|
安達BのMIXI日記 安達瑶の片割れ、安達BがMIXIにあれこれ書いているものを転載します。日記とかメイキングとかオペラについて……。随時更新します。 今日は水曜日。水曜日といえばレディースデイ。六本木ヒルズのヴァージンシネマズでは『ディープ・ブルー』をまだやっている。電話して割引があるか聞いてみた。 ところが午後の時間が進むにつれて次第に億劫になってくる。いつもそう。ホント根性ないなあ、と思いつつ、やっぱり家にいることにする。今晩はTBSで「TV-Jホラー日本のこわい夜」があるというのも理由だけど。 で、みてみました。Jホラー。深夜の薄暗い路線バスに白石加代子が乗ってて「怖い話、聞きたい?聞きたい?」と、あの白塗りの顔で迫ってくるだけでも怖さを通りこして笑っちゃいます。全体に蓮画像っぽい、生理的不快感に訴えるホラーが多いという印象でした。最後のエレベーターに閉じこめられるエピソードだけはそういう反則のない、きちんとオチのある因縁話で、これが一番気に入りました。脚本の最後が10/2に公 きょうのお昼ご飯は、たまたまキッチンに苺ジャムとピーナツバターがあったので、ロシアンティーとピーナツバタートースト。超栄養がかたよってる〜あ、でもフルーツトマトも食べたのだった。オランダのヴァンダイクという品種を北海道で栽培したナチュラル・ハートランドトマト、美味しかった。ピーコックGJ!
04/9/23 ステップintoリキッド、あるいはヘンな人たち。そしてお詫び 九月中にあと一度、海に行きたいと思っているのだけれど日に日に気温は下がるわ波は来ないわで、気が気ではない。仕事のことを考えると海どころじゃないのだけれど、ウェットスーツを持ってない私たちにはボディボードは夏だけしかできない。 今年は春先から何度となく海辺にいる夢を見た。強烈な陽射しがじりじりと皮膚を灼いて、その熱さまでがリアルに感じられる夢だった。正夢だったのか実際とても暑い夏になって台風は次々に来るし、毎週のように江ノ島でボードに乗れて今年は大当たりだった。 寒いのはイヤだと相方は「あと一回」に難色を示しているけれど、ここは「気合いだ〜」でなんとか乗り切れないものだろうか。私たちはハッキリ言ってマリンスポーツをやるような体型では全然ないし、ボディボードというのがまたかさばる代物で早い話がビート板のお化け。それを背負子型のキャリーに入れて私たちが背負うとほとんどミュータントタートルズである。電車ボーダーは迷惑だろうなあと気が引ける。 それでも海に通うのはなぜか、と言われると、これはもう波の力で思い切り運ばれて向かい風を顔に感じ、ビーチがぐんぐん近づいてくるあの景色を見てもらわなければわからない、としか言いようがない。 先日、サーフィンのドキュメントフィルムSTEP INTO LIQUIDを見たけれど、そういう「ヘンな人たち」が世界中に分布しているのだと知ってうれしくなった。風も凍るウィスコンシンの湖でわずか30センチほどの波に乗ろうと泥色の水中で苦闘するトド体型のおじさんたち。巨大タンカーを追いかけて、その航跡がつくる波に乗ろうという人たち。カリフォルニア沖160キロ地点の海山でブレイクする、高さ18メートル!の波に挑もうというイカれた伝説のサーファー二人。 それを思えば江ノ島の海岸でこごえるくらい……と思うけど、やっぱり駄目かなあ。今朝、また新しいお仕事も入ったみたいだし。一生懸命働いて、そのお金でスーツを買えというお告げなのだと思うことにする。 ちなみに安達の最新長編『女体の刻印』(廣済堂文庫)の第六章は実質「鎌倉サーフィン死闘編」となっております。書き下ろしと銘打ってしまったのは重大なミスで、去年夕刊フジに連載していただいた『携帯電話の女』に加筆したものです。読者の皆様と夕刊フジには心よりお詫びを申し上げます。
04/9/24 お前が言うか〜クラーッシュ!! 現在、読者告白を大量に読むお仕事をしております。昨夜も相方の誕生日お祝いディナーを近所で食べたあと(といっても甘太郎の焼き肉食べ放題・爆)、朝7時までかかって20本近く読みました。人生の年輪をしみじみ感じさせるものあり、かと思えば若い人の告白はライトノベル風文体でラブコメ風に仕上げた笑えるものもあり。いろいろ勉強になります。 で、読み進むうちパターンを幾つか検出してしまいました。 読者告白よくある三大パターン 1)女性のほうから次々に迫られる書き手。理由は「生来のセックスアピール」。 まさに「据え膳/ 二股(三つ股四つ股)/ 後腐れなし」。これが避けるべきパターンなのか読者を萌えさせるツボなのか私にはよくわかりません。けれどもリアリティをあまり感じさせないような気もしないではなく……いえ、あの、もちろんリアリティだけが大事というわけではありませんが。 読んでいてうまいな〜と感じさせるポイントは、「願望」と「事実」をうまく融合させることではないかとも思いました。その点は「怖い話」に似ています。私は2ちゃんねるのオカルト板で怖い話のスレッドを読むのが好きですが、実体験をうまくアレンジしたものが、やはり高い評価を受けているようです。リアリティとオリジナリティの両方あるものが一番面白いとも思います。 ちなみにオカ板で叩かれるパターンは
淀みよりメインストリームを眺める(04/9/26) 相方のいとこが入院していて、もう一人のいとこと車でお見舞いにゆくというので私もご一緒させてもらう。ストレスが原因の睡眠障害ということで、誰でも知っている大きな会社の、神奈川県にある付属病院まで。 社会のメインストリームにいる人は色々大変なんだなあ、と大きな流れの横っちょのよどみにいるような私は話を聞きながら実感。日本でいちはやく成果主義を導入した会社で、最近、その内実を描いた暴露本がベストセラーになったところ、といえばわかる人にはわかるでしょう。私もその本は読んだけれど(問題小説の短編「私は 特殊法人のような子会社が仕切る社食メニューの実態などが具体的に聞けて、とても興味深かった。(ハヤシライスがランチだった日の夕方のカレーは微妙に焦げ茶色がかっている、みたいな) 246から首都高経由で帰宅。車はひさしぶりなので、夜の東京の景色が華やかでまぶしい。二子玉川の白亜ガラス張りの高島屋sc、あたりをはらうネオンの光量に雨雲が輝く渋谷上空、首都高から見上げる六本木ヒルズ。 それでも東京の北のはずれの自分が住む町に戻ってきて、その狭い道としょぼいビルしかない駅前でおろしてもらうと心からほっとした。以前はもっとお洒落な街に住みたい、こんなところはとっとと脱出したいと始終思っていたけれど、ものを書く仕事を始めてから、そういう気持ちがなくなった。いいものを書きたいとは思う。でも、それ以外のことではなるべく面倒は避けて、コソーリと暮らしたいと思う。
人はみな淋しさを忘れるために&お好み焼き陰謀論 04/09/27 朝から雨が降っていた。食料品などは大量に買い込んであるので、どこにも出なくていい態勢をととのえて、二日間はお籠もりで仕事。告白を20本読んだ。残りはあと10本。相方先行の長編のファイルもチェックしたい。 なにか不安で気が滅入るのは、今やっているのが「ゼロからつくる」仕事ではないせいだろうか。アタマの使われてない回路が勝手に作動して「これでいいのか」メッセージを出している感じ。自分が先行する仕事の場合、それはそれでもっと別の強烈な不安があるので、こういう頼りない感じ、季節はずれの薄着で街を歩いているような不安は消える。 この淋しさは雨のせいかもしれないし、気温が下がったせいかもしれない。ちなみに自分は季節性ウツの気があって、例年12月と1月は異常に気力がなくなる。だからその両月は極力外出の予定を避ける。初詣にも行かない。 夏はこんな風ではなかった。どんなに暑くても、一日に何回もシャワーに入らなくてはならなくても、電気代が四倍になっても、やっぱり夏がいい。夏の太陽が恋しい。海辺の砂と波が恋しい。 オペラを聴きに行って、劇場に響き渡る生の声のバイブレーションに浸れば、少しは元気が出てくるだろうか? 人の声も波も、「波動」であることに変わりはないから。 多分、私だけではなく誰もがこういう淋しさは感じていると思う。それを忘れるために、みんな色々なものにハマっているのだろう。嗜癖、依存とまではいかないけれど、人がさしあたり生存に必要ではない何かをするのは、「死」を忘れるためなのだと大平健だか誰だかの心理学の本に書いてあった。可愛い・便利な・稀少な何かを買ったり、美しい音楽を聴いたりすると、つかのま淋しさを忘れる。そんな感じ。 とこうしてmixi日記を書いていると、淋しさが少し消えるような気がする。足あとを残し、メッセージを交換する。ささやかな自分の人生にも意味があるかもしれないと思えるから? セラピーのようなものと思って、なるべく続けることにしたい。 外食が続いて体重が一キロ増えたきり戻らない。トーストにプラスする飲み物は砂糖タプーリの紅茶を廃止して、しばらくは唐辛子梅昆布茶にしようと思う。カプサイシンに期待。日曜、お見舞いの帰りに食べたぼてじゅうのお好み焼きは異様に小麦粉が少なかった。食べても食べても足りなくて何枚もオーダーさせようという、これは陰謀か?
極妻三題〜日テレ、福岡、そしてイタリア 04/09/28 日テレの夕方のニュースの特集で、ひきこもりの人を立ち直らせる、という企画をやっていた。 さらにその極妻風教師が母親やきょうだいまでを煽る煽る。「あんた、なんでそんな他人事みたいに冷静でいられるんや? それで愛情あると言えるんか? そんなんでこいつを落とせると思うんか?」 その勢いに乗せられた母親および兄弟姉妹もいきなりブチ切れ。堰を切ったように我が娘を、姉を罵倒し始めビンタの嵐。タコ殴り。涙ぐむヒッキー。 そしてスタジオに戻してしらじらしいナレーション。「明日も引き続きこの特集をお送りします。家族の再生はあるのか?」 ……こんな家族、再生しなくても別に全然かまわないような気がした。 そもそも六年間事態を放置したのはこの母親だというのに。それをカメラと暴力の力を借りて、いわば尻馬に乗って、しかも我が娘を晒し上げて、ようやく言いたいことが言えるなんて。 それを「愛情」というなら、これほどウザいものもないと思う。壊れた家族に必要なものは息苦しい「愛情」ではなく小さな「親切」です……誰の言葉だったかな。町沢静夫だったか、斉藤学だったか。 強く激しい愛情は何かのきっかけで突然、激しい憎悪に変わるから怖い。大牟田の事件だって、あの二家族が「家族同様」に付き合っていなければ、あそこまで凄惨なことには多分、ならなかっただろう。家族も同然に思っていた親子からある日突然、お金のトラブルで罵倒されて、それはそれ、これはこれ、で酷い屈辱を受ける。見ず知らずの闇金から電話かかってきて、玄界灘に沈めるぞゴルァ!をやられたのだったら、まさか先手必勝で沈め返そうとまでは思わなかっただろうに。 たとえつまらない人生であっても、そういう激しい感情とは無縁に生きてゆきたい。
告白読了&雨の商店街とトマト 04/9/29 ようやく読者告白57本を全部読んだ。一本ごとの短いメモ、および評価を書き込んだチェックリストと一緒に、夕方、相方に渡してスッキリ。読むのは早いほうだけど意外に時間がかかった。一本30枚弱なので、ざっと計算してみると千八百枚近く。三百枚超の長編を、ほぼ五冊読んだことになる。道理で読んでも読んでも終わらなかったはずである。 最初は三段階評価も甘く、コメントも婉曲に書いていたのだけど、終わりのほうになると段々評価がシビアになってゆくのが自分でもわかる。「都合よすぎる展開。妄想乙」などと思わず書き込んでしまい、慌てて消してみたり。ちなみに「文学賞の選評」とかはどうしてあんなに血も涙もない、ヒドいことが書けるのだろうと以前からビビっていたのだけど少しだけ理由がわかったような気がした。(もちろん最終的には調整してレイティングに偏りが出ないようにしました) 駅前で相方と中華を食べたあと原稿のコピーを渡し、私は雨の中、商店街へ買い物に。路面店で(といってもプラダやヴィトンではなく八百屋さん)JA鹿島灘のちゅう太郎トマトをハケーン! これ、とっても美味しいミディトマトなんです。四パック購入。この青果店はいいものを置いていて泉州水茄子とか、時々びっくりするようなものがある。このあたりが江戸時代、青果の集散地だった名残りらしい。明日から連日お出かけで買い物が出来ないけど、冷蔵庫にフルーツ 問題小説2004年10月号に 安達瑶の短編「私は成果主義の女」が載っております。 お気楽駄目駄目OLシリーズはこれで7作目、廣済堂アンソロジー『制服』にのせていただいた外伝を入れると8作になりますです。毎回話題のイケメンを登場させるのがコンセプトになっておりますが、今回は大河『新選組!』で先月切腹された山南さんです。8月号には土方さんを登場させてしまったし。新選組フリークでも大河ファンでもないのに、今年はなぜか、そしていつの間にかハマってしまった『新選組!』。読んでたもんせ。 「愛のマグナム」メイキング わたくしはオペラが好きですので、元ネタがオペラの官能短編を連作で書く、というココロミをひそかに始めております。その第一作を、廣済堂文庫の官能アンソロジー『悪女』に入れていただいてます。タイトルは「愛のマグナム」。 ヒロインはキャバクラ「アディーナ」のナンバーワン、ヒロインに片思いしている主人公の名前が根室森雄、その恋敵のお金持ちが街金ローンズ・ベルコーレの社長……とくれば登場人物の名前だけでオペラの好きな方には元ネタが何かおわかりですよね(笑) この秋に続いて出る予定の同じく廣済堂のアンソロジー、『年上のひと』に書きました拙作のタイトルは「この恋を語るすべもなく」です。これも好きな方になら元ネタは…(以下略) 日々の出来事と並行して思いつくままに自作メイキングを書き留めてゆきたいと思っております。相方から来た原稿をあと15ページ分、チェックしてから寝よう……。 「愛のマグナム」メイキング その2 相方は今晩、ヴェルディのレクイエムを聴きにサントリーホールにゆく予定。私は家でお仕事。チケット買ってあげるから一緒に行こうよ、と熱心にさそわれたけど、レクイエムなんてそんな抹香臭いもの70過ぎてから聴くからいい、と断ってしまった。私が誘ったオペラを断られたら傷つくだろうから、悪いことをしたと思う。でも、やっぱりその分のお金があればイタリアオペラの来日公演を一つでもたくさん観にゆきたいし。 どうやら私は「テクスト」と「コンテクスト」がないと音楽を楽しめないらしい。マーラーのアダージェットのCDを相方にプレゼントされた時も、(ひどい話だが)何、この長いウザい曲は? としか思わなかった。けどそれが『ヴェニスに死す』に使われたものと知り、ビョルン・アンドレセンのあの美貌と大運河の景色に重なった途端、このうえもなく美しい音楽と認識されて、深夜に繰り返し聴くようになる始末。 同じくマーラーの三番だか何だかもつい「こがね虫」の歌詞で歌いたくなる。左脳の言語野が関与しないと右脳が働かないのかもしれない。 『愛の妙薬』を短編にしたきっかけも、オペラレクチャーコンサートか何かで解説を聞いて、主人公はこの時、「もののたとえ」ではなく本当に死を覚悟している、それは惚れ薬を買うために軍隊に身売りしてしまった後だからで、それでこそ「死んでもいい」という歌詞が生きるのだ、と頭でわかった瞬間だった。それまではただの綺麗なアリアとしか思わなかった「人知れぬ涙」が、まったく違う曲に聞こえてきて「これを書きたい!」と思ったのだった。まさに激しく感動しますた、の世界。実に「萌え」がないとモノは書けないものだと思う。(オフラインで書くと文体変わりますね) 「CODAN東雲」メイキング 東京中日スポーツに『東京官能名所めぐり』を連載中です。第五話の「CODAN東雲」が9月26日から始まる予定です。これは都内のいろいろな場所に実際足を運び、そこで感じ取ったものを官能短編に仕上げるというコンセプトのもので、今までにお台場、秋葉原、六本木ヒルズ、北千住ときて、次週は真夏に取材した江東区東雲のデザイナーズ公団住宅の巻になっております。近場はいつでもゆけると思うのか、逆になかなか足を運ばないものなので、これは楽しいお仕事でした。 CODAN東雲、たしかに公団とは思えない、ものすごくお洒落な住宅コンプレックスでした。できたばかりの街のせいか蝉の声もなく、ハトどころかスズメさえいないのに驚きました。連載ではとても無機的な街に描いてしまいましたが、もしかしてたまたま取材に行ったのがお盆で、それで人の気配がなかっただけかもしれません。 ストーリーは、結婚にやぶれたシングルマザーが、人とのつながりから逃れるようにこの静かな人工的な街にやってきて…というものです。取材の帰り、門前仲町までバスに乗っているあいだに終わりまで出来てしまいました。実際に見聞きしたイメージを、お話のなかに組み込んでゆくのは楽しいものです。 東京での連載が終わったら大阪中日スポーツに載せていただくらしいですが、そのあとどうか単行本にできますように(祈) |