またもや、どうしてもっと早く見なかったんだろうと後悔する作品だ。
よく出来た映画をコニャックに例える事が多いが、酒が飲めない僕はそれが出来ない。しかし、歳月に磨き抜かれた才能が集まって醸し出す、この豊潤な世界は素晴らしいの一言に尽きる。
癒される映画である。帰りの電車の中で思い出し泣きをしたのも久しぶりだ。
今年のアカデミー賞はとても順当であったと思う。主演男優ジャック・ニコルソン、助演女優ヘレン・ハントはまさに彼らにあげなくてどうする、と思わせる出来だ。
怪優になっていたジャック・ニコルソンが、『普通のヒト』を演じきった驚き。いや、「恋に落ちて」のデ・ニーロほど普通の人ではないが、こういう人は東京にもいる。あまり悪気はないのに、ついついメガトン級の毒舌を吐いてしまって孤立している男。バツイチ風でもなく、昔は友達が多かった風でもないのが、いい。初老を迎えた今日まで一貫して毒舌を吐く嫌な野郎を通してきたのだ。こういう性格は子供の頃から変わらないはずだから、この設定はリアルだ。
リアルといえば、この作品は、構えとテーマが古風だから、ちょっと見には古臭いウエルメイド的に見えるかもしれない。しかし、どこを切っても瑞々しい極めて現代的な作品なのだ。僕は宣伝と前評判に惑わされて、「見なくてもいいし、ビデオでも充分」と思っていたが、それは大いなる誤りだった。
テレビ「ER」で描かれる通りに、アメリカの医療保険制度には重大な欠陥がある。早い話が、貧乏人は満足な医療が受けられない。それは日本よりひどい。ヘレン・ハント演じる母親キャロルは、そのために大きな苦労を背負いこんでいる。専門医の自宅の住所を書いた名刺を貰ったハント母娘が笑い出してしまうシーンがあったが、こうい演出で、彼らが社会福祉的な仕打ちにあってきたのだという事をさり気なく見せる。これは大人の業だ。『若造』が演出すると、ついつい誰かが「社会批判」をぶってしまって、映画が歪んだり臭くなったりする。が、巨匠・ブルックスはそんなヘマはせずに、控え目な演出をしてかえって問題点を印象的に見せて行くのだ。
いい医者にかかり、いいケアを受けるのにどれだけ金がかかるか。いい暮らしをしているように見える主人公は、援助をするために出版社に借金しに行く(印税の前借りか、印税率のアップ交渉か、初版部数のアップ交渉か、いずれにしても金がらみの交渉だ)。ポケットマネーではいどうぞと言える額ではない。だから画家サイモンも破産してしまうのだが。ここらへんもリアルだ。
住宅事情に付いてもそう。主人公はマンハッタンの高そうなアパート(日本の感覚で言えば超高級マンションだ)に住んでいて、生活感のないインテリアに囲まれているが、キャロルはブルックリンの狭い1DK。彼女のウエイトレスの稼ぎだけで生活を支えているという重圧が、重くのしかかっている状況を、それだけで判らせてしまう。これも演出の基本ではあるけれど、さらりと見せてしまうところがうまい。
画家のサイモンについても、しかり。今やゲイだからといってあからさまな差別はない(とは言えない)とは思うが、親子の問題は残っているだろうなあ、アメリカはプロテスタント的に保守的な人も多いから、そういうヒトから見たら、『拒絶感』も無くなっていないのだろうなあ、と考えさせられる。まあこれはアメリカ人ならスクリーン場で再確認する事ではあるが……。
リアル、と言えば。
慎み深いインテリは、相手の人種・宗教・嗜好・性癖(犯罪がらみは除くけれども)については触れない(問題にしない)ことが現代のPCな生き方・エチケットとされている。
しかし。主人公は、そんな事お構いなしに、ブラックな人を嘲り、ホモを笑いものにし、デブにはデブと言い、醜女にはブスと言い、言う事をきかない犬は出すとシューターに放り込み、と、もう傍若無人な振るまいをする。
この設定は主人公のキャラクターとして極めて面白く効果的なのだが、『言いたい放題の毒舌』には、今のPCな風潮へのからかいも含まれているように思える。だから、この毒舌ギャグには、『ヤバい』ネタ特有の、サスペンスすら感じるハラハラした快感がある。FBIに踏み込まれるのを予期しながらスピークイージーで密造酒を飲むような(という比喩は実際体験していないのだから無理か(^_^;))。
が、このおかしさというのは極めて現代だろう。
主人公はその上で病的な潔癖性で精神科に通っているが、相手の事を無視する性格で精神科医にも嫌われている(その報復で、クリニックの患者に向かって「希望なんかないぞ!」と怒鳴ると、患者たちが一斉にシュンとしちゃうのは秀逸)。この潔癖性という設定は、最初のうちはとても邪魔に感じる(ニコルソンが演じると暑苦しく鬱陶しい)のだが……これがこの映画の魔法なのだけれども、だんだんとそう感じなくなって来るのだ!逆に、その癖がなければ主人公ではないように思えて来る。
これこそ『感情移入』の典型ではあるけれど、ここまでばっちりやられてしまっては、もうお見事、と言うしかない。
この主人公は、とても親近感を持つから、という以上に、愛すべきキャラクターになって来るのは、脚本・演出、そしてニコルソンのうまさだろう。
ほろりとくるのは、普段『親切』を、『人を褒める』事をやりつけていない人間がそういうイレギュラーな事をして、それがあまりにぎこちないから、誤解されてしまったりしながらも、真情が理解されていくところだ。こういう場面を見ると、日本人もアメリカ人も同じだよなあという『今更な』感想を持ってしまう。
この作品で重要な役割を担うのは『犬』。この場合、猫ではいけない。犬、それも小犬だからいい。しかも、ジョン・ヒューズ的映画だと犬にオーバーアクトさせて人間が喧嘩していると手で耳を塞ぐといった『擬人演技』をさせてしまうけれども、この作品ではそれがない。犬は犬であって極めて犬らしい振る舞いの中で感情を表現し、周囲の人間を和ませ、主人公のようなコンクリートのような自我(初老になるまで自我を塗り固めてきたのだから)にも風穴を開けてしまう。この犬の扱いも極めて秀逸。猫は猫で強固な自我を持っているけれども、犬の場合は人間の忠実な相棒として心の中に入り込んで来るから、この嫌な野郎も変化せざるをえない。この部分、映画パンフの文章は『猫は伴侶で犬は相棒』とうまい表現をしていた。
一人暮らしする人間を癒すものとしてペットの効用は以前から言われているけれども、ここまでうまくプロットにとけ込み使われているのを見ると、まったくそうだよなあと納得してしまう。まあ、犬を飼った事があれば自明の理なのではあるが。
ラストも、『あからさまな幸福』で終わらないところがいい。「フル・モンティ」もそうだったが、きっと主人公は今後も周囲を盛大に傷つけ、喧嘩を巻き起こし、愛想を尽かされ、しかしちらりと優しいところを見せて許され、キャロルやサイモンとの関係を深めていくのだろう。そういう控え目なエンディングなのがいい。これでラストが二人の結婚式で、ライスシャワーの列の中にサイモンがいて、それに離れてサイモンの両親がいる、なんて『大団円』でなくて本当によかった。
苦みのある、しかし温かなラストだからこそ、感動するのだ。早朝、パン屋が開いて、二人で焼きたてのパンを選ぶところでフェイド・アウト、というのは実に憎いではないか。
ニューヨークは東京以上に、全国から才能ある人間が集まってきて成功を求める。だからマンハッタンの空気は緊張してぴりぴりしている。その反面、ニューヨークで生まれ育ち、ここが故郷なロコな人間も多くいる。彼らには「よその土地には行きたくない」生活がある。マンハッタンとブルックリンの空気の違いもそこはかとなく描き出して、実に心憎い。感情細やかにディティールを大切にして、丁寧にオーソドックスに人間を描いていく。ため息が出るほどうまいではないか。
ジャック・ニコルソンは、アカデミー賞を受けるだけの見事さだ。彼だからこそ見せられる無骨なユーモアと優しさ。これは故三船敏郎が演じる三十郎にも通じる部分ではあるが、恐そうなニコルソンがふと気紛れのように見せる優しさだからこそ、心に染みるのだ。トクな性格とも言えるが。その反面、毒舌を吐く時の嬉々とした表情も、これがいいんだなあ!だからこそのニコルソン。これ、ハリソン・フォードじゃ絶対ダメだ。ビリー・クリスタルじゃドスが効かないし。「君が最高の人間だと知っているのはこの僕だけだということが最高に誇らしい」とニコルソンが恥ずかしそうに言うからこそ、この作品がキマったのだ。
ヘレン・ハントは、ホリー・ハンターになっていた可能性もあったという。ホリーもうまいし魅力的な女優だが、この役はやはりこの人以外考えられない。いつも微笑みを絶やさないような表情がいい。いつも相手の事を考えていて、激怒してきつい事を言ってしまっても、それを後悔してしまう優しいひと。こういう人には幸せになってほしい、とニコルソンでなくても思ってしまえる人物を、実に、うまく演じているのですなあ。特に美人でもないし、そこらへんにいそうな平凡な顔。しかしその人柄の良さが滲み出ている(ヘレン・ハント自身がどうなのかは知らないが、そう思わせてしまう力がある)。
グレッグ・キニアのサイモンもよかった。繊細な芸術家だけに激怒しても言いたい事が言えず(画商の彼も同様。それがユーモアを醸し出す)、うーと唸ってしまう。どん底の絶望の中で、自分の才能を信じられる瞬間を見出す姿はとてもけなげで、ニコルソンならずとも手を差し伸べたくなる人物を好感をもって演じている。
シャーリー・ノースは……見事に太りましたな。確か彼女は昔、ショーン・コネリーの相手役としてセクシーな水着姿を披露してなかったか?でも、『酸いも辛いも噛み分けた』という役どころを、これまたうまくやっている。
画商のフランクをやったキューバ・グッディグJr.も、いい。「オレは地獄育ちなんだ」と凄んでも、凄んだ事自体を嫌悪してしまう好人物。
と、こうして考えてみると、これぞ、アンサンブルの見事さだ!という最高の見本ではないか。みんな主役・ニコルソンを引き立てながら、自分の役を最高に演じて主張する。うまい。