WHITEOUT
監督:若松節朗

 冬の黒部は僕も知っているので、並み大抵の撮影ではなかったと思う。大変な仕事を成し遂げた、と思う。そして、このレベルの日本映画が(しみじみ人生物もいいけどさ)年に2・3本作られれば、活劇のレベルも上がるだろう、と思う。その意味で、この作品がヒットしているのは極めて喜ばしい限りである。
 
 が。
 作品としてはいろいろ言いたい事がある。せっかくここまで雪山を撮り、ロケ不可能だと思われた場所までロケし、ハリウッドA級アクションのような風格まであるのに、とても残念なことが多々ある。
 作品のトーンからしても、この手の映画はハリウッド製の影響から逃れられないのだし、ハリウッドのイディオムというか公式をきちんと消化できれば、そこそこ成功するのだ。しかし、今まではお金も時間も、そして才能も足りなくて、なかなかハリウッドのイディオムを消化するところまではいかなかった。今回はそこらへんまでは到達しているだけに、いろいろ言いたい事がある。
 
1) クライマックスのヘリ対スノーモービルのシーンの演出がヘタクソ。
 まず、このシーンの時間設定だが、どうして夜明けにしたのだろう。ロケを考えたら擬似夜景で撮るしかなく、擬似夜景にすると撮影のメリハリが凄く難しい。このシーン、ブルー・トーンの画面は美しいが、主人公・織田裕二の表情がよく判らない。これは損である。
 また、へりから一筋の強力なスポットライトを地上のスノーモービルに照射すべきだった。これで織田裕二の乗るスノーモービルが強調されるし、追う側も擬似夜景ののっぺりした画面の中でメリハリが出て引き立つ。ハリウッド映画なら、これくらいの事はするだろう。いや、このシーンを設定するならば、これはしなければならない。現に、ヘリには強力そうなライトが付いているのだ。ならどうして画面効果として活用しない?擬似夜景処理だから、うまくいかなかった?プロなんだからテスト撮影をして、まずければ時間設定を変更すべきだろう。本当の夜だと大変だから、嘘でも夜明けの太陽が上がってくる頃、にすれば、織田裕二の顔に太陽が当たってメリハリがつくのだ。

2) 「思い入れカット」が長い。
 これは、ウェットな印象を与えることになる。テレビドラマ的に泣きたい観客向きなのかもしれないが、この作品はアクション映画なのだから、本筋が始まるまでの松嶋菜々子のエピソードが、長い割りに隔靴掻痒。彼女は織田裕二に「婚約者を見殺しにして逃げた卑怯な男」という思い込みを持っている事を、ハッキリ描いて織田裕二を避けている・嫌っている・不信感を持っている、という感情をのっけにきっちり描いておくべきだ。それによってサブドラマが生まれて、ダムに人質になる彼女が生きてくるのだ。なのに、思わせぶりなカットばかりでうまく描けていない。アメリカ映画なら、短く的確に描いていただろう。
 そして、ラスト、中村嘉葎雄の署長が松嶋菜々子に喋るカットも、あれは不要だ。ワンカット、中村嘉葎雄の名演技の絶妙な表情があればいいのだ。その後の救援ヘリの中のシーンも不要。
 そしてそして、織田裕二の「サービスカット」が多すぎる。織田裕二ファンには嬉しいかもしれないが、この映画を見に来ているだけの非織田裕二ファンには邪魔で仕方がない。特にラストにしたがって増えてくる不必要な織田裕二のアップは必要ない。映画なんだから、ここまでアップは要らないのだ。こういう『秘境アクション』では、雪の中、ロングショットで歩いている方がよほど画に力があるのだ。
 で、そういう風に整理していけば、あと20分は短くなり、映画もぐっと締まっただろう。
 
3) 音楽が、なってない。
 アクション映画には、メリハリとハッタリが必要不可欠である。それは演出であるが、音楽の演出も欠かせない。ジョン・ウィリアムズを聞け。ジェリー・ゴールドスミスを聞け。古くはアルフレッド・ニューマンを聞け。必要なカットには思い切りどしゃーん!と音楽が鳴らねばならないのだ。それが映画の感覚だ。たとえば、雪の中、松嶋菜々子が足を撃たれて倒れ、佐藤浩一の悪党に止どめを刺されそうになるときに颯爽とやって来る織田裕二のスノーモービル!これはもう、映画が昔から得意とする『ライド・アンド・レスキュー』の典型だ。佐藤浩一がハッとするアップの後にスノーモービルが走ってくるロングショットが入る。ここに、ハッタリの効いた音楽が入らなくて、どうするんだ!
 こういう音楽設計をしていくと、全篇の音楽のありようがガラッと変わってしまうだろう。こういう『熱い』アクションに、クールなテクノポップみたいな音楽は水と油。まったく駄目だ。往年の佐藤勝サウンドは古すぎるが、最近ならもっと新しい感覚でオーケストラ曲の書ける若手作曲家は多いはずだ。誰が人選をしたか知らないが、この音楽担当は、失敗であった。
 
4) ショック演出の不発。
 ラスト、死んだと思った佐藤浩一の手が伸びて、というのはアクション映画のルーティーンだ。デ・パルマの「キャリー」はその最高の演出だが、ほかのアクション映画でも、この手はうまく使われているのに……。若松監督はアクション映画は好きなのだろうか?
 
5) これ、いつの時代のテロリスト?
 70年代の連合赤軍とかそういう『元気がよかった頃の過激派』だ。今やこんな事をする集団は、世界的にみてもいなくなったぞ。IRAもパレスチナ・ゲリラも平和の道を選んでいる。「ダイ・ハード」のあの集団も厳しい設定だったが……。日本人がこんなに武装すると、どうしても、リアルさが消えてしまう。
 オウムのような集団、というカルト的な味付けをしたらまずかったのだろうか?オウムは武装計画を持っていたんだし。その方がずっと今日的になったのに。これは原作の責任か。
 
6) スローモーションが多すぎる。
 何でもないカットに、どうしてスローモーションを使うのか。ここぞというところに使わないと、効果が上がるどころか死んでしまうのに。
 
 この映画をジョン・マクティアナンやジェームズ・キャメロンが見たら「惜しい!おれならもっと面白くできるぜ!」というに違いない。いち俳優にサービスせず、ばしばしカットし、松嶋菜々子とのドラマをもっと浮き彫りにして、テロ集団をもっと不気味にする。ハッタリ演出を駆使してメリハリをつける。
 僕でさえも、もっと面白くするアイディアはたくさんある。アメリカの面白いアクション映画を湯水のごとく見ていれば、そういう感覚は肌に染み込んでいるはずなんだが。
 
 この作品のレベルの映画が、年間数本作られれば、そしてスタッフにアクション映画のスキルが溜まっていけば、レベルは必ずや上昇するはずだ。ジョン・ウーの凄さは、香港で揉まれ、ハリウッドで通用するレベルを獲得しているからだ。
 
 日本映画は、このところ本格的アクション映画を作っていなかった。だから、いきなり「ダイ・ハード」みたいなアクション巨編を作ろうとしても限界があるのだ。テレビのスタッフも多いから、イマイチ、映画の大スクリーンの感覚が理解できていないきらいもあるし。
 クロサワや岡本喜八などの「超弩級アクション」を経験している東宝のスタッフの知恵も活用して(資産はうまく活用すべきだ)、この作品が灯したアクション映画の火を消さないでほしい、と祈るのみだ。