女子刑務所でバンド『バンディッツ』を組む4人の女。彼女たちはそれぞれに過去を背負っている。
ドイツといえども受刑者の人権は制限されている。抑圧される人間性。
そんな彼女たちに、『外で演奏するチャンス』が与えられる。
人間に戻れるチャンス。彼女たちはそう思ったかどうか。
しかし、看守は人間以下の男。護送車の中で繰り返されるセクハラに、ついにキレる彼女たち。
あてもなく脱走するが、彼女たちには音楽がある。南米に渡る密航船の金を作れば人間にも戻れる。
彼女たちの曲はひょんな事から大ヒット。脱走した女囚たちのバンドという話題性もあって人気も大爆発。
彼女たちも音楽をやりたい。しかしやると目立って警察が飛んでくる。しかしやりたい。
ライブハウスで下手なバンドが休憩を取った合間に舞台に上がる彼女たち。
彼女たちを執念深く追う警察。
……と書くと、どこかで聞いたような、よくあるパターンのお話だが、この作品が凄いのは、映像センスが抜群な事だ。ローキー・トーンにフィルター・ワークを多用したスタイリッシュな撮影。トリッキーな構図や色彩設計はないけれど、鮮烈な映像を見せる。近過去と近未来がカットバックする編集はルーツがあるとはいえ斬新でシャープさを感じさせる。撮影の冴え。
趣味の統一が取られて、とにかく、カッコイイ映像だ。その上、演出のリズムとテンポがいいから、ぐいぐい見せてしまう。
それに、音楽。
ギターが泣き、ボーカルは魂を揺さぶる。この音楽はいい。聞かせる。だから余計に見せる。
渋滞する橋の上での突発的コンサート。みんな車から降りて、橋の上はライブハウスと化す。そういうトリッキーな設定のシーンを、映像と音楽の力でパワフルに描ききる。
かつて、アメリカン・ニューシネマは、それまでにはない新しい映像表現を実験し、斬新な物をつくり出した。
しかしそれは新奇なものを追い求めるあまりに独善的(というかなんというか)になり、観客の支持を失った。映画にはドラマも必要なのだ。それも、とんがったものだけではなく、判りやすい『定石』を折り込んだものが。
そして歳月は過ぎ、ニューハリウッド派と呼ばれるグループが台頭し、オーソドックスな映画作りを基本としてテンポは速くなった映画が主流となる。
そしてここに、オーソドックスとニューシネマが融合した。ニューシネマの新奇な表現が円熟しより洗練されたのだ。そして、ニュアンスを表現するために、説明に時間を要する部分は『ありがち』『ご存知』な定石を持ってくる。それでお話は判りやすくなるし、判りやすい分、独自の表現を追求する余裕が生まれる。
それが、この作品ではないかと思う。
物語として判りやすい構造の中に、主人公たちは『今』の人間ならではの罪を背負っている。そしてそれはみる側の共感を呼ぶ。
センスのいい映像と音楽が、この作品世界をよりいっそう魅力的にしている。
主役を演じる4人の女優がそれぞれに素晴らしいし、キャラクター造型も見事だ。この4人だからバンドもうまくいくしチームとしてもまとまっていたのだ、ということを納得させる。一番の主役級の、トルコか中東系のヒトであろう彼女(資料がないので名前が判らない)の野性的な魅力にひりひりする。そして、彼女の音楽は哀しくて、泣ける。
ラスト・シークエンス。追い詰められた4人は、観客に向かって身を投げる。観客はそれを受け止めて助けてやる。みんなは彼女たちの音楽が好きだし、彼女たちも好きだ。ま俯瞰で捉えたこのショットは『御約束』ではあるけれど、感動した。
ラスト。「明日に向かって撃て!」のように、警察隊の銃声が被る。しかしその音響は控えめだ。彼女たちの死をあからさまに表現したくなかった、ということだろうか。どんな監督の意図があったのか、機会があればぜひ聞いてみたい点だ。
監督は、これが長編第2作だという。すでにスタイルは完成されて極めてカッコイイ作風だ。タイトル部分を見た瞬間に、「あ!これはいける!」と電気が走った。そういう作品にほぼ白紙の状態で触れられる幸福!