価においてそれが出て、ただの映画化ではなく「市川崑の映画化は批評である」と言わしめ、しかも作品的に成功を収め、ただの映画化ではなく独立した映画作品としての評価も高いのは、この『諧謔味溢れる発想』があったからではないか、と僕は考える。
 市川崑の根底にあるものは、マンガである、と僕は思う。その意味で切り絵映画「新撰組」を作った、というのは本卦還りとして大きな意味があろう。
 この作品では、その『マンガ』という意味が、プロットと人物造型、という脚本の範疇で行われている。演出はオーソドックスであり、撮り方も普通だ。後年の意表を突くような演出(演技指導)、誰も真似が出来ない構図、うまいというしかない編集、という妙義は、まだこの作品では見られない。
 私見だが、市川は、オリジナル作品ではプロット段階から諧謔味を盛り込み、それがツボにはまって成功する場合もあるし失敗する場合もあった。
 「私は名店街作家(ベストテンの常連で巨匠名匠の大看板作家、の意味だろう)になりたかった」と白井佳夫に語ったらしいが、そのためには、当時の日本映画の本流たる『堂々たる文芸映画』をモノしなければならない。市川はそこで、マンガが持つ感覚的な部分やテクニック的な部分を総動員して、小説を映像化するために使い切り使いこなしたのではないか、と想像する。市川にとっての『マンガ』は、のらくろや冒険ダン吉ではなく、ディズニーのアニメーションだった。極めて映像的表現が横溢し、諧謔味やナンセンス、パロディに満ちあふれたディズニーの世界は、市川に映像センスと脚本センスの両面で、巨大な影響を与えた、と考える。
 市川の天才は、ディズニーで得たものを、シリアスな文芸映画に応用し、独自の境地を作り上げることに成功した点だろう。
 「作り物を極めて真実に到達する」というのはとても素晴らしい言葉だ。「ビル・ロビンソンのタップのリズムはビル・シェイクスピアのセリフのリズムに通じる」というあの有名な言葉と同じくらいに。座右の銘としたいほどだ。
 同じく天才・筒井康隆は、新人の頃、カレー屋で立ちあがってウンコの話をしはじめる狂気を宿していたが、それを作品に封じ込める方法を会得して作家として大きくなった、と書いたのは星新一だったか小松左京だったか。
 それに通じるものを、僕は市川崑に感じる。
 市川さんの方法論を、自分の創作活動にどう応用できるか。それを考えてみたい。
 
 市川さんの「偉くなる前」の作品群を見るという事は、のちの巨大な傑作群を見るのと同じくらいにエキサイティングでスリリングだ。秘密が解けていくように思えるから。